第5話 お風呂
全てを語り尽くした私は奈緒の様子を窺いながら、張り詰めた空気に緊張が隠せないでいた。
どうか伝わってほしい。
私は一心に神へ祈る気持ちで重く閉ざされた奈緒の口が開くのを待った。
「なるほど……幾つか確認したいことがある。少し付き合ってくれないか?」
「はい、わかりました」
私に断る理由もなく了承すると、奈緒は一枚の紙とボールペンを手渡して見せた。
「まずはここに丸でも四角でもいいから、何か描いて見てくれないか?」
「これにですか……」
何の意図があるのか不明だが、私は奈緒に言われた通り紙にボールペンで円を描いて見せた。
紙やボールペンに何か細工をしている気配もなく、私は不安そうに紙を提出する。
紙を受け取った奈緒はホワイトボードにその紙を貼り付けて、私に次の指示を出す。
「OK、次はそこの別室でシャワーを浴びて来い。君から少し酢っぱい臭いがするから、何日もお風呂に入っていないだろ?」
そういえば、魔王と対決へ臨むために勇者一行と強行軍で湿地帯を突き進んだりしていた。
その間、お風呂に入る機会はなかったので体臭は自身が思っている以上にひどくなっていたようだ。
そんな私の胸に琉緒は抱き付いたりさせてしまったので今更ながら申し訳なく思う。
「着替えはこちらで用意するから、シャワー後は何か飯でも食おうか」
魔王との決戦前夜が最後の軽食だったので、元の世界へ戻ってからは何も口にしていなかった私は空腹感もあった。
「突然押しかけて色々と面倒を見ていただき、本当にありがとうございます」
「気にする必要はないさ。さあ、早くシャワーを浴びておいで」
私は深々とお礼を述べて奈緒に感謝の意を伝えると、別室のシャワー室へ移動した。
衣服を全て脱ぎ捨てて脱衣籠に入れると、二十年ぶりのシャワーに感動を覚えてしまう。
基本的に異世界では川辺で水を汲んで大きな竹筒に入れる。
そこに火を起こして簡易的なお風呂が完成し、ダークエルフの集落ではそれが日常風景であった。
蛇口を捻れば、当たり前のようにお湯が出る。
私は元の世界へ戻って来れたんだなと心の奥底から何か込み上げるものを感じ取り、シャワーの水飛沫と共に涙が流れ出てしまう。
これで前世の三崎信也の姿だったらと思いながら、鏡面台に映っているのは色香のある女性のダークエルフ。
琉緒は姿形が変わってしまった私を好きであると告白してくれた。
種族の違う女同士の恋は果たして実るのだろうか。
私は物思いに耽りながら身体を隅々まで洗い流していると、突然シャワー室の扉が勢いよく開かれた。
「わぉ! 可愛い女の子だ」
「えっ!」
てっきり奈緒かと思ったが、見知らぬ女性が裸で乱入して来たのだ。
訳が分からず、密室空間で逃げ場のない私は壁際へ追いやられてしまった。