第73話 ドライブ②
学校を休んでまで連れ出された私は不安が圧し掛かっていた。
理由としては例のアルバイトの件について。
ルミスが口を割って話したとは思えないが、表向きに探偵業をこなしている奈緒が私の知らない情報網を駆使して知り得たのだろうか。
妹を監視する怪しいアルバイトを身内である奈緒が黙っている筈はないし、学校の理事長を務めるラーナも見過ごす道理はないだろう。
「急に連れ出すような真似をしてすまないな」
重苦しい空気の中、ハンドル操作をしながら奈緒は申し訳なさそうにやんわりした口調で話す。
「本当はもう少し調整した後に君へ通達する手順だったのだが、先方の予定に変更があってね。次回からはもっと早くご連絡頂けると助かるよ」
ラーナは助手席の人物に視線を向けながら、私の心情を察知して肩を軽く叩いて安心させる。
私と奈緒やラーナの他に助手席にはスーツ姿の若い男がこちらへ振り返り、ラーナへ頭を下げる。
「それにつきましては誠に申し訳ございません。申し遅れましたが、私はこういう者です」
丁寧に一枚の名刺を私に差し出すと、名刺には外務省北米局北米第一課の山本武と印字されていた。
(外務省?)
たしか私のパスポートや身分証明に必要な手続きは奈緒を通じて外務省が用意してくれた。
そのことで何か不備があって私を呼び出したのだろうか。
「まあ……宮仕えの山本君の立場も理解しているつもりさ。私も似たような職場を体験しているからね」
同じ宮仕えだった奈緒も一定の理解を示すと、気分を変えて車に備え付けてあるAV機器でラジオをつける。
丁度ラジオからクラック音楽が流れ始めると重苦しい空気が一変して、これ以上は山本を責めるようなことはしなかった。
「ところで、この車はどこへ向かっているのですか?」
私は最も知りたいことを端的に訊ねる。
すると、山本がその問いに答えてくれた。
「詳しい場所は申し上げられませんが、クシャさんには簡単な身体測定を受けてもらいます」
「身体測定ですか」
それなら、聖カトメイル学園の施設を利用すればいいのではと思ったが、私の疑問をラーナが答えてくれた。
「普通の身体測定なら学園の施設を間借りすればいいのだが、少し特殊な事情があってね。魔法を使用しての身体測定をするのさ」
ラーナによれば国は異世界の人物に対してデータ収集の一環として、身体測定を行っている。
異世界から迷い込んで来る者の中には魔法や特殊な技能を持ち合わせている人物が多い傾向にあるので、それらを駆使して身体能力を記録するのが目的らしい。
「突然で申し訳ありませんが、ご協力よろしくお願いします」
「わかりました。そういうことでしたら、喜んで協力しますよ」
山本は再度頭を下げると、私は一安心して了承する。
どうやら、アルバイトの件は関係なさそうだ。
「ふぅ、ありがとうございます。つきましてはこちらにサインもお願いします」
山本は感謝の言葉と共に、同意書のサインを求めて来た。
そして、私は迷うことなくサインに一筆する。
山本に同意書を手渡すと、不備がないか目を通して確認する。
「はい、ありがとうございます。事務的な手続きは以上になります。急な呼び出しに対応して頂いたお詫びではありませんが、こちらをどうぞ」
「あ……ありがとうございます」
山本は同意書を鞄に収めると、今度は飴玉を一つ私にくれた。
(子供じゃないんだけどな)
せっかくの厚意なので私は飴玉を受け取ってその場で口にする。
果物の甘酸っぱい味が口に広がると、奈緒は不思議そうな顔で山本へ訊ねた。
「山本君、君ってたしか甘い物は苦手じゃなかったっけ?」
「えっ? ああ……最近、仕事が多忙で甘い物が恋しくなってしまったんですよ。おかげで、この前の健康診断で医者から甘い物は控えるように注意されちゃいました」
「おいおい、私もあまり人のことは言えないが体は大切にしろよ」
「ええ、気を付けますよ」
愛煙家の奈緒はバツが悪そうに山本を気遣うと、ラジオはニュースに切り替わった。
『午前に入ったニュースをお伝えします。昨日、江東区のマンションの焼け跡から身元不明の遺体とみられる男性が発見されました。年齢は二十代前半から三十代後半で、警察は身元の特定を進めております』
山本は私を一瞥して口元を緩めると、一瞬背筋が凍るような錯覚に陥った。




