第52話 学生寮
校舎から少々離れた位置に旧校舎がある。
元々、旧校舎は取り壊す予定であったが、遠方から通う外部生のために学生寮として生まれ変わった。
基本的に内装はそのままで、現在そこに住み込んでいる生徒は五名らしい。
「ここがそうか」
私は旧校舎の二階にある音楽室だった場所に立っている。
本当は奈緒の探偵事務所があった雑居ビルを間借りして学校へ通うつもりだったが、学生寮の存在をラーナから耳にしてここへ移り住む決心をした。
電車で移動する手間も省けるし、何より奈緒の好意に甘えたままなのは気が引けていた。
奈緒は私が学生寮に住み込むのも反対しなかったし、私の意思を尊重してくれた。
私は割り当てられた音楽室だった部屋へ入ると、中央に仕切り板が敷かれている。
簡易ベッドや家具が備え付けられており、床にはお菓子の空箱や衣服が無造作に脱ぎ捨てられて生活感が溢れている。
ルミスのいた部屋とあまり変わらない惨状を目の当たりにすると、ここには誰か住んでいるのが窺える。
部屋を間違えたかと思ったが、割り当てられた部屋はここで間違いない。
「おや? ここで何してるんだい」
途方に暮れていた私の背後から聞き覚えのある声が聞こえる。
私は振り向くと、そこには学校指定のジャージに身を包んだ佐伯が立っていた。
「この学生寮で暮らすことになったんだ。佐伯さんはここに何か用事でもあるの?」
「用事っていうか、私はここで暮らしているのさ」
佐伯は音楽室の部屋に遠慮なく入ると、私を招き入れる。
どうやら、ここの部屋主は佐伯のようだ。
「ちょっと待ってね」
佐伯が中央の仕切り板を取り外すと、そこには佐伯の部屋と同様に簡易ベッドと家具が備え付けられた一部屋が姿を現した。
「新しい住人が来るって連絡があったから、急いで片付けたんだけどね」
学生寮に住む生徒は佐伯を含んで数えるぐらいしかいない。
誰も使わないだろうと高を括っていた佐伯は仕切り板で空き部屋になっていたところを物置きとして利用していたらしく、私が急遽入室することになって慌てて掃除をしたらしい。
内部生がここに足を踏み入れる機会はないし、外部生から学生寮に入居する生徒も入学・卒業式の時期に変動するぐらいなので、佐伯が私の部屋を物置き部屋として利用していたのも本来は規約違反だろうが、そこを咎めたりするつもりはない。
「まさか、クシャちゃんのような子が転校して学生寮を使うとは思わなかったよ。ここは外部生の生徒でも実家から遠方で通うのが大変だったり、少し訳アリな生徒が暮らすところなんだよね」
「そうなんだね」
「正直なところ、クシャちゃんは海外からの転校生ってことで、最初はいけ好かない資産家の娘って感じだと思ったんだよ。まあ、蓋を開けてみたら私好みの女の子だったんだけどね」
佐伯は簡易ベッドの上に腰を下ろして、色々とぶっちゃけてくれた。
そして私にマシュマロのお菓子を差し出す。
「ここで、何か分からないことがあったら私を頼ってね。色々と力になってあげるからさ」
「うん、ありがとう。まずは頼る前に……部屋を少し片づけようか」
私は隣人の佐伯に感謝しつつ、佐伯の部屋が散らかっている惨状を指摘する。
佐伯は豪快に笑って「まだ片付いている方だから平気平気」と誤魔化されてしまった。
(やれやれ……)
どうやら、私はずぼらな女性と縁があるようだなと半分諦めて自身の境遇を不憫に思った。




