ラジオ番組『ハロー&グッバイ』
♪こんにちは!
初めて聞くリスナーさんだけのラジオ番組『ハロー&グッバイ』の時間となりました。
挨拶がヘン?
いえいえ。この放送は、明日急死する方々限定で、お届けしていますので。お聞きのアナタ、次回ないですよ。
チャンネルを替えても無駄。アナタは明日までの命です。
今日一日と明日の残り時間、悔いが残らないようお過ごしください♪
◆◆◆
……なに言ってんだ。このDJ。
こんな冗談が面白いと思っているのか? むかつく。ただでさえ気分最悪だってのに、知らないwebラジオなんて聴くんじゃなかった……。
……まただ。また隣のテントのやつ、吐いていやがる。おろろろびちゃびちゃ気色悪い。これで何人目だよ。食中毒か? コロナか?
優雅なソロキャンプが、隣家族の嘔吐で台無しだ。
ラジオはやめだ。音楽をかけて、いやな音をかき消そう。
『……ソロキャンパーさん、ちょっといただけない態度ですね!』
ん?
『体調悪いひとに対しては、もうすこし心配してもいいんじゃないですか~? 大体、同じキャンプ好きでしょうに』
……音楽アプリに変えたよな、俺。
なんでさっきのDJが話し続けているんだ……。いやそれより、
『それともソロキャンさんは、自分が死ぬことで、頭がイッパイイッパイですか?』
これは俺のことか?
『信じない振りして、信じちゃいましたか』
信じてねえよ畜生。覗き見しているのか? 気味が悪い!
……スマホ離したら、隣の嘔吐がうるせぇ。びちゃびちゃびちゃびちゃ、どんだけ胃に入ってんだ……。
離れよう。こんなキャンプ場にいる必要ない。車に乗ってコンビニにでも行こう。
ひとがいる場所まで出たら、明かりが多い場所まで行ったら、気分が変わって冷静になれるはずだ。
……車内は外の音が聞こえないから、落ち着くな。
もうすぐ0時か。
『―ソロキャンパーさん、あなたが死ぬ日になりました』
………。
『夜道の運転はくれぐれもお気をつけくださいね』
あのDJの声だ。カーラジオから――。局、変えてやる。
――あ、逆走車。
駄目だ、避けきれ
~ U県にお住まいの「ソロキャンパー」さん(♂)享年29歳 ~
◆◆◆
昔々、まだ私が若かったころ、近所の暗い女の子から聞いていたのです。
「死を告げるラジオがあるのよ」と。
当時の私は、嘘だらけの都市伝説だと思い、端から相手にしていませんでした。
そんな話ばかりしているから友達がいないのよと、彼女を蔑みました。
馬鹿馬鹿しいのです。明日に死のうと五十年後に死のうと、毎日を懸命に生きることに変わりはないのだから。
ただし今はすこしだけ、考えが変わりました。
体も衰えて、肺から何度も水を抜いたし、実際に「明日あなたは死にます」というラジオ放送を聞いた日には――ねぇ。私はあのとき、彼女の話をもうすこし真剣に聞くべきでした。
考えようによっては素敵なお話だと思います。限りある命、その短さを知れば、より心を変えて残り時間を過ごせるでしょう。
さて私はもう会いたいひとには会っているし、遺言も書き終えているのだけれど……。
今日一日を、思い残すことなく、やりたいことをして生きることにします。
どうせ明日に死ぬ命なのだから。
だからごめんなさい。
これから悪いことをします。
嫌いなひとやものを壊します。非力な私ならたがが知れているし、明日死ぬからいいでしょう?
年寄りのわがままだと思って、許してね。
~ Q県にお住まいの「入院中のおばあちゃん」さん(♀)享年75歳 ~
◆◆◆
♪以上、前回の方々の死に様を紹介させていただきました。
さてさて明日急死する方々限定のラジオ番組『ハロー&グッバイ』いよいよ、お別れの時間です。
次にあの世へ逝かれるのはもちろん、ラジオをお聞きの、そこのアナタです。
それではさようなら。ご縁があればまた来世で、お会いしましょう♪
(終)