側妃になったと思ったら女王に即位しちゃった!
「申し訳ございませんが王妃様、それは側妃である私のお仕事ではございません」
にっこりと微笑んでお断りすると、目の前の王妃様はリンゴのように真っ赤な顔でボロボロと泣き出してしまわれました。
「ど、どうしてそんな酷い事を言うの?」
「王妃様、酷くはありません。王妃主催のお茶会に側妃の私が采配するのはマナーに反しているとお伝えしているのです」
「そんな事私は気にしないわ!」
「王妃様が気になさらなくとも周りが気に致します」
「で、でも……」
「私は王城に来て間がありません。たとえ王妃様の茶会に準備が出来たとしても、王家に相応しい装いなど到底出来るものではございません。なにしろ、私は妃教育を受けておりませんので。出来るのは高位貴族の令嬢程度の催しでございます」
「ディアナちゃんの茶会はとても素晴らしいと評判だったわ……だから……」
「お褒め頂きありがとうございます。招待客の皆さまも私の初めての茶会という事もあって、細かい処は大目に見てくださっただけのことでございます。王妃様の催す茶会も数年ぶりだとお聞きしました。生憎、私は実家に一度戻らなければなりませんのでご参加できませんが、どうぞ王妃様らしい催しをなさってください」
「あ……」
「それでは、これで失礼いたします」
部屋から出ると王妃様の泣き声が聞こえてきましたが、ガン無視です。
私に準備させて自分がやった事にしようとする魂胆がみえみえです。腹芸出来ない王妃ってこの世にいたんですね。もっとも我が国だけでしょうけど。
案の定、王妃の茶会は悲惨な結果で終了したようです。
なので王城に戻るのを一ヶ月程遅らせました。今頃、王妃様が国王陛下に泣きついているでしょうから巻き込まれるのは御免です。王妃様のこれまでの言動を考えて私が手伝わなかった事を責めて私のせいにするのは目に見えていますからね。最近では陛下も目が覚めてきたのか王妃様を御諫めする側に回っているようですけど……遅すぎですよ。まあ、10歳以上も年下の私相手に罪を擦り付けるのは流石に無理があるというもの。王妃様はそこら辺が分かってないようですね。年の近い女官達と違って私は「未成年」なんですよ?
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「どうして王妃様は公務にお出にならないのですか?」
私が不思議に思い重鎮の方々にお聞きしました。
けれど周りの大臣たちはアルカイックスマイルのまま。
それは一体どんな感情なのですか?
私の名前はディアナ・エミール・フロレンス。
ヴィリア王国の侯爵令嬢であり、数週間前に側妃として王城に入った新参者です。
「妃殿下、王妃のジェーン様は政治に参加出来るだけの頭脳と知識に欠けております。また、自国語以外はお得意ではなく異文化の理解にも乏しいため外交交渉でのご活躍は期待出来ません」
「そうでしたの。では王妃様は何のお仕事をされていらっしゃるのですか?」
大臣たちの眉が一瞬だけあがりました。
もしや聞いてはいけない内容でしたか?
それとも何かの地雷を踏んでしまったのでしょうか?
けれど、王家の一員になったからには正確な情報を知る必要があります。
「王妃様の仕事……ですか。そうですね、御自慢の美しさを磨かれて着飾り見る者の目を楽しませる事ですね。あれで一定の人気がありますから。それと高貴な身分の女性には決して出来ない専門的技術を持って、国王陛下のお体とお心を癒やされる事ですね」
遠い目をされて仰いました。
何やら過去にあったいざこざを思い出されているのかもしれません。大臣の中には目が全く笑っていらっしゃらない方も数人おりました。王妃様の話題は禁句に近いものがあるのでしょう。
それにしても……癒しのお仕事ですか。中々珍しいお仕事もあったものです。それとも特技に分類するものでしょうか?何はともあれ、王妃の仕事というより愛妾の仕事ではないでしょうか?
「そうなのですか。王妃様にも御自身に似合ったお仕事があるようで安堵いたしました」
私も大臣たちと同じ笑顔で応えました。
これ以上言う事はありません。
やはり噂は本当の事だったという訳ですね。
王妃様が「妃殿下」としての仕事が全く出来ないでいる、というのは。新婚時代は王家が箝口令を出していましたが、人の口に戸は立てられません。あっという間に国中で噂が広がりました。それについても王家、とりわけ現国王と王妃のお二人に対する信頼のなさ故に起きたようなものですけどね。些か作為的にも感じますが国王陛下の今までの行いの結果でしょう。
現国王陛下が王太子の時にやらかした「婚約破棄事件」は今からおよそ五年前の事。
瑕疵一つない婚約者に対して、
「そなたのように何を考えているのか分からない胡散臭い笑みを浮かべた女など次期王妃に相応しくない!しかもなんだ!曖昧な物言いに、繕ったような言動の数々!何を言いたいのか全く分からん!まるでカラクリ人形のような無慈悲なそなたと一生を共にするなど地獄でしかない!本日をもってそなたとの婚約を破棄する!」
と、貴族学院の卒業パーティーの最中で罵倒同然に婚約破棄を言い渡したのです。
婚約者の公爵令嬢は「王太子殿下のご命令、確かに承りました」と冷静に応え、見事なカーテシーを披露して優雅に退場なさいました。
その姿は「完璧な次期王妃」と謳われた令嬢に相応しく堂々たる貫禄まであったと伝説になるほどに。対して、王太子殿下とその腕に纏わりついていた男爵令嬢との「器の差」を見せつけたとも言われています。
王太子殿下がどれほど言い訳をした処で周囲は「淑女と名高い婚約者ではなく尻の軽い男爵令嬢の色香に惑わされた愚か者」という印象しかありません。
