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02. “腐れ縁”

 智と咲子は小学校の頃と変わらず、中学生になってからも一緒に歩いて登校する毎日で、それぞれもちろん別にも友達はいたが、だからといって疎遠になったりすることは全くなかった。


 そして時は流れ、中学2年生の6月、ある日の昼休みに智がクラスの男友達と話をしていると、横から咲子が声をかけてきた。

 「サートシ...!」

「ん?どうしたサキコ」

「次の国語のテスト、ちょっとヤバめな感じなんだ、サトシ教えてくれない...?」

咲子がそう言って智に頼み込むと、智は苦笑いして答えた。

「またかぁ?いいけど中学入ったら勉強頑張るって言ってたのはなんだったんだ?」

「だから頑張るのよっ!そのためにサトシ大先生の力を借りたいのよ〜!ねえいいでしょ?」

「...分かったよ、じゃあ今日の放課後に。」

「うん!ウチ来て〜!クッキー出すから!」

「また食べるの中心になっちまっても知らないぞ」

「まあまあ...!とにかく決まりでっ!ごめんね岩崎(いわさき)くん、ちょっとサトシ借りちゃって!でももう済んだから!」

咲子は智の了解を得られたことを確認してから、智が話していた男子生徒、岩崎(いわさき)にお礼を言ってから、去って行った。


 「益田」

「ん?」

咲子が去った後、ふたりのやりとりを見ていたが話を切り出してきた。

「お前なんか水島さんと仲良いよな。」

「そりゃ昔から知ってるからな。腐れ縁だよ」

もちろん咲子のことが嫌とかでは全然ないが、咲子と自分の仲が良いことが、なぜか少し恥ずかしい気がして、照れ隠しで“腐れ縁”という言葉を選んだ。

「いや、昔から知ってるにしてもさ、見ていてそういうレベルの距離感には思えないんだよ俺には。なんていうか、只ならぬ関係?みたいな?」

「やめろ」

自分の反応を伺いながらからかってくる同級生のニヤニヤ顔を見て、智は鬱陶しそうに止めた。そして少し目を逸らしてから呟いた。

「そういうことじゃ、ねえから...」

その後で、少し目を泳がせてから遠くで別の女子友達と話をしている咲子の横顔をチラッと見た。




 その日の放課後、智は約束通り咲子の家に行った。咲子の親は共働きで昼間は基本家にはいない。 (一緒に帰っているので、智は帰りの流れのまま咲子の家を尋ねた形だ)

「...サキコ、また...」

「その節はどうもありぃござんした...」

「“ありぃござんした”なんて日本語は多分ねぇぞ。」

部屋に入るなり智から指摘されて咲子は苦笑いしながら目を逸らした。というのも、咲子の部屋は随分と散らかっていた。食べ終わったお菓子の袋、読み終えた漫画や雑誌などは可愛いもんで、脱ぎ捨てたパジャマや服まであった。

「こないだ来た時にも片付けたのにもうこんなに散らかしたのか...」

智は自分の荷物を置いた後、呆れた様子で散らかっている物を片付け始めた。そんな智の様子を見ながら、咲子はクッキーの包みを開け始めた。

「いいじゃん生活するのに支障は無いよ〜」

「人を呼ぶのに支障をきたすだろ」

「いいのよどうせサトシしか来ないし〜!」

「...」

智はだらしのない様子の咲子を横目に見て、呆気にとられた様子で手を動かした。

「とにかくな、もう中学生になったんだし、いつまでもだらしないままじゃいられないぞ。そのうち友達とか呼ぶ時にこんな部屋見せられないだろ?」

「その時はサトシ呼んで掃除してもらうもん」

「...いつまでも俺を呼ぶわけにいかんだろうに...彼氏とかできるかもしれないし...」

「...、それはそうだけど...」

智から言われて咲子は不意をつかれたのか、クッキーを食べる手を止めて眉を顰めた。

「...」

“彼氏”という単語に、咲子が不自然に反応したような気がして、智もギョッとして黙り込んでしまった。少し気まずい空気が流れた。


 「...ってこんな話してる場合じゃないだろ...!国語の勉強!」

「っそっ、そうね!サトシ先生よろしくお願いします!」

智が嫌な間を嫌って慌てて切り出すと、咲子も自分の長い髪の毛のボサボサとはねているところの毛先をいじる手を止めて返事をした。こうして二人はあたふたしつつも国語の勉強を始めた。



 「ーつまりここの描写を見ることで、心情が掴めるだろ?」

「なるほどそこを見ればよかったのね...!」

「そうだ、そこでこの問題だ。『“佐藤はぼんやりと見える陽子の後ろ姿を眺めながら、傘も差さずにただ、しとしとと降る冷たい雨の音を聞き続けるのだった。”というところから導き出される佐藤の心情を答えなさい。』、さあ答えは?」

