第27話 扉の先に②
その場の勢いで反対側の個室トイレに入ったが、そのまま退散すればよかったと後悔してしまう。
すぐにここを開けてしまえば、さっきの女子生徒と鉢合わせてしまうかもしれない。
そうなれば、気まずい雰囲気になるのは間違いない。
かと言って、あまり長時間居座れば駐車場で待っている奈緒に心配をかけてしまうし、休み時間になってしまったら女子生徒達で校内の廊下やトイレは賑やかになるだろう。
(どうしたものか……)
最善の選択肢として候補にあるのはダークエルフの特性を最大限に活かして、個室トイレの扉を開けて最速で且つ俊敏に気配を消しながらこの場を去って駐車場へ戻る。
異世界では勇者一行と共にして、斥候を務めた経験もある。
その手の情報収集は得意分野だし、危険な魔物の群れに飛び込んで生還したのに比べたら簡単なことだ。
それしかない。
私は実行に移すそうと目の前の個室トイレの扉を勢いよく開ける。
駐車場までの道順は把握しているので、数十秒後には奈緒が待っている車の中だ。
「ちょっと待ってよ」
信じられないことが起きた。
ダークエルフである私はスビードに自信があったのだが、何者かが私の肩を掴んだのだ。
不測の事態に私は足を止めてしまい、ゆっくり振り返ると先程の女子生徒がいるだけであった。
「いきなり逃げるようにダッシュするからビックリしたよ。君、足がとても速いんだね」
感心した声で女子生徒は話しかけるが、私は未だに状況を呑み込めていない。
そういえば、逃走で頭がいっぱいになってトイレに訪れた目的を忘れていた。
万全な状態でなかった上に偶然が重なった結果、こうなったのかもしれない。
「それほどでも……ないよ。人を待たせているからこれで失礼するよ」
「今朝、事務室で午後から学校に見学者が訪れるって話を偶然聞いてさ。君がその見学者だろ?」
女子生徒は興味津々な顔で私をジロジロ見渡している。
これが魔物の群れだったら死んでいただろう。
あまり関わりたくない私だったが、彼女の言動をよく聞いていると、本当にここの生徒なのか疑問が湧いた。
私が現在いる場所は有名なお嬢様学校。
その制服を着用した女子生徒であり、そこまでは問題ない。
「その通りだよ。そういう君はここの生徒さんだよね?」
「もちのろんよ」
やはり、お嬢様に相応しくない所作や言動が目立ってしまっている。
雰囲気としては、どことなく奈緒に似通っているような気がする。
「その生徒さんが、まだ授業中なのにトイレで何してたの?」
「昼の弁当食べてたの。昼食の時間帯に教師から呼び出されて弁当食べる時間がなかったのよ」
女子生徒は先程入っていた個室トイレを指差して、鞄の上に空の弁当箱が置かれている。
昼食の時間がなかったにしても、午後の授業中の合間を縫ってトイレで済ませるとは豪快な所業だ。
少なくとも、私が想像するようなお嬢様像とは懸け離れた存在だ。
「おっと、そろそろ授業が終わる頃合いか。教室に戻らないと先生がうるさいからね」
女子生徒は慌てて鞄に空の弁当箱を仕舞うと、「またね」と言い残してその場を去って行った。




