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第66話 監視

 放課後、私はキャスから受け取ったメモ用紙の住所を便りに足を運ぼうとしていた。

 途中までは琉緒と帰り道が一緒だったので、今度の遊園地に行くデートについて話が盛り上がった。


「信也君からデートを誘ってくれるなんて嬉しいなぁ。遊園地、楽しみにしているね」


 琉緒は大きく手を振って最寄りの駅で別れると、私も小さく手を振って応えて見せた。

 アルバイトのことは琉緒に伝えてはいない。

 不安は募るばかりだが、メモ用紙の住所がある建物を見つけた。


(ここは……)


 奈緒が行きつけの店にしている喫茶店だ。

 念のため住所をもう一度確認しようとすると、喫茶店から見覚えのある女性の店員が出て来た。


「お待ちしておりました。どうぞ中へお入りください」


 女性の店員は私を招き入れると、最奥のテーブル席へ案内される。

 客は私以外誰もいない様子で、どうやらアルバイトの担当者はまだ到着していないようだ。


「お飲み物は何になさいますか?」


「えっと、オレンジジュースでお願いします」


「かしこまりました」


 とりあえず、メニュー表から最初に目に入った物を注文すると、女性の店員は厨房へ姿を消した。

 これから仕事の内容の説明と採用するための面接が始まるのだろうと思うと、そわそわして妙に緊張感が高まる。

 雇われる立場になるのは異世界で勇者一行にスカウトされて以来だ。

 あの時は偶然通りかかった勇者一行の目に留まり、魔王討伐に参加した。

 おかげで、私はこうして前世の元の世界へ戻って来れた。

 今回のアルバイトの件は仕事の内容は明かされていないが、さすがに魔王討伐といった仕事ではないだろう。

 そんなことを考えている内に女性の店員はトレイでオレンジジュースを提供し、喫茶店の入り口の扉が開いて二人目の客をもてなす。


「キャスティル様、お待ちしておりました」


「おう、ここにいるってことはどうやら仕事を引き受けるようだな」


 店員の女性はかしこまりながら、キャスティルと言う女性は鋭い目付きでこちらを睨む。

 ふてぶてしい態度で真紅に染まった長髪をなびかせながら、トレンチコートを羽織った彼女は私の正面に座って見せる。

 そして懐から煙草を取り出して、一服を始める。


「早速ですが、仕事の内容について教えてもらえますか?」


 キャスティルに対して初見のイメージは笑顔が似合わない美人の女性。

 その威圧的なオーラをまとった彼女に身を縮ませてしまったが、私は構わず本題について訊ねた。

 だが、キャスティルはそんな私を無視して店員の女性にアイコンタクトを送る。

 店員の女性は店の外へ出ると、一分もかからない内に一人の女性を連れて戻ってきた。


「貴方達、一体何者ですの! 私のクシャちゃんをどうするつもりでして!」


「騒がしい女だ。とりあえず、そこに座らせろ」


 声を張り上げて現れたのはルミスだ。

 女性の店員はルミスを私の隣に座らせると、ルミスは心配そうに私に抱き付いて見せた。


「何か変なことをされたりしませんでしたか?」


「いえ、ありませんよ。それよりどうしてルミスさんがここに?」


「それは……所長がクシャちゃんに変な虫が付かないように遠くから見守ってほしいと頼まれていましたのよ」


「奈緒さんがですか?」


 どうやら、私が学校生活に慣れる間まで奈緒がルミスを監視役に当てていたらしい。

 監視されている気配はなかったのだが、元々冒険者として各地を転々として回っていたルミスは私より冒険者のスキルは上回っている。

 そんなルミスを察知したキャスティルと捕らえた店員の女性は只者ではない。


「仕事の内容についてだったな。約束通り教えてやるよ、その写真の子を監視しろ」


 キャスティルは一枚の写真を取り出すと、私とルミスは驚愕する。


「何かの間違いだと言いたそうな顔をしているが、私は冗談で仕事を任せるようなことはしない」


 写真に写っている人物は琉緒だ。

 ルミスはキャスティルや店員の女性を可愛い女子高生に付き纏うストーカーだと騒ぎ立てる始末だ。


「どうして琉緒ちゃんを……理由を聞かせてもらってもいいですか?」


 心情としてルミスと同じ気持ちではある。

 監視と言うのは穏やかではない。

 冗談で仕事を任せるような人ではない彼女が、どうして琉緒の監視をさせるのか。

 納得できる説明がなければ、仕事を引き受けることは到底できない。


「ここへ訪れたのだから、仕事は引き受ける前提で話を進めている。監視に費やした時間分の報酬は支払うつもりだ」


 私の問いにキャスティルは答える気がないようだ。

 ミールによる後押しもあったが、ここへ訪れたのは私の意思によるものだ。


「断るつもりなら、メモ用紙を破棄して無視すればよかったのだ。仕事の内容を打ち明けて今更やりたくないと言うのは横暴とは思わないか?」


「それは……」


 私の我儘に振り回される身にもなってくれと言わんばかりに、キャスティルは強い不快感を示す。

 土壇場で仕事を断ろうとする後ろめたさを突かれた私にルミスは呆れた口調で反論する。


「まるで詐欺師ですわね。最近流行っている美味しい報酬だけ提示して、いざ仕事の内容を明かされた時には強盗等の犯罪に手を染めさせる手口と同じですわ。断ろうとすれば、家族や友人に危害を加えるつもりなのでしょう?」


 ルミスは私の手を引っ張ってこの場から立ち去ろうとすると、警察に駆け込んで今の出来事を話すつもりだ。


「断るつもりなら写真の子を含めて、お前達にはしばらくここに留まってもらおう」


 キャスティルは咥えていた煙草を吸殻に入れると、指を鳴らして見せる。

 その合図と同時に喫茶店の入り口にあった扉はロックされて、開閉できない状態になってしまった。

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