第7話 誓約書
体を綺麗に洗い流した私は奈緒が用意してくれた衣服に着替えた。
「おう、さっぱりしたようだな。飯も用意してあるから、こっちに来い」
奈緒はソファーにくつろぎながら私を手招きする。
先程のエルフの女性も奈緒の隣に座って、缶チューハイを片手にほろ酔い気分になっている。
「ダークエルフちゃん、さあこっちにどうぞ」
「あ……ありがとうございます」
私はエルフの女性を警戒しながら空いている席へ座る。
先程のシャワー室の一件もあるので油断ができないからだ。
テーブルにはコンビニで購入したと思われるお弁当とペットボトルのお茶が私のために用意されていた。
「出来合いの物で申し訳ないが、私はあまり料理が得意ではないんだ」
「いえ、ご飯まで用意していただきありがとうございます」
シャワーだけでなく、ご飯までご馳走してくれることに感謝の言葉しかない。
空腹を刺激するような良い匂いが鼻孔を付くと、一気に食欲が湧いてくる。
「さあさあ、遠慮せずに召し上がれ。食後は私と一緒に夜の営みと洒落込みましょう」
エルフの女性は空になった缶チューハイをゴミ箱に捨てると、新しい缶チューハイを開けながら私に食事を勧める。
奈緒も煙草を咥えながら一服し始めると、私は手を合わせて食前の挨拶をする。
「いただきます」
用意された割り箸を使って、私はお弁当のおかずを口に運びながらその味を堪能する。
ダークエルフの集落で暮らしていた時は森や川で収穫できる魚や木の実等の自給自足な暮らしに慣れていた。肉料理は滅多に口にする事ができなかったため、薄味の味付けに慣れ親しんだ胃が濃い味付けのお弁当に若干驚いている感じがする。
私はペットボトルのお茶のキャップを開けて喉を潤すと、一服していた奈緒が口を開いた。
「なるほど、たしかに普通のダークエルフではなさそうだ」
「それは一体どういうことですか?」
どうやら、奈緒は私の食事風景を観察していたようだ。
不安そうな声を上げる私を奈緒はソファーから立ち上がり、ホワイトボートの前でその理由について順を追って喋り始める。
「これは最初に君がボールペンで円を描いた。君はこの世界に飛ばされてから、そんなに日が経っていないのだろう?」
「え……ええ、その通りです」
奈緒には一通りの経緯を説明している。
私は頷いて答えると、次に奈緒はシャワー室での出来事を振り返る。
「シャワー室に備えている蛇口も問題なく使いこなしていた。そして、箸の扱い方やペットボトルのキャップも問題なく開けた。まあ、一番の着目点は君が日本語を普通に話している点で異質な存在なのはわかっていたのだがな」
どうやら、奈緒は私をテストしていたようだ。
異世界に存在しない物を当たり前のように扱うダークエルフを目にしていた奈緒は私の証言を信憑性が高いものだと確信するためのものだった。
「ここにいるエルフのルミスも一年前に君と同様に異世界からこちらに迷い込んだ者だ。発見された当時は言葉もロクに通じず意思疎通も一苦労だったが、今ではご覧の通り日常生活には困らないレベルになった」
「この世界のルールは複雑で未だにわからない部分がありますわ。例えば大人が十代の学生に手を出したら憲兵に捕まってしまうのは納得できませんわ」
ルミスは不満そうに声を荒げると性格は少々アレだが、たしかに上手な日本語と日常生活を営むには問題ないレベルのようだ。
ルミスが一年を通して努力した結果を私は容易くやって見せたのだ。
「君の異世界転生も、満更嘘ではないのかもしれないな。どちらにしろ、君を保護するのは変わらない事実だけどな」
奈緒は机上から一枚の紙を取り出すと、それを私に提示する。
そこには幾つかの項目がズラリと並べられた誓約書と記された物であった。