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06. 幼馴染 (最終回)

 自分のせいで、智に怪我を負わせてしまったと、責任感に沈む咲子の顔を見て、智は真剣な表情で否定した。

「迷惑なんかじゃない...!」

「迷惑でしょ!現実から目を背けて、散々逃げ回った挙句、怪我を負わせるなんて、迷惑以外の何物でもない!腕はギターを弾くのにも、勉強をするのにも大事なのに。」

「...でも、おかげで大切なことを知ることができた。」

咲子から言われても、智は自分の腕を見てから優しい表情をして彼女に答えた。そんな智の返しを聞いて、咲子はビックリした顔で智の顔を覗き込んだ。

「大切なこと...?」

「ああ。水島さんがどうして俺のことを避けていたのか、やっと分かった。今回の事がなかったら分からないままだったと思う。これから先もずっとこのままなんてことを想像したら、怪我なんて安いもんだよ!もう、気にしなくていい...!俺はこれからは前みたいにまたふたり一緒がいいんだ!」

「...でも、そうすると私また益田くんに迷惑かけちゃう...私に構うせいで成績が下がったら、国語の先生になれなくなっちゃう...」

智の優しい返事を聞いても俯きながらそう呟いた咲子に、智ははっきりと言った。

「だから全然迷惑なんかじゃない!...俺が国語の先生になりたいって言うようになったのだって水島さんのおかげなんだし、離れてみてやっと気づいたんだ。()()()と一緒にいた時間って本当にかけがえのないものだったんだって...!」

「益田くん...!」

智のそんな返しを聞いて、咲子は目を潤ませて智の目を見た。咲子から見られ、智はもう一度微笑んでみせた。智のそんな優しい表情を見ていて気持ちがこみ上げてきたのか、また泣き出してしまった。

「うわぁ〜ん...!益田くん...!わたし...わたし...益田くんは私と仲がいいって周りに知られたら嫌なんじゃないかってずっと思って...!」

「ほんとごめんな...!あの時は恥ずかしさで思ってもないことを言っちゃっただけで...」

お互いの誤解がやっと解けて、ホッとしたのか、涙を流しながら自分の勘違いを思い返す咲子をなだめながら、智もしみじみと答えた。


 こうして、智と咲子は長い間の疎遠な関係性を脱出する事ができた。長い時間を共にしてきた幼馴染だからこそ分かることも多いが、逆にそれまで見たこともなかったような“分からないこと”が現れたときに、戸惑ってしまったことが全てのきっかけであった。この日を境に完全に誤解が解け、二人は元のような関係性に戻った。疎遠だった頃の張り詰めた空気感もなくなり、特に咲子は以前のようなくだけた雰囲気に戻った。




 二人の関係性はほとんど元通りになったのだが、“ひとつ”、以前とは変わった事があった。

「でもさ...この2年間に本当に痛感したんだけどさ、()()()()って本当に将来について真剣に考えててすごいよね、私なんてもはや益田くんに頼らずに勉強を頑張ることが目標になってて将来とか全然考えられてないよ。差を感じちゃうな...」

「...高1(いま)の時点で将来について真剣に考えてる人なんてそんないないから大丈夫だって。...それと、ずっと気になってたんだけど、仲直りしたんだし、呼び方戻してもいいんじゃない?」

翌日の朝、一緒に自転車で登校しながら、智は苦笑いして言った。すると、咲子は少し考えてから答えた。

「うーん、先輩たちの前で“益田くん”って呼んじゃったからいきなり戻すのも変かなって思って、もういっそこういう()()でいった方がいいんじゃないかなって思ってたんだけど...」

