第44話 血の味
私は琉緒の自宅がある最寄りの駅まで見送ると、時計は夕刻を過ぎようとしていた。
多少のアクシデントに見舞われたが、デートは問題なく成功を収めたと思っている。
今度のデートは遊園地と約束し、琉緒との学校生活も控えている。
甘い香りのするお土産のメロンパンを引っ提げて、電車を乗り継ぎながら奈緒の探偵事務所まで戻って来ると、背後から私を呼び止める者がいる。
「やあ、おかえり。デートは楽しかったかい?」
聞き覚えのある女性の声。
彼女の正体を知っている私は足を止めると、警戒心を剥き出しにしながら後ろを振り返る。
修道服に身を包み、色白の肌と妖艶な笑みを浮かべている女性は聖カトメイル学園のラーナ理事長だ。
「どうも……」
その正体は奈緒から変わった吸血鬼だと知らされているが、危険な力を持ち合わせている闇の眷属の吸血鬼に変わりはない。
「ほう、とても良い匂いがするね」
ラーナは興味深そうにメロンパンの入った角底袋へ目を付ける。
「よろしければ、お一つどうですか?」
私は角底袋からメロンパンを一つ取り出す。
奈緒とルミスのお土産ではあるが、量もそれなりにあるのでラーナに分けたところで問題はない。
「ふふっ、ありがとう。それでは遠慮なく頂こうか」
ラーナは私からメロンパンを受け取ると、それを美味しそうに一口かじって見せる。
その姿はどこか子供っぽさが窺える。
時折、鋭い八重歯を覗かせると彼女は修道女に扮した吸血鬼だと再認識させられる。
「おやおや、私に見惚れているのかい?」
ラーナは私をからかうような仕草で笑みを浮かべる。
「いえ、そんなつもりは!?」
私は顔を赤く染めて大げさに否定する。
吸血鬼がメロンパンを食べる姿はレアだし、ラーナのような妖艶な女性なら見惚れてしまうのも仕方がない。
魔法を行使している様子はないが、彼女なら魅惑の魔法を駆使して私の心を支配できそうな気がする。
「なかなか良い反応だよ。普段は血を飲まないのだが、君のような純粋な子なら飲みたくなってしまう」
ラーナは私の首筋を焦点に当てながら、血を欲するような言動を口にする。
「私の血は美味しくないですよ……」
「君に血の味が分かるのかい?」
そんなの分かる筈がない。
私は後退りながら、獲物を狙う獣に危機感を強める。
吸血鬼の毒牙にかかったら、その者は自我を失って操り人形になるかミイラのように干乾びて死ぬのが定番だ。
(どっちも御免だよ)
ラーナは身を乗り出して、血を吸うような体勢になる。
もう駄目かと思った時、私の前に救いの女神が現れる。
「こんなところで、何やってんですか」
煙草を咥えながら、呆れた口調で奈緒が間に入った。




