第37話 フラグ
「それじゃあ、行ってきます」
「道中、気を付けてな。あまり遅くならないようにしろよ」
奈緒は心待ちにしていたデートの日を迎えて、彼女のテンションは最高潮に達している。
二人を見送る奈緒だが、デートの主導権を握っている琉緒は私の手を引きながら勢いよく外へ駆け抜ける。
「やれやれ……」
奈緒は溜息を漏らすと、あの様子では話を全然聞いてないなと参ってしまう。
二人は繁華街の大通りを過ぎたところにある地下鉄へ乗り込もうとしていた。
奈緒が改札口を潜り抜けると、私もその後に続く。
異世界転生前の学生時代には何度も利用し、電車通学するのは日常生活の一部であった。
電車に揺れる感覚は懐かしくもあり、好きな子と一緒なら感慨もひとしおだ。
「琉緒ちゃんはどこに行きたいの?」
私はデートのプランを立てる事ができなかった。
お金もないし、近場を散歩して時の流れに任せるぐらいしか浮かばなかったのだ。
「最初は信也君とデートしたあの動物園かな」
琉緒が所望するのは初めて私がデートに誘った動物園だ。
二十年ぶりなので、まだ営業しているのかなと思ったが、ここでは私が亡くなって半年しか経過していないのを思い出した。
「うん、いいよ。たしかあの動物園でウサギに餌を与えたり触れたりできたね」
「そうそう。あの時は信也君がウサギに餌を与えようとしたら、ご機嫌斜めだったのかウサギが暴れて檻から逃げ出す事態になって園内は軽くパニックになったね」
そんな苦い過去の経験があったなと当時を振り返る。
幸いにも、ウサギはすぐに飼育員の手によって捕まえて檻に戻されたが、逃がした原因は私にあったので動物園側に頭を下げて謝った。
「異世界では野生の動物に触れ合う機会は沢山あったし、今度は大丈夫だよ」
あの失態で私に対する好感度は下がったと思っていた。
動物好きである琉緒のためにデート場所として選んだのが動物園だった。
悪くない選択肢の筈が、一羽のウサギで最悪の結果を残したのだが、琉緒はそんな私を笑顔で迎え入れてくれた。
「またウサギさんを逃がしてもいいんだよ。だって、慌てふためいた信也君の顔が可愛くて私はまたそんな信也君を見たいからね」
信じられないことだが、あのトラブルをきっかけに好感度は下がるどころか上昇したのだ。
(可愛いか……)
そんな要素はあったのかなと考えて見るが、首を捻ることしかできなかった。
「はは……さすがに二度も逃がすようなことはしないよ」
「本当かな? 私にはフラグにしか聞こえないよ」
異世界で培った経験もあるので、仮にウサギが檻から逃げようとしても今度は自分の手で捕まえられる自信がある。
「ふふっ、今から楽しみになってきたね」
琉緒は私に寄り添いながら、新たに二人の想いを紡いで創り上げようと胸に秘めていた。




