第19話 現状②
私は息を呑んで奈緒の言葉に耳を傾ける。
異世界へ移動する手段が確立されているのなら、ルミスはとっくの昔に元の異世界へ帰還している筈だ。
それが叶わない時点で何かしらの理由はあるのだろうと察しが付いた。
「異世界に人を運ぶ手段はあるのだが、肝心の座標を指定することができないんだ。仮に君がいた異世界をAと仮定して、無事に君をAに送れる保証がないのだ」
「つまり、私がいた異世界Aとは全く違う異世界Bに送られてしまう可能性があると?」
「問題はそれだけじゃない。転送先が安全な地上とは限らないんだ」
私が過ごした異世界とは全く違う異世界に飛ばされるリスクはたしかに由々しき問題だ。
異世界へ移動する手段はあるが、移動先がランダムなら意味がない。
ルミスが未だに帰還できずにいる理由は理解できたが、奈緒は神妙な顔をしながら言葉を続ける。
「運良くAに転送できたとしても、転送先が遥か上空や暗い深海の可能性があるんだ。最悪の場合、全く違う異世界で完全な初見殺しを体験する羽目になるかもしれないんだ」
「それは……御免被りたいですね」
私は想像しただけで身震いしてしまう。
異世界へ移動するのは危険が伴うのを十分理解できたし、私がこうして前世の世界へ無事に戻れたのは奇跡的な出来事なのかもしれない。
「そういう点では君は物凄く運が良いんだ。魔王の魔法でこの日本に送られて琉緒と出会ったのは天文学的な確率だよ」
「たしかにそうですね。下手をしたら、死んでいてもおかしくない状況だったのかもしれません」
「或いはその魔王だが、異世界へ移動する手段と座標を定められる技術を持ち合わせていたかもしれない。予め指定していたなら、その魔王とやらはこちらの世界と繋がりがある者かもしれないな」
長いトンネルに差し掛かると、奈緒は考察しながら可能性を述べる。
魔王がこの世界と繋がりがあるとは考えもしなかった。
私は単純に運良く前世の世界へ戻って来れたと自己完結して思考が停止していた。
「まあ、それを確かめる手段もないし本当に運良く移動して来ただけかもしれない。運命の女神様が君を琉緒と再会させたと考えるのもアリかもな」
「運命の女神とは、またロマンチックな考え方ですね。もしそうなら、私は運命の女神様に感謝しないといけませんね」
これが漫画や小説なら、琉緒との劇的な再会は盛り上がる展開だろう。
気まぐれな運命の女神が私を琉緒と引き合わせたのなら、これほど嬉しいサプライズはない。
「再会するなら、ダークエルフの姿じゃなくて三崎信也の姿なら文句なかったですけどね」
「君のそのダークエルフの姿は可愛くて私は好きだけどね。琉緒もきっと同じ意見だよ」
「可愛いですか……普通なら喜んでいいところですが、男だった私には複雑な心境です」
奈緒は私の励ますために言葉を選んでくれたが、綺麗だとか可愛いと言われても正直あまり嬉しくはない。
だからと言って面前で綺麗じゃないとかブスと罵られるのは気分が良くないし、奈緒のご厚意には感謝している。
「ほらほら、そんな暗い顔をするのは駄目だぞ。君は笑っている顔の方が素敵だからな」
「それって私を口説いてます?」
「ははっ、君がその気なら口説き落としてもいいけどな」
豪快に奈緒が笑うと同時に、長いトンネルを抜けた。
冗談なのは見て取れたが、私は顔を赤くして何も言い返せなかった。




