第29話 難儀な体質
探偵事務所で掃除の続きを済ませると、夕刻を過ぎて繁華街は賑やかになって来た。
奈緒は書類に目を通しながら、机でノートパソコンと睨めっこしている。
「お疲れ様です。お茶をどうぞ」
「ああ、ありがとう」
奈緒を労うために暑いほうじ茶を淹れて彼女に提供する。
それとなくノートパソコンの画面を覗いて見ると、小難しい文章と私の顔写真が映り込んでいた。
「これは国の関係各所の機関へ提出する報告書さ」
「私も何かお手伝いしたいところですが、パソコンはどうも苦手で……」
「ふふっ、気持ちだけ有り難く頂戴するよ。君の淹れてくれた温かいお茶だけでも元気が湧いてくるよ」
奈緒は椅子にもたれながら私が淹れたほうじ茶を口にする
異世界転生する前にパソコンを触る機会は何度かあったが、奈緒のように報告書を作成するような技能は持ち合わせていない。
「只今戻りましたわ」
事務所の出入口の扉がゆっくり開くと、今朝から留守にしていたルミスが帰って来た。
それと同時にルミスの耳は人間から元のエルフ族の長耳に戻り、魔法が解かれた。
「あらぁ、可愛らしいダークエルフちゃんを発見ですわ」
ルミスは手荷物をその場に置いて、一直線で私に抱き付いて見せる。
元の世界に戻ってから、エルフに抱き付かれたり吸血鬼に耳を一舐めされたりと異世界にいた時でもそんな体験はなかった。
「はいはい、そこまでだ。まずは荷物を置いて来い」
奈緒は私からルミスを引き離すと、ルミスは渋々と自身の手荷物を拾い上げて上階へ移動する。
私も自身の耳が元の長耳に戻り、魔法の効力を失った。
「それにしても、エルフ族の耳は本当に独特だな。ルミスと出会った当初は猫耳のカチューシャをしているのかと思ったぐらいだ」
「そんな可愛らしい耳じゃありませんよ。他人に触られると身体中に電気が走ったような衝撃に襲われますからね」
「ふーむ、難儀な体質だな」
奈緒はまじまじと私の長耳を眺める。
魔法で体質を変化させられたらどんなにいいか。
こればかりはダークエルフとして生きている間は一生つきまとう問題だろう。
(はぁ……)
私は小さな溜息を漏らすと、自身の湯呑にほうじ茶を注いで一息入れる。
束の間の休息だと思っていた矢先に事務所の出入口の扉が勢いよく開かれる。
手荷物を置きに戻ったルミスかと思ったが、その正体は琉緒であった。
「信也君! また会いに来たよ」
勢い余って、琉緒はそのまま私を押し倒してしまう。
偶然にも、奈緒の両手が私の両耳をギュッと握る形になってしまった。
「ひゃん!」
情けない声が部屋全体に響き渡ると、口許が緩んで身体中が熱くなってしまう錯覚に陥る。
「これはいかんな」
奈緒が興奮気味の琉緒を引き離して、メスの顔になった私を介抱しながらソファーに寝かせる。
琉緒はお構いなしに私の身体の上に跨ろうとするが、「少し落ち着け」と奈緒が制止する。
二人の姉妹のやり取りが微かに耳に入りながら、私は限界に達して気を失ってしまった。




