04. “中学の同級生”
2021年4月、益田智は地元の高校に入学した。彼が入学した高校は県立西田高校、大学進学をする生徒がほとんどを占める、所謂“進学校”ではあるが、地域では2〜3番目くらいの成績の学校である。小学校の頃や、中学1年次までは成績上位でトップ校間違いなしと言われていた智だったが、中学2年生の頃に始めた軽音楽に熱中するにつれて、学力は少しずつ低下していき最終的にこの段階に落ち着いたのだ。
入学式を終えた翌日の放課後、智は入学式の際に配られた各部活動の紹介のチラシを眺めながら、どの部活に見学に行こうか考えていた。昨日の入学式は雨。今日も午前中まで雨が降っていたため校庭はぐちゃぐちゃ、見学に行くなら今日は屋内でやっている部活の方が良さそうだった。
「高校でも音楽続けたいな...、あれ?」
智は歩きながらチラシをめくり、あることに気づいてふと立ち止まった。
「軽音楽部のチラシが、入ってないな...」
もらった封筒の中で何度めくっても、軽音楽部のチラシが見つからないのだ。すると...
「君1年生?」
「え?」
後ろから誰かから声をかけられた、まだ慣れていない学校で突然声をかけられて少しギョッとした様子で振り返ると、二人の男の人が立っていた。見たところ2年生か3年生の先輩といったところだろうか。
「...はい、1年生です。」
「...もしかして、部活探してる?」
智の返しを聞いて、その男の人のうちの一人が元気な声で尋ねてきた。
「はい、僕音楽を極めたくて...中学でギターをやってたので軽音楽部探してるんですけど...」
益田がそう答えると、二人は顔を見合わせてから答えた。
「軽音楽部か、残念だけどいくら探しても見つからないと思うよ。」
「えっ!?どういうことですか!?」
「ウチの学校には軽音楽部は無いんだ。」
「ええ〜!!?そんな!」
高校でも軽音楽部に入ってバンドを続けるつもりでいた智はその答えを聞いてガックリして落ち込んでしまった。
「でも...」
しょんぼりした様子でしゃがんでいる智に対し、その先輩は同じようにしゃがんで目線を合わせて顔を覗き込むと、にっこり笑って続けた。
「ウチの高校でもギターができる部活はあるぜ。...なっ、タケル?」
二人の先輩はそう言って頷いた。そんな様子を見て、智は思わず聞き返した。
「え?」
「マンドリン部?」
先輩たちに連れられて歩きながら、智は疑問系でつぶやいた。
「ああそうだ。クラシック音楽をやる部活だが、バンドと同じくらい熱量を持って取り組んでる仲間がうじゃうじゃいて楽しいと思うぜ。ちなみに俺は2年生の高橋和樹。よろしくっ!」
「あ、よろしくお願いします...!僕は益田智です。」
スタスタと歩きながら軽い様子で返してくる先輩、高橋の後を追いながら智はじっと考え込んだ。
ークラシック音楽...バンドではまず弾かないし、聴いたこともほとんど...
「で、こっちは俺の同期、出水健だ。ギターやっててめっちゃ上手いぞ!」
「俺は高校からだし大したことないよ、経験者だし多分益田くんの方が上手いと思うよ」
高橋からの紹介を受けて、出水は謙遜気味に答えた。
紹介を聞いて智は挨拶をしながら、ふと過去のことを思い出して眉を顰めた。
ーそういや、昔はアイツのピアノを聴いたっけなぁ...
