第47話 サクランボ
「うん……琉緒ちゃん、よろしくね」
私はぎこちない笑顔で琉緒に声を掛ける。
琉緒にとって、半年前まで男子高校生だった私が女子高の教室に、しかも隣の席にいるのは夢のような出来事だろう。
私が聖カトメイル学園の編入に気乗りしなかったのは、琉緒に自分の制服姿を見られたくないのもあった。
もしかしたら、女子高に通う私を心の奥底で軽蔑しているのではと不安に駆られた。
「今日はクシャちゃんのためにお弁当を私が作ってきたんだよ。お昼は一緒に食べようね」
「俺……いや、私のためにお弁当まで作ってくれたんだね。お昼が楽しみだよ」
琉緒と二人っきりの時は男子高校生だった頃の名残で一人称を俺としていたが、今は周囲にクラスの女子生徒達や担任の目があるので、クシャ・アルリーナを振る舞うために訂正する。
琉緒も学園内に人目がある間は私をクシャ・アルリーナとして接することを心がけてくれている。
今の二人のやり取りをクラスの女子生徒達は冷ややかな目で見る者もいれば、興味深そうにこちらを窺っている者もいる。
担任から連絡事項を伝えられると、間もなくして一限目の授業は滞りなく開始された。
約二十年ぶりの学校の授業は新鮮な空気を感じつつ、緊張感の連続であった。
そんな中、私に対して何度も熱い視線を送る琉緒にも緊張を強いられてしまった。
「琉緒ちゃん、前を……」
私はそれとなく琉緒に小声で忠告をしたのだが、時すでに遅し。
私に視線を向けている間、教壇に立っていた先生が黒板の問題を解くように琉緒を指名していたのだ。
当然、よそ見をしていた琉緒は先生から注意されてしまうのだが、本人はあまり反省の色を示していない。
こんな調子で昼食の時間になると、琉緒は私と机を並べて自作のお弁当を披露する。
姉である奈緒は料理が苦手なので、琉緒もそうなのではと不安が募っていた。
「これは美味しそうだね」
私はお弁当箱の中身を確認すると、どれも手作り感が満載のお弁当だった。
「お姉ちゃんは料理が下手だから、たまにこうしたお弁当を届けたりしているんだ」
実家と疎遠状態の奈緒は琉緒を介して、探偵事務所に出入りして身の回りの世話をしているらしい。
私がこの世界に現れるまでは探偵事務所に立ち寄る回数も減り、塞ぎ込んでいた。
琉緒の心中を考えれば、異世界転生してダークエルフになった私と学園生活を送れるのなら午前中に先生から叱られたことは些細な出来事でしかないのだろう。
「クシャちゃん、ちょっと口を開けて」
「こうかな?」
私は小さく口を開けると、琉緒はサクランボを私の口に入れた。
甘い香りが口一杯に広がり、私も彼女に倣ってサクランボを摘まんで見せた。
「琉緒ちゃんにも食べさせてあげるよ」
「本当に!? ふふっ、嬉しいなぁ」
琉緒は目を瞑って口を開けたままにすると、私からサクランボを受け取る態勢を整える。
私はサクランボを琉緒の口に入れようとしたが、それは叶わなかった。
「二人共、見せつけてくれるじゃないか」
私と琉緒の間に割って入って来た女子生徒がいたのだ。
サクランボはその女子生徒の口に入ってしまった。
「やっぱり、また会えたね。あの時の女子トイレ以来かな」
私との再会に喜ぶ女子生徒に見覚えがあった。
学園の見学中に女子トイレへ立ち寄った時に出会った子だ。
気か動転して不意を突かれたとはいえ、森育ちのダークエルフである私の脚力に彼女は追いついてこれた。
「君もこのクラスだったのか」
「そうだよ。これは運命的な出会いかもしれないね」
彼女はニヤニヤしながら、残りのサクランボをお弁当箱から全部摘まんで口に入れると、琉緒は今か今かと待ち受ける様子であった。




