第2話 時間の流れ
嬉しさのあまり、私と琉緒はしばらく愛おしそうに抱き合って再会の喜びに胸が躍った。
気持ちの整理がついた二人は近くのベンチに腰を下ろして、顔を見合わせながら事故後について語り始める。
「俺が交通事故で亡くなってから、どのくらいの月日が経ったんだい?」
私は率直にこの疑問を解消したいと思った。
二十年の月日が流れているのなら、琉緒もそれ相応に年齢を重ねていないとおかしいからだ。
私と琉緒が当時付き合っていたのは高校二年生。
計算が正しければ、琉緒は三十六または三十七歳の筈なのだ。
最初は琉緒の血を引く娘なのかと思ったりしたが、声を掛けて彼女が栗山琉緒だと瞬時に悟った。
そして、琉緒は思い出したくない過去を呼び起こしてうなだれるように顔を伏せながら私の質問に答えてくれた。
「あの交通事故から半年だよ。病院の霊安室で信也君と対面した時は頭が真っ白になって涙がこぼれるだけで言葉が何も出なかったのは昨日のことのように覚えているよ」
「は……半年だって!」
私は驚きを隠せなかった。
琉緒が嘘を付く理由もないし、異世界で培ったダークエルフの技能を駆使して琉緒の口許、目の動きを観察するが嘘を付いている様子はない。
異世界で過ごした二十年はこちらでは半年。
もしかしたら、こちらと異世界では時間の流れる間隔が違うのかもしれない。
それなら、琉緒が女子高生のままなのも頷ける。
「そうか……」
私は突き付けられた事実に頭を抱えてしまうと、琉緒が手を取って語り掛ける。
「信也君にまた会えて私は嬉しいよ。きっと神様が私達を引き合わせてくれたんだわ」
こちらの世界に飛ばされた原因は魔王の魔法によるものなのだが、神様による巡り合わせなら、あの交通事故から奇跡的に生還を果たして元の高校生の姿で琉緒と再び出会いたかった。
今はご覧の通り、種族は人間ではなくダークエルフの女性なのだから――。
「琉緒ちゃんとまた出会えたのは嬉しい。でも、俺はこの世界でもう死んでいる存在でどこにも居場所はないんだ」
この世界の三崎信也は半年前に死亡している。
おそらく、火葬も済ませて墓も立てられているだろう。
仮にこの姿で元の両親を訪ねて三崎信也だと名乗り出ても、琉緒のように信じてもらえる保証はない。
下手をしたら、頭のおかしい人間だと誤解されて警察を呼ばれてしまうかもしれない。
「居場所なら、ここにある! 私が信也君の居場所になってあげるから……もうどこにも行かないで!」
琉緒は悲痛にも似た叫びで私を引き止める。
気持ちは有り難いが、琉緒の言葉に甘えてこの世界に居座れば琉緒に迷惑を掛けてしまう。
当たり前だが、元の世界でダークエルフは架空の存在。
一緒にいれば、琉緒を不幸にしてしまうかもしれない。
琉緒の幸せを第一に考えれば、私は異世界へ戻った方が幸せな人生が歩めるかもしれないのだ。
「琉緒ちゃん……」
「絶対に嫌よ! だって私は信也君のことが……」
私は諭すように琉緒の頭を優しく撫でる。
できれば、私もこうして琉緒と一緒にいたい。
でも、現実はそれを許してくれる状況ではないのだ。
駄々をこねる子供のように琉緒は食い下がり、頑なな意思で絶対に放すものかと私を引き止めようとする。
「好きなんだから!」
琉緒の告白ともとれる言葉は私に深く突き刺さった。
涙を流しながら琉緒はギュッと私を抱き締める。
「居場所は私が絶対作ってあげるんだからね!」
涙で腫れた目を擦って、琉緒は思い立ったように立ち上がると私の手を引っ張り出して二人は公園を後にした。