第4話 探偵の存在
そういえば、琉緒から年が離れた姉が一人いると聞いたことがある。
頼もしい自慢の姉だと笑って話してくれたのを今になって思い出した。
まさか、こんな形で紹介してくれるとは夢にも思わなかった。
奈緒は琉緒に振り返ると、琉緒の頭を優しく撫でて見せる。
「琉緒はもう家に帰りな。ここにいると親父が知ったらうるさいからな」
「じゃあ、信也君をここに置いてくれるの?」
「勿論さ。私はこれから仕事に取りかからないといけないから、今日のところはもう帰るんだ」
「……わかった、約束は守ってね。信也君、また明日になったら会いに行くよ」
奈緒に諭されるように納得する琉緒は後ろ髪を引かれる思いで私の両手を握って見せる。
「すぐにいなくなったりしないから大丈夫だよ。また明日になったらゆっくり話そうね」
「うん! きっとだよ」
それに応えるように私は琉緒と約束を交える。
異世界に戻る手段も今のところないし、私としても一緒にいたい気持ちは同じだ。
「バイバイするのは嫌だから、私はこのまま行くね」
永遠の別れを経験した琉緒にとって、このまま別れの挨拶を交わしたら私が消えてしまうかもしれないと感じ取ったのだろう。
琉緒はそのまま出入口の扉を潜って家路を急ぐ。
その場に立ち尽くして私は笑顔で見送ると、先程とは一転して奈緒は私に鋭い視線を送る。
「さて、改めて君が何者なのか聞こうじゃないか。そこのソファーにかけたまえ」
琉緒の言葉を全て受け入れた訳ではなく、私を完全に不審者として扱っているのはひしひしと伝わって来る。
「三崎信也だって言っても信じてもらえないですよね?」
「当たり前だ。君はどう見ても外国人の女性だし、琉緒を弄んで死者を冒涜しているようにしか見えんよ」
ダメ元で三崎信也だと説得するが、やはり聞く耳を持ってはくれない。
それどころか姉である奈緒にとって、私は妹の気持ちを踏みにじろうとする悪魔と捉えているだろう。
「……突然お邪魔して失礼しました。このまま私は消えます」
琉緒との約束は反故する形になってしまうが、印象の悪い私がこれ以上奈緒に説得を試みたところで彼女の怒りを買うだけなのは安易に想像ができる。
大事になる前に退散した方がお互いのためである。
私はソファーから立ち上がり、奈緒に一礼して背を向ける。
これからのことを考えたら、元の世界で頼れる人物が皆無な私はしばらく目立たたないで路上生活をしながら凌ぐしかないだろう。
(寂しい未来だな……)
偶然にも魔王の魔法で元の世界へ帰還できても、私は一人なんだと痛感させられる。
せめてもの救いが、琉緒と再会できて分かり合えただけでも奇跡的なこと。
私は出入口の扉に手を触れようとした時、奈緒は私の肩を掴んで制止する。
「話はまだ終わってないぞ。君や琉緒が三崎信也だと主張して、はいそうですかと受け入れることはできないが、君がダークエルフなのは十分に理解しているよ」
「えっ? 私がダークエルフなのをご存じなのですか」
驚いた声を上げて私は奈緒に振り返る。
元の世界でエルフ族は架空の存在なのに、どうして彼女は私がダークエルフだとわかったのだろうか。
「その特徴的な褐色肌と長耳を見たら一発だよ。これでも探偵の所長を務めているからね」
奈緒は立ち去ろうとする私をもう一度ソファーに座らせると、改めて二人は向かい合う。
異世界の者なら種族を見抜かれても不思議ではないが、元の世界で探偵だから見抜いたと理由を聞かされても到底納得はできない。
「最初、仮眠から目覚めた私は君の長耳に気付かず在留許可がない不法入国者かと思ったよ。琉緒と話している内に君がダークエルフなのはすぐにわかったが、どうして琉緒が君を片想いだった三崎信也と思い込んでいるのかは全然わからなかった。仕舞いには君まで三崎信也だと名乗り出て、本当に薬物でもキメて幻覚を見ているのかと心配してしまったぐらいだ」
「それは……突拍子のない話ですが、私は異世界転生したからです」
ダークエルフだと見抜いた奈緒なら、もしかしたら異世界転生した体験談を語れば私が三崎信也だと信じてくれるかもしれない。
異世界転生した詳しい原因は私にもわからないが、奈緒なら何か突破口を見出せるような予感がした。
私は順序よく丁寧に自身に起きた異世界転生の経緯を奈緒に語り出すと、彼女は黙って目を伏せながら私に耳を傾けていた。