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第31話 反則

 心の準備が出来ないまま、雑居ビルの階段を下りながら事務所の扉を開く。


「お姉ちゃん、シャワー借りるね」


 琉緒は机で仕事をしている奈緒に明るい声で返事を待たずに私の手を引きながらシャワー室に入る。


「あらあら、元気があっていいですわねぇ」


「元気過ぎるのもアレだがな」


 優雅に紅茶を啜りながら、ルミスは二人を見送る。

 その傍らで奈緒は煙草を咥えながら、お転婆の妹に苦笑いを浮かべる。

 鼻歌交じりで琉緒は衣服を脱ぎ始めると、私は目を逸らして背を向ける。

 脱衣場で二人っきりの空間は私にとって、とても気まずい。


「信也君、どうしたの?」


「その……やっぱり入らないと駄目な雰囲気だよね」


「ふふっ、照れている信也君は可愛いね。長耳を触り尽くされる覚悟があるなら、私一人で我慢するよ」


 長耳を引き合いに出されると、私に選択権はなかった。

 深く深呼吸をして心を落ち着かせると、私は淡々と衣服を脱ぎ始めた。

 そして目を閉じて、エルフ族の長所の一つである空間把握能力を駆使する。


「信也君、何で目を閉じてるの?」


「それはお構いなく……」


 琉緒の気配は勿論だが、一度入ったシャワー室の間取りは理解している。


「なるほど、私の裸を見ないための配慮ね。紳士な信也君も素敵だけど、今はありのままの私を見て欲しいなぁ」


 私の意図を悟った琉緒は不満そうな声を上げて、私の腕に寄り添って見せる。

 傍から見れば、女子二人が脱衣場でいちゃいちゃしているだけにしか見えないだろう。


「気持ちだけ有り難く頂戴するよ」


「そんなの不公平だよ。信也君も目を開けないと、楽しいシャワーが台無しになっちゃう」


 琉緒がどんな表情を浮かべているか目を閉じているので分からないが、言葉から発する感情を汲み取って大体想像できる。


「目を開けないと、こうしちゃうぞ?」


 まるで好奇心旺盛の子供が悪戯をするかのように、琉緒は私の耳元に吐息を吹きかける。

 生温かい感触が敏感に長耳を伝わると、思わず私はその場にへたり込んでしまった。


「琉緒ちゃん……それは反則だよ」


「反則なのは信也君の方だよ。勝手に私の前から姿を消して、この半年間私がどんな気持ちだったか」


 へたり込んだ私の胸に琉緒は覆い被さるように抱き付いて見せる。

 私のために涙を流してくれる想い人に対して、とんでもない反則行為をした事実は変わらない。


「ごめん……琉緒ちゃんを一人にさせてしまった俺が悪かったよ」


 目を閉じながら、私は琉緒の頭を優しく撫でて応えて見せる。


「じゃあ、目を開けて私の背中を流してくれたら許してあげるね」


 先程までのしんみりした声は消え失せて、琉緒は私の手を引っ張ってシャワー室へ連れ込んだ。

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