そんな智の何かを考えている様子を気にかけながらも、高橋は智に言った。
「ほら着いたよ!マンドリン部の部室...!時間があるなら是非体験をしてってよ!!」
高橋と出水に連れられてやってきたのは、北校舎のさらに北にある、音楽室だった。
高橋の言うがままに連れて来られた音楽室で、智はマンドリン部の体験を受けた。この日の体験者は智の他に2、3人といったところで、先輩の方が多かった。
新歓の終わりの時間になって、智が出水と話をしていると、高橋が話をしにきた。
「どうだい?マンドリン部のギターパートは。」
「バンドのギターと違って、なんだか新鮮でした。いつもピックで弾くことが多かったので、正直指弾きに慣れるので精一杯で。」
「左手できるだけでも十分だよ!指弾きには少しずつ慣れていけばいいし。」
自分の指を見ながら苦笑いした智を見て、出水は優しく言った。
「...今日はありがとうございました。同じ音楽でも、ポップスとクラシックって違うってことや、ギターもエレキとクラシックで弾き方が全然変わるってこと、改めて気づくことができました。」
優しく教えてくれた出水と、自分のことを気にかけてくれた高橋に、智は頭を下げてお礼を言った。
「うんうん、益田くんの言う通り、一口に音楽といっても色々な面があるのが面白いところだと、俺も思うよ。」
「もし入ってくれたら両者の違いを理解しつつ、尊重しながら教えるからね。」
ーロックとクラシック...、実際にやってみると全然違うように感じるし、自分には難しいと感じるところもあったけど、そうか。確かにどちらも同じ音楽であることにはかわりないのか...。多面性があるってことを、難しく考えるんじゃなくて、むしろ、どっちも同じ音楽なんだってことを意識することができれば、気持ち的にも楽になるし、楽しく取り組むことができるんだな。
智は高橋と出水からの返しを聞いて、そんなことを考えこんでいた。
「こ、こんにちわ〜!!!」
「ん?」
智が考え事をしていると、音楽室の入り口の方で誰かが挨拶をしている声が聞こえてきた。
「誰か来たみたいだな。」
「悪いな益田くん、ちょっと見てくるから帰りの支度でもしていてくれ。」
出水と高橋は顔を見合わせて入り口の方へ向かった。
「1年生?...悪いけど、今日はもうこれで部活終わりの時間になっちゃって...」
「ええ〜!!?そんな!」
言われた通り荷物の整理をしながら智は向こうの方から聞こえる声に耳を傾けた。話の内容的にマンドリン部の体験をしに来た1年生なのだろう、放課からかなり時間が経っているのになぜこの時間に来るのだろうか。そんな疑問と合わせて、智の頭にはもう一つ別の違和感が生まれていた。
ーこの声...
その違和感に誘われるように、智は荷物をまとめる手を止め、声のする方へと歩いて行った。そして、話している高橋たちを見つけると、思わず立ち止まった。
「...!...さっ」
「え?」
向こうにいた1年生と思われるその女子生徒も智の方を見て、驚いた顔で絶句した。
「サキコ...?」
なんと、建物の前で高橋や出水と話をしていた1年生は、智の幼馴染である水島咲子だった。彼女とは同じ中学だったわけなので、当然疎遠になってからも姿を見ることはあった。しかし、直接話をするということは、やむを得ない場合を除いてほとんどなかった。当然お互いの高校の進学先について話をしたりすることもほとんどなかったため、ここで顔を合わせるまで、自分たちが同じ高校に進学していたことには全く気づいていなかったのだ。咲子は智に気づくと、中学1年時の頃と比べて短くカットし、綺麗に整えている髪の毛を不安そうな顔でいじりながら、
「益田くん...!?」
と、決まり悪そうな表情で彼の名を呼んだ。 (疎遠になってからの咲子は、基本的には智と話すことはなくなっていたのだが、呼ばざるを得ないような場面では、このように“苗字にくん付け”という極めて他人行儀な呼び方をするようになっていた)
「み、水島さん...この高校だったの?」
咲子の呼び方を聞いて、智が自分も咲子に合わせる形で呼び方を変えて質問をすると、彼女は静かに頷いた。
「あれ?ひょっとして二人は知り合い?」
そんな二人の様子を見て何かを思ったのか、高橋は二人に話しかけ、様子を探り始めた。
「...知り合いっていうか...“おさな...」
「...中学の同級生です。」
智が複雑な表情で言おうとすると、先に咲子が即答した。
「同級生!なるほどね!それは益田くんとしても嬉しいだろうけど、さっきも言ったように今日は体験終わりなんだ、ごめんね〜...!体験は毎日やってるからまた次に来てよ!」
「...差し支えなければ君の名前を聞いてもいいかな?せっかく来てくれたんだし。」
明るく尋ねる高橋の横で、出水は落ち着いた様子で咲子の名前を尋ねた。
「...わかりました、私の名前は水島咲子です。部活には興味があるのでまた明日来ますね!」
咲子は先輩たちに気を遣わせまいと思ったのか、二人の方を向いて笑顔を作ってみせると、そう答えた。
「サキコちゃんか!...えーとじゃああだ名は“サッキーちゃん”だね!」
「おい入部まだなのに気が早いって...!」
咲子の名前を聞いて元気よく彼女のあだ名を提案してきた高橋を見ながら、出水はツッコミを入れた。
「あはは!私はいいですよ!」
そんな二人の様子を見ながら、一見は笑っているように見える咲子が、先程自分のことに気づいた際に見せた顔が智の頭からはなかなか離れず、目の前で先輩と笑っている横顔を見て、彼はただじっと考え込んでいた。