第15話 初めての経験
編入の好条件は整っているが、やはり女子高に通うのはどうしても抵抗を感じてしまう。
「そうだな、まずは形から入るのがいいのかもしれないな」
奈緒は考え事をしながら立ち上がると、部屋の隅に置かれたクローゼットから何かを取り出し始める。
「あったあった。これに着替えて見てくれ」
奈緒はクローゼットの最奥に眠っていた洋服らしき物を私に手渡す。
クローゼットの掃除はあまりしていないのか、埃やゴミが溜まっている。
後で中の空気を入れ替えて掃除をした方がいいかもしれない。
埃っぽい臭いが鼻に付くと、手渡された洋服を広げて見せる。
「これは聖カトメイル学園の制服ですか?」
琉緒が着用していた制服とデザインは少々違うが、聖カトメイル学園の校章がある。
「ああ、十年ぐらい前に私が着用していたお古だよ」
「えっ!」
私は思わず驚いた声を上げてしまった。
洋服の正体が聖カトメイル学園の制服だったことではなく、その持ち主に対してだ。
失礼な話だが、奈緒からはお嬢様独特の気品が全く感じられない。
「奈緒さんは聖カトメイル学園の卒業生だったんですか」
「まあな。こっちは卒業写真だ」
クローゼットからさらにアルバムを取り出す奈緒は聖カトメイル学園の制服に身を包んだ当時の奈緒を見せてくれた。
寝癖もなく身だしなみは整っており、写真越しでも気品溢れるオーラと真っ直ぐな瞳でカメラに映り込んでいる。
私は写真の奈緒と現在の奈緒を見比べると、奈緒は恥ずかしそうにアルバムの写真を閉じた。
「はい、ここまでだ。私はあまり写真写りが良くないからな」
そそくさとアルバムをクローゼットに戻すと、意外な彼女の一面を垣間見えた。
お嬢様だった時代の奈緒の面影はどこにもなく、私は散らかった探偵事務所を見渡しながら時の流れは残酷だなと思った。
「さて、制服のサイズはどうかな?」
奈緒は気を取り直しながら、衣服を脱いで制服に着替える私を静かに見守る。
生まれて初めて女子高生の制服に身を包む心境はとても穏やかではいられない。
「ふむ、問題なく着こなせているな。なかなか似合っているよ」
着替え終わった私を奈緒は姿見鏡の前に立たせながら、満足そうに頷く。
鏡の私は一見すると女子高生のそれだが、スカートは生まれて初めて穿いたので足元がどうしても気になってしまう。
「やっぱり……恥ずかしいものですね」
「最初だけさ。学校へ通う内に慣れていくよ」
そういうものなのかと私は奈緒のアドバイスに耳を傾ける。
考えて見れば異世界では初めての経験は何度もあった。
動植物の狩りや薬草の見分け方等のようなダークエルフの集落に必要な技能はどれも新鮮な体験であった。
今回の件も、その延長線上だと思えば――。
「後は座り方に気を付けろよ。下手をしたらパンツが丸見えになる可能性があるからな」
奈緒の注意点を聞く前に私はいつもの感覚でソファーに腰を下ろそうとすると、激しく後悔してしまう。
(あっ……)
足を閉じないで座ってしまったのだ。
すぐに私は背筋を伸ばして足を閉じると、「それも次第に慣れていくさ」と奈緒が慰めてくれた。