問題は、大勢の貴族の見ている中で行われた凶行であった事。
王族が一度口にだした事は取り消せません。「冗談だよ、ごめんごめん」など通用するはずないのです。言葉の全てに「責任」という重しが乗っかるのが王侯貴族という者です。
それを思うと、王太子殿下は責任感がないボンクラと皆の目に映った事でしょう。王太子殿下が次の国王に即位する事に絶望を感じた貴族も多くいたはずです。
王家にとって残念な事に王太子殿下以外に子供がおりませんでした。スペアの存在がいないのです。その代わりに王位継承権を有する者は大勢います。我が国の高位貴族の大半が王家の血を引いていますからね。かくいう私も王位継承権第18位です。余程の事がなければ王位など周ってこない地位ですけどね。
ですが、国王も人の親。特に老いてから漸く出来た一人息子の存在は目に入れても痛くないほどの溺愛ぶり。とうとう男爵令嬢をそのまま王太子妃とさせたのです。この時点で王家の権威は失墜いたしました。王家と国の安定を考えれば王太子を廃嫡し幽閉しなければならない事案です。とはいえ、王太子妃にしてしまったのですから「妃教育」を受けてなんとか「王太子妃」として見られるものにしなければなりません。ですが王妃教育を十年受けてきた公爵令嬢とは違い男爵令嬢でしかなかった王太子妃。当然、妃教育は難航しました。ならば、王太子に側妃を娶らせてその妃に王太子妃の仕事をさせようと画策なさった王家ですがそう簡単な話ではありません。側妃を持つのは正妃との結婚五年後という決まりがあったからです。
当初、元婚約者の公爵令嬢を側妃に据えようと考えていた王家でしたが、公爵令嬢は我が国よりも大国の王太子に見初められて早々に婚姻してしまわれたのです。
五年後、側妃選定の白羽の矢が立ったのが我が侯爵家。
高位貴族であり王家の血も引いている未婚で婚約者なし。
そして、高位貴族の教育課程がそこそこ修了しているレディが私だった事も運のツキ。
王妃様の出来の悪さは王城に入って嫌というほど理解しました。
これでは表舞台に出せないと判断されても仕方ありませんね。辛うじて、王家主催の夜会やパーティーには参加していますが、決して王妃の席から降りる事は許されない立場です。椅子に何やら細工が施されているようで王妃も立ち上がれない状態なのだそうで……王家の闇は深いですね。
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王城にあがって一年後、元老院で国王陛下の退位が決定しました。
それを侍従たちに聞かされても「あ、やっぱり」としか思えなかったものですが、どうやら王妃様は違ったようで酷くショックを受けていました。
何を驚く事があるのか不思議です。
寧ろ、遅いくらいなのでは?
国王陛下が勝手に公爵令嬢との婚約破棄した段階で廃嫡になっていてもおかしくなかったのです。公爵令嬢が大国の王太子妃になった数週間後に当時の国王が退位を宣言した時に一緒に王位継承権を放棄していれば宜しかったものを。
結婚、六年経っても王妃は「妃教育」が修了せず懐妊の兆しもない。
ならいっそ、王妃を離縁して今度こそ高位貴族から王妃を選べばいいのかもしれませんが、それは出来ません。元婚約者との婚約破棄で王家が賠償金を支払わない条件として「離縁は決して認めない。なにが起ころうとも傍を離れさせず、生涯を共にすること」だったというではありませんか。
既に国王の心は王妃から離れています。
公爵令嬢はそれを見越した上で条件付けにしたのでしょうか?
謎です。
国王退位の一ヶ月後、私は大聖堂で「王冠」を被り「玉座」に座らせられました。
「女王陛下、万歳!万歳!万々歳!!」
どうしてこうなった?
笑みが引きつりそうです。
王国初の女王。
聞こえは良いですが、要は誰も火中の栗を拾いたくなかった結果です。男どもの逃げ足の早さには感服しますよ、まったく。逃げ遅れた私が十歳の幼い身で女王になってしまったという訳です。
私も若輩の身。
いいえ、どう考えても幼過ぎです。年齢を理由に断わったのですが既にそれは出来ないほど外堀を埋められていました。何でも国内外で私の「天才ぶり」が有名になり過ぎて他の候補者を立てるよりも名声が鳴り響いている私を即位させた方がいい、と議会で満場一致で決まったそうです。
くっ!
確かに人より頭三つ分ほどは利口である自覚はありますが、残念ながら「天才」ではありません。ギフテッドという訳ではないのです。複雑な家庭環境と昨今の情勢のせいで保身を第一に考えて前もって行動していた結果です!
ああ~~~!
悔やんでも悔やみきれません。
側妃になった時に陛下から、
「子供は子供らしくして構わない。その方が可愛らしいのだからな。なに、周りが何を言おうが気にする事は無い。どんな事を言おうがやろうが子供のする可愛らしいワガママを許さない者はいない」
と言質を取ったが故の行動でしたのに……。
策士策に溺れるとはこの事ですね。
こうなったからには王国を盛り立ててゆく所存です。
因みに、前国王夫妻は辺境にある王領の古城に住まいを移され、五年後に前国王が病に倒れ、十年後に亡くなられました。前国王亡き後、前王妃は古城近くの修道院にシスターとして神に仕える立場になられたようです。
前国王の闘病生活は凄まじいものがあったそうですからね。その影響でしょうか、以前と違って勤勉になられたそうです。
私も国内の有力貴族を王配にし、四男五女を産み、跡取り王太子と第二王子を除いた子供達を他国の王族に嫁がせたり婿入りさせたりして諸外国との絆を強めることができました。
これにて、めでたしめでたし。