「設定って...、なんか他人行儀でムズムズするんだよな。俺は“()()()()”呼び慣れないから戻したいんだけど。」

智の提案を聞いて、咲子はうーんとじっと考えてから、何かを閃いたような様子で言った。

「あ、そうだ!それならこうしよう!間をとって私、これからは“益田”って呼ぶね!それなら親しみもあっていいでしょ?」

「なんか乱暴じゃないか?」

「いいの!語感もいいし大人っぽくて私は好きだな〜!それにあまり仲良くしてるの周りに悟られるとまた恥ずかしがって益田に“別に好きじゃない”って言われちゃうし」

「...な、もう懲りたからそんなことしねぇよ!」

「あはは冗談だよ!それから益田は私のこと、“サッキー”って呼んでよ!昨日高橋先輩がつけてくれたの、気に入っちゃって。」

「おいおいそっちが指定すんのかよ」

「いいでしょ〜!あだ名って楽しくて私好きだな〜!親しみ込めて呼んでよ!」

「そっちが苗字の呼び捨てで俺があだ名ってなんか不公平じゃない?」

「いいの〜!じゃあ私もいいあだ名思いついたらまた名付けてあげるから!」

突然のあだ名呼びを提案されて、少し照れながらツッコミを入れる益田に対し、咲子は笑ってそういうと、幸せそうな表情で自転車を走らせた。そんな咲子の笑顔を横目に眺めながら、智は少し恥ずかしそうな顔で黙って自転車を走らせた。

 そんな咲子の笑顔はまさに智にとって、最もよく知る咲子の姿である。だからこそ久しぶりに見る事ができることで大きな安心感を与えてくれるのだ。でも、今の智は、知らない面も悪くないと思うようになった。今回のように大きな問題や誤解につながることもあるが、ちゃんと対話し、確認することでその誤解は解く事ができるし、むしろ相手のことをより深く理解することにもつながるからだ。それに音楽における“ロック”と“クラシック”のように、どんな面であっても咲子(そのひと)であることには変わりないからである。


「サッキー」

「なに?益田。」

自転車を走らせながら、智は咲子に尋ねた。

「今日マンドリン部の見学行く?」

「もちろん!昨日春休みの課題補講で行けなかったからね!!」

「補講だったのかよ!自分を変えたんじゃなかったのかよ!!」

「今回だけ!テストはできたし!」

咲子の答えに呆れながらも、智は咲子に尋ねた。

「サッキークラシックやってたよな、部活では色々教えてよ。」

「もっちろん!今度は私が益田の先生だね!」

智の依頼を咲子は快く受け入れた。咲子は智に対して何かを教える事ができるという事実に喜びを感じているようだった。ふたりはまもなくしてマンドリン部に入部する。これ以降は智が勉強を教え、咲子が音楽を教えるという双方向の関係で共に高め合っていくことになった。



 幼馴染とは幼い頃から親しみ、共に影響を与え合いながら成長していくものである。智と咲子もまた、そうした尊い関係のもと、成長していくのだろう。






マンドリニストの群れ -Preludes 

「いちばんちかくて、でも一番遠い」 Fine ||

お読みいただきありがとうございました。これまでも私の作品を読んでくださっていた方は登場人物の名前から第1話の時点で気づいていたことかと思いますが、実はこの作品は、私がずっと連載している長編小説「マンドリニストの群れ」のスピンオフ作品になります。 とはいえ、「マンドリニストの群れ」本編を読まなくても問題なく読了できる内容にすることを前提にしていたので、本作内ではここまで本編との関係性については触れずにおりました。 (第1話の時点でスピンオフであるということを明かしてしまうと、その時点で読むのを敬遠してしまうキッカケになりうると考えたからです)


 そもそものこの作品の執筆目的は、膨大な長さになってしまっている「マンドリニストの群れ」を読まずとも、気軽に私の作風を知って頂けるちょうどいい長さの作品を用意したかったこと (別で短編が1本ありますが、あれはあれで短すぎたので笑)と、本編では語り切ることのできない、「益田智」と「水島咲子」の関係性を語りたかったということの2点です。


 本作は具体的には、「マンドリニストの群れ」において、「主人公の先輩」という立ち位置で第2話より登場する、「益田智」と「水島咲子」の過去を描くという内容で、設定としてあったものの、本編では描ききれない部分だったため、単体で独立して執筆することにしたわけです。本作の完結時点で、「マンドリニストの群れ」のおよそ1年前となります。そのため、本作を読んで、智と咲子の今後が気になった!という方は、「マンドリニストの群れ」を読んでいただくと、高校2年生になったふたりが登場しますので、よければ...笑 (長いのでアレですが...笑)


このように、「マンドリニストの群れ」に登場するキャラを用いてのスピンオフ作品は、世界観を拡張できるものなので、今後も時間を見つけてやっていきたいなと考えております。その際は、「本編を読まなくても単体で成立するもの」を前提として「マンドリニストの群れ -Preludes」というシリーズ名で作っていくつもりですので、作品ごとの関連性については今作と同様、最終話の後書きにて言及するようにしていきます。


そんなわけで、これにて本作は完結となります。最後までお読みいただきありがとうございました!

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