第3話 居場所
人混みの多い繁華街の大通りに差し掛かると、琉緒は構わず突き進む。
薄生地で露出度の高い衣服を纏っている今の私は異世界ではあまり目立たなかったが、元の世界では大胆な様相をしたコスプレの外国人として周囲の目に晒される。
本音としてはあまり目立ちたくないところだが、琉緒は私をどこへ連れて行く気なのだろうか。
「琉緒ちゃん、どこへ行くつもりだい?」
私はそれとなく訊ねて見るが、琉緒から返答はない。
十字路の信号を渡って、大通りから狭い裏路地に入ると琉緒はやっと足を止めてくれた。
目の前には古びた雑居ビルが立ち並んでおり、琉緒はその一角を指差した。
「ここが信也君の居場所を提供してくれる場所だよ」
この裏路地近辺は賑やかな大通りの繁華街とは違って、ネオンの照明や人通りは殆どない。
琉緒のような女子高生には治安が悪そうな場所だ。
琉緒は再び私の手を取ると、指差した雑居ビルへ足を踏み入れて行く。
外観から予想した通りで内装もかなり寂れている。
異世界のダンジョンのように魔物が住み着いてる危険はないだろうが、得体の知れない人物が住み着いている可能性はあるだろう。
このような場所に女子高生の琉緒と繋がりがあることについて私は老婆心ながら心配になってしまう。
もしかしたら、ここに住み着いている人物から何か弱みでも握られて服従関係を強いられているのではと悪い方向に考えがどうしても巡ってしまう。
「さあ、あそこだよ」
埃っぽい階段を三階まで上ると、琉緒は私に明るい笑顔を振り向ける。
その先の廊下は一本道になっており、最奥に鉄製の扉が窺える。
私は万が一、何が起こっても琉緒を守れる対処ができるような態勢で警戒に当たろうとすると、琉緒はノックもせずに鉄製の扉を無造作に開ける。
「ふう、お邪魔するわよ」
私の心配も余所に琉緒はズカズカと部屋へ入る。
最初に目に入ったのは窓際の机上にある大量の吸い殻が積まれた灰皿、乱雑された書類、ノートパソコンが一台置かれているものであった。
その手前に大きな薄汚れたソファーが陣取っており、雑誌をアイマスク代わりにして豪快に眠っている人物が見受けられた。
「またこんなところで眠ってる。いつも言ってるけど風邪ひくよ」
琉緒は呆れた口を開いて、ソファーに眠っている人物を揺すりながら起こそうとする。
得体の知れない人物を起こそうとする琉緒に私は止めに入ろうとするが、その前に大きな欠伸をしながら雑誌が床に落ちてソファーで眠っていた人物が目を覚ました。
「おう、琉緒か。今日はどうしたんだ?」
琉緒を呼び捨てにする人物は寝癖の髪に手を当てながら、ゆっくり立ち上がる。
小汚い部屋の様相から部屋の主は中年男かと思ったが、澄んだ声に長髪の栗毛が特徴的なトレンチコートを羽織った美人な女性の素顔が目に入った。
「実はお願いしたいことがあるの」
「お願い? 可愛い琉緒の頼みなら何でも聞いてあげるよ」
琉緒は真摯な態度で女性に頼み事をしようとすると、女性は笑みを浮かべながら懐にある煙草を取り出して一服を始める。
煙草の煙が鼻を霞めると、琉緒は続けて言葉にする。
「信也君をここに置いて欲しいの」
「ん? 信也って、たしか半年前に琉緒と付き合っていた男子高校生の名前だろ。交通事故で亡くなった子を忘れられない気持ちは分からんでもないが、いつまでも引きずっていたら駄目だ」
「違うの! そうじゃなくて、信也君はここにいる。私のところに還って来たんだよ」
懸命に訴える琉緒は私を三崎信也だと引き合いに出して女性を説得すると、女性は次第に難色を示す。
三崎信也は交通事故で半年前に死亡している上に、容姿は似ても似つかない外国人の女性を三崎信也だと言い張るのだから当然の反応だ。
「琉緒、あんたまさか違法な薬物をキメてるじゃないだろうね!」
女性は琉緒の両肩を掴んで、付き合っていた子を失った反動で自暴自棄になり薬物に手を染めたのではと勘繰っているようだ。
勿論、そんなことはないのだが話は平行線を辿って収拾がつかなくなりそうだ。
「待って下さい。琉緒ちゃん、この人は一体?」
まずは状況整理を第一に考えて、私は目の前にいる女性の素性について訊ねる。
すると、琉緒の代わりに女性が私に歩み寄って答えてくれた。
「私は栗山奈緒。琉緒の姉だよ」
琉緒の姉だと名乗る奈緒は懐から肩書きに所長、栗山奈緒の名前に『栗山探偵事務所』と記載された名刺を差し出してくれた。