第32話 デートの約束
シャワーから流れる温かい水飛沫に意識を集中させて、私はなるべく無心になることを努める。
「ふーん……改めて見ると、私より大きいなぁ」
琉緒は関心を抱くような声でこちらを窺っている。
それが何なのか分からずにいると、私の胸に妙な感触が伝わって来る。
「ひゃ!」
予期せぬ反動で、私はその場に悲鳴にも似た声を発して、しゃがみ込んでしまった。
幸いにも、長耳を触られた時のように気絶するまでには至らなかったが、琉緒の前で二度もみっともない姿を晒してしまった。
「信也君は異世界ではクシャ・アルリーナって名前で過ごしていたんだよね。こんなに可愛くて素敵な人を放っておく訳ないし、異世界ではモテモテだったんだろうなぁ」
「そんなことないよ。恋愛とか……最後にデートしたのは琉緒ちゃんと動物園で過ごしたあの時以来だよ」
異世界転生してから、恋愛に発展した経験は一切ない。
元々、男子高校生だった私がダークエルフのクシャ・アルリーナに転生しても、恋愛対象は女性のままだ。
同族であるダークエルフの男性から結婚を前提に付き合いを求められたこともあったが、全て断ってきた。
同年代で女性のダークエルフ達からは「クシャは理想が高過ぎよ」と勘違いされることもあったが、本心を打ち明けたことはない。
「本当かな?」
「誓って嘘は言わないよ」
私は疑心に満ちた彼女の瞳をじっと見つめると、嘘偽りがないのを訴える。
しばらくその状態のまま沈黙が続くと、琉緒はやがて晴れやかな表情を浮かべる。
「それなら、明日は久々の二人でデートしようよ」
「デート……今の俺は女だよ」
「好きな人と一緒なら、女同士でもいいの。それとも私とデートするのは嫌かな?」
「そんなことはないよ。見た目が全然変わってしまった俺とデートしてくれる琉緒ちゃんの気持ちが素直に嬉しいよ」
「信也君は信也君のままだよ。あの時と全然変わらない」
琉緒はそっと私に抱き付くと、彼女の温もりと共に想いが直に伝わって来る。
(琉緒ちゃん……)
つまらないことで悩んでいた自分が恥ずかしい。
彼女のためにも、明日のデートは最高の思い出を作ろうと決心した。




