第56話 出会い
大浴場には私と佐伯以外に誰もいない。
「この時間帯は誰も来ないから、ほぼ貸し切り状態なんだよねぇ」
「そういえば、ここに住んでいる生徒は五人いるって聞いたけど、残りの三人はどうしているのかな?」
「二人は海外に遠征でしばらく戻って来ないよ。もう一人はバイトを掛け持ちして、いつも門限ギリギリにならないと戻って来ないんだ」
佐伯は脱衣かごに衣服を無造作に脱ぎ捨てながら、私の疑問に答えてくれた。
遠征している二人の生徒は美術部と演劇部に所属しているらしく、聖カトメイル学園は海外に姉妹校が設立しているようで、技術向上を目的とした留学扱いになっているらしい。
アルバイトを掛け持ちしている生徒は放課後にアルバイト先へ出向いて、佐伯も数えるぐらいしか会ったことがないらしい。
私と同じく、アメリカ国籍の外国人で英語の家庭教師は時給や待遇が良いと話したことがあるようだ。
「なるほど、じゃあバイトの子は朝になれば会えるのか」
「いや、朝は新聞配達があったりするから、多分会える機会はないかも」
この旧校舎の門限は一応、二十二時と定められている。
それをチェックする役目は寮母役の務めなのだが、多少は大目に見てくれているようだ。
それにしても、朝夕にアルバイト、昼間は学校生活を続けるのは大変だが、私も他人事ではない。
今後の生計については何も決まっていないので、しばらくは校章の調査と並行して進められるように調整するしかない。
「そんなことより、背中を流してあげるから早く入ろう」
「その前に、前を隠して……」
佐伯は私の腕を引っ張って、誰もいない大浴場へ入る。
大胆にも、タオルで隠すような素振りは全くしない佐伯に私は困惑してしまう。
(一応、ここはお嬢様学校なんだけどなぁ)
お嬢様がどんなお風呂の入り方をするかは知らないが、少なくともこれは違うだろう。
私の背中を擦るように佐伯が早速シャンプーで洗い始める。
「興味本位で聞くんだけど、琉緒ちゃんとは幼馴染とかの関係?」
「いや、違うよ。何で急にそんなことを?」
「自己紹介の時から、クシャちゃんに向けている視線が熱かったからね。あれは相当に惚れ込んでいるから、少し気になっていたんだ」
傍から見れば、私と琉緒は友人以上の関係に見えているようだ。
「二人はどんなきっかけで出会ったの? 凄く気になるなぁ」
「そんな大したことじゃないよ」
「いやいや、普通はあんな風にならないよ。私もモテるような女性になりたいし、参考までに是非とも二人の馴れ初めを聞かせてちょうだい」
佐伯にせがまれると、これは喋るまでずっとこの調子だろう。
あまり気は進まないが、喋らないとあの手この手で口を割らせようと実力行使に出るかもしれない。
耳を無造作に触られたら、あらぬ醜態を晒す結果になるのだけは避けたい。
「私と琉緒ちゃんの出会いは一年前ぐらいかな。駅前から少し外れた細道で琉緒ちゃんがガラの悪い連中にナンパされていたんだ。そこに偶然通りかかった私は琉緒ちゃんを助けたのがきっかけだった」
「へぇ……そのガラの悪い連中をクシャちゃんが颯爽と倒して救い出したんだね」
「できれば、そうしたかったんだけどね」
「違うのかい?」
「咄嗟に大声で警察を呼んだフリをしたんだ。ガラの悪い連中は蜘蛛の子を散らすように逃げて行った」
それが私と琉緒の出会い。
結果的に琉緒を救い出せたが、佐伯が想像するような熱い展開ではなかった。
「それをきっかけに私と琉緒ちゃんは付き合い始めたんだ。あまり人に聞かせるような話じゃないから、小恥ずかしいな」
「そんなことないよ。見て見ぬフリをして関わらないって選択肢もあった筈だけど、クシャちゃんは迷わず助けた。なかなかできないことだよ」
佐伯は一人で納得しながら感心していると、「私もやってみようかな」と実践を試みようとする。
そんな場面は早々起きるものではないし、危険な目に遭うかもしれないから思い止まってほしいところだ。
「ふふっ、私はこう見えても運動神経は抜群だからノープロブレムよ」
佐伯は親指を突き立てて見せると、一体どこまでが本気で冗談なのか分からない。
私の背中を流し終えると、今度は私が佐伯の背中を流し始めた。