「うーんと、...か、“傘欲しいなぁ”...とか???」

「違う!!“じぶんのもとを離れていく陽子を見ながら、後悔と自己嫌悪に沈んでいる”とかだ!この場面の前にある“真実を知った陽子から問い詰められるシーン”とか、次のページの“反省の手紙の内容”とか読んだら推測できるだろ...!!」

「...ええーっ、そんな全体を見渡さなきゃいけないの〜?」

「そうだ!それにこの場面だけでも、“しとしとと降る冷たい雨”って情景描写からジメジメとした佐藤の感情が見えて推測できるだろ!雨がそのまま涙とか悲しみの描写になるんだよ!」

「そんなの普通に考えて偶然雨が降ってたのかと思っちゃうよ!佐藤さんの気持ちと天気が連動するなんてありえないよ!」

「文学ってのはそういうもんなの!意味なく雨の描写なんか入らないの!」

「む〜...納得いかないですよ先生〜...」

「...」

智はテスト範囲の問題を実際に出題しながら、咲子の回答や反応を聞いてため息をついた。そして、本文を読み直している咲子を見ながら先程の会話が頭をよぎった。

ーさっきはなんとなく口にしちゃったけど、“彼氏”...か。幼馴染でサキコのことは色々知っている俺ですら大変なのに、サキコの彼氏になる人って、どんな人なんだろう...な。

「サトシ...!!」

「ん、どうした?」

咲子から呼ばれて、智はふと我にかえって聞き返した。

「私、喉渇いたんだけど休憩にしない?」

「まだ全然勉強進んでないだろ!!」

ーそもそもサキコ、恋愛とか考えてなさそ...考えるだけ無駄か

さっきからお菓子や飲み物のことばかり気にする咲子の様子を見て、智はただ呆れるのだった。



 「あーっ!!!」

しばらく勉強をした後、時計を見て咲子が叫んだ。

「どうした...?」

突然大声を出した咲子にびっくりして智が聞き返すと、咲子は怯えたような表情で言った。

「今日、お遣い頼まれてたのすっかり忘れてた...!駅前のスーパーに...!」

「買い物なんて慌てずに勉強終わってから行けばいいだろ。」

「タイムセール!!!17時からなのにもうあと30分しかない!!早く行かないと無くなっちゃうよ!!」

「...そうなのか、じゃあここで勉強は切り上げるしかないな。それなら俺は家に帰るぞ、自分の勉強もあるし。」

咲子の答えを聞いて荷物をまとめ出した智を見て、咲子は慌てて智の腕を掴んだ。

「待って!」

「なんだよ」

「サトシも着いてきて...!!スーパーまで辿り着けるか不安なの!」

「...!!」

咲子は方向音痴なところがあり、普段行かない駅前のスーパーへの行き方が分からなかった。そのことに気づいて智は呆気にとられた様子で荷物をまとめる手を止めると、答えた。

「仕方ないな。じゃあさっさと行こう。」

「ありぃござんす!!」

智から許可を得てご機嫌な表情でお礼を言った咲子に、そんな日本語は無いと返すのも面倒くさく、智は立ち上がって出かける支度を始めるのだった。



 「はー!ミッションコンプリート!!」

しばらく時間が経ったのち、買い物を終えてスーパーのドアを出たところで咲子が満足げに両手を上げて伸びをした。後ろで何故か荷物を持たされている智が答えた。

「そうだな、そいじゃ早いとこ戻ろうぜ。」

「もうサトシは現実的だなぁ〜、もう少し()()()()()()した喜びを噛み締めなきゃ!焦ってると全然楽しめなくなっちゃうよ!」

「...()()()なんだから家に持ち帰ってクエスト達成だろ。暗くならない内に帰るぞ。」

咲子の能天気な発言にツッコミを入れてスタスタと帰路を歩き始めた智の後ろ姿を見ながら、咲子はクスッと笑って答えた。

「...それもそうね、でも()()()()()()()()はちゃんと達成してくれたよ。」

「どう言う意味?」

不思議な言い回しに智が歩きながら質問すると、咲子は微笑みながら答えた。

「“テストがピンチの私のために、今日ウチに来てテスト勉強を手伝ってくれた”、やっぱりサトシは私の国語の先生だね!本当にありがとう!」

「...!」

咲子からお礼を言われて、智は一瞬立ち止まりかけたが、後ろを振り返らずに答えた。

「...そ、それもまだ達成してないよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()1()0()0()()()()()初めて達成だ。」

「...はっ!!」

智の思わぬ答えに不意をつかれたのか、びっくりした様子の咲子を見て、智はニヤリと笑うと続けた。

「というわけで、帰ったらもう少し勉強な!」

「ひぃいいいいい!!!!」

こうしてふたりはお互いに話をしながら、咲子の家へ戻るのであった。




 このように、二人はいつまでも変わらない関係が続いていくのだと思っていた。しかし、翌日...なんの前触れもなく、事件は起こった。

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