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「きゃぁぁぁっ!」
悲鳴を上げた少女は、今正に、人間の体の10倍ほどの蜘蛛型の魔物に追われていた。
騎士団には魔法で通報したが、到着するまでには数刻かかる。
武力を持たない少女1人では、「言われた通りに1人で出掛けるんじゃなかった」と後悔するのに十分な時間だった。
「誰か、助けて!」
逃げながらも、少しずつ追い詰められていく自分の状況に耐えきれなくなり、虚空に向かって叫ぶ。
騎士団も来る気配がない。かといって、誰か他の人が通る気配もない。誰か来たところで、助かる見込みはない。
つまり、もう手詰まりだった。
少女は、10数年という短い人生を、頭の中で始めからやり直していた。思い出も後悔も、心残りがないように思い出していた。
ああ、神よーーーー
もしも見ているなら、私をお助け下さい。
少女は座り込んで祈る。
蜘蛛型の魔物に追いつかれ、少女は目を瞑る。
魔物は正に、少女の体を一思いに突き刺すーーーー
「ーーーーあれ?」
少女はまだ生きていた。
恐る恐る目を開く。
少女の目の前に広がる光景は、大量の体液をぶち撒けながら横たわる蜘蛛型の魔物と、その上に立つ、女子の学生服を着た女の子。
魔物の背中に突き刺してある剣ですら、陽の光を反射して眩しく見えるほどだった。
「大丈夫ですか?」
女の子は、少女に問うた。
その顔は、何事もなかったかのように涼しく、神話に出てくる女神のように美しかった。
「多分騎士団がもうすぐ着くと思うので、そこで待ってて下さいね」
女の子はそう言って最後に笑顔を見せると、消えるかの如く、去って行った。
まるで風のように来て、風のように去ったのである。
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通報を受けた騎士団が到着した時には全てが終わっていた。
「うはぁ、これやばいっすね」
後輩騎士が先輩騎士に向かって言う。
「これだけ大きいと、果たして俺たちが来たところで、倒せていたかどうかわからんな」
「それを1人で、出すもんね」
「しかも、殺傷痕を見れば、どうやら剣を一突きで仕留めたらしいぞ。ったく、どんな《才能》だよ」
「これも、あれなんすかね………『神速』の奴の仕業なんすかね?」
「じゃなきゃ、こんな事できるのなんて、精々うちの騎士団長くらいのものだろ。そんな奴、そこら中にいてたまるかよ」
《才能》。
それは、人間が生を受けた時に、神から与えられる1つの贈り物。
《才能》の種類と、その強さによって、将来就く職業すら決められてしまうようなもので、その種類は、家庭的な魔法を使えたり、はたまた物理攻撃に特化していたりと、様々である。
そして、武力《才能》持ちは皆騎士団に入るのが習わしで、騎士学校では沢山の生徒が日々、成績を競い合っていた。
成績の決め方は、在学中に大型の魔物を倒した数。
仲間と組んでも1人で倒しても『1』に数えられるので、命が惜しい普通の生徒は皆、チームを組んで魔物を討伐していた。
しかし、その学生の中に1人、並み居る騎士団の戦力すらも軽く超えて、ダントツで討伐数1位の学生がいた。
その通称は、『神速』。
学生の身でありながら、1人で数十体の魔物を倒してしまうような怪物であるが、その正体は不明で、名前も出自もわからない。
とにかく早く、騎士団が数十人規模で討伐するような魔物ですら、騎士団よりも早く着いて先に討伐してしまうことからついた異名が『神速』だった。
「噂によれば、めちゃくちゃ可愛いらしいっすよ、『神速』」
「俺は見た事あるけどな」
「あるんすか!?」
「ああ。だけど、可愛いとかよりも、何か神々しさを感じる所作だったな………」
「もしかしたら、神の使いとかなんじゃ!」
「顔も分かってるのに、誰かが分からないってくらいだから、もしかしたらあり得るのかもな」
騎士団員の2人は、冗談半分で話した。
それだけ、『神速』と呼ばれる女子学生の存在は、これまでの歴史の中でも異常だったのである。