第70話 運命の赤い糸②
琉緒は鼻歌交じりで自室に私を招き入れると、部屋に鍵をかける。
「信也君と二人っきりだね。好きな人を部屋に招き入れるのは初めてだよ」
私も好きな女の子の部屋に招かれたのは初体験だ。
可愛らしいぬいぐるみやピンクを基調とした調度品が並んでおり、普通に女の子の部屋だと、ひと目でわかる。
(いい匂いがする……)
ルミスや佐伯のような生活臭が漂う部屋とは全然違う。
まるで満開の花畑に立っているような錯覚さえ覚えてしまう。
「今日はお父さん仕事で帰らないし、お母さんは婦人会のテニスサークルの集まりで旅行中なんだ」
琉緒はベッドの上に座ると、両親が不在であることを私に告げる。
こんな時、どうしたらいいのか。
友達の家に招待されるのとは次元が違う。
立ち尽くしている私に琉緒は小さく手招きすると、私はそれに応じて彼女の隣に座ってみせる。
「何だか……凄く興奮するね」
そっと私に手を添える琉緒は頬を赤く染めて呟く。
誰にも邪魔されない二人っきりの空間で、私の気持ちは昂る。
「信也君がいなくなってから、私は神様に必死になって祈ったんだ。もう一度、信也君と一緒にいたい。それが叶うなら、どんなことでもするってね」
琉緒は胸中の想いを私にぶつけると、かつての姿だった三崎信也の写真を胸元から取り出した。
二十年ぶりの前世の姿は懐かしさと同時に虚しさのような感情が入り混じって複雑な心境に陥っている。
「きっと琉緒ちゃんの強い想いが通じたんだと思うよ」
実際は魔王の転移魔法に巻き込まれた形の事故で前世の世界へ召喚されたが、そんなことを口にするのは野暮だ。
転移後、すぐに琉緒と出会えたのは運命的な出会いと捉える方がしっくりくるし、もし彼女と出会ってなかったら三崎信也からダークエルフのクシャ・アルリーナに変わり果てた姿で自ら琉緒に会いに行く勇気はなかっただろう。
きっと琉緒を混乱させるだけで、お互いに辛い想いをさせるだけだろうと――。
「一つお願いがあるんだ。長耳を隠している魔法を解いてくれないかな?」
「ああ、いいよ。ちょっと待ってね」
私は琉緒の願いを聞くために長耳を隠している魔法を解いて見せる。
ここには二人っきりしかいないし、長耳を晒したところで問題はないだろう。
ピンと張り詰めた長耳が姿を現すと、琉緒は大胆な行動へ移す。
「ふふっ、やっぱり動物園にいたウサギさんより信也君の方が可愛いなぁ」
まるで動物を撫でるような仕草で長耳を遠慮なしに触ってくると、私は全身の力が抜けて無防備な姿を晒してしまう。
そしてベッドへ仰向けに倒れた私を覆いかぶさるように琉緒が重なる。
「信也君、恐がらなくていいんだよ」
琉緒がそっと耳元で囁くと、今度は私の両手をしっかり握って見せる。
(もう駄目だ……)
私の意識は限界点を超えて暗闇に溶け込んでしまった。




