第35話 不安
翌朝、デートで頭が一杯だった私はあまり睡眠できなかった。
その訳は子供のような好奇心からではなく、不安が過ぎっていたからだ。
私は外の空気を吸おうと、琉緒を起こさないように外へ出ようとした。
「おはよう。随分と早い起床だが、よく眠れたのかな?」
「まあ……それなりに」
奈緒が昨日と変わらず、トレンチコートに煙草を咥えながら探偵事務所から出て来た。
本当は全然寝付けなかったのだが、奈緒は私の顔色を見て瞬時に悟った。
「やれやれ、そんな調子では普段の学校生活にも支障が出るぞ」
奈緒は栄養ドリンクを一本受け取ると、私は遠慮なく一気に飲み干した。
丁度、仕事が一段落して一服するつもりで行きつけの喫茶店へ出かけようとした奈緒は私も連れて場所を変えた。
「いらっしゃいませ」
喫茶店で出迎えてくれたのは若い女性の店員だ。
冷たい視線で私と奈緒を一瞥すると、見晴らしのいい窓辺の席へ案内する。
「私はいつもの。彼女には何か胃に優しい物を頼む」
奈緒は女性の店員に注文すると、霞んだ声で「かしこまりました」と呟いて奥のキッチンへ姿を消した。
「ここへはよく来るんですか?」
「コーヒーを飲みにね。ここは煙草も吸えるし、店も落ち着いた雰囲気でゆっくりできるからね」
昨今は喫煙場所も制限されて、喫煙者である奈緒にとってこの喫茶店は有り難い憩いの場なのだ。
たしかに店内は雰囲気に合わせてクラシックな音楽が心地良く流れている。
「それより、今日は琉緒とデートだろ? あまり浮かない顔をしているが、喧嘩でもしたのかな?」
「そう言う訳ではないですが、実は……デートするお金とか全くないんですよ」
琉緒は私とのデートで頭が一杯なので気付いていないかもしれないが、現在の私は無一文だ。
デートするにも、動物園や遊園地には入園料がかかる。
琉緒のことだから、費用は全部自分が持つと言いそうなので、それに甘える自分はヒモ男なのではと葛藤が生じていた。
「ははっ、そんなことで悩んでいたのか」
「もう、笑い事じゃありませんよ」
「すまんすまん。後で渡すつもりだったが、これを持っているといい」
奈緒はトレンチコートから一台のスマホを取り出して私に提示する。
「契約は君の名前で登録している。それ一つで電車やバス等の公共交通機関は乗れるし、買い物もできる。私からのささやかなプレゼントだ」
どうやら、スマホの手配は私が学校へ入学するのと並行して進めていたらしい。
二十年ぶりにスマホを手に取ると、その感触は懐かしく操作の仕方は覚えていた。
「お待たせしました」
女性の店員がコーヒーと温かなスープを運んで来た。
コーヒーは奈緒に、温かなスープは私の前に置かれると女性の店員は一礼して奥のキッチンへ再び姿を消した。
「私なんかのために色々と手を煩わせて……本当に感謝しています」
「保護者として当然の務めさ。今日のデートは気兼ねなく楽しんでこい」
奈緒はコーヒーを啜りながら、精一杯の気持ちを込めて私を後押しする。
私はそれが嬉しくて、思わず涙をこぼしそうになった。




