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97話:探索者的なやり返し

 その日、王都の探索者ギルドは大変な騒ぎになった。

 まず第一報はオークが営巣しており、オークキングがいたこと、そしてそれを『酒の洪水』フォーラが討伐し首を持って戻ったことで起きた騒ぎだった。


 この時点でギルド関係者は『水魚』が割を食ったことは予想できたそうだ。


「金級に相応しい実力はもちろん知っていますが、今回はこちらからお願いする形でトーマスさんの同行がありましたし」


 馴染みになった受付嬢が、最初に『水魚』と話し合いをした会議室でそう語る。


「なのにオーク七体を討伐したばかりか、『酒の洪水』が見落としたオークの新種を見つけるなんて、素晴らしいお働きです!」


 受付嬢が喋る間も会議室の一角では持ち帰ったオークの討伐証明の一部が検査されている。

 扉が開けられ、出入りする職員はもちろん他の探索者も覗き込んで受付嬢の声を聞いていた。


 オークの牙とは別に人間の腕ほどもある太い金髪のロール髪が野次馬たちの目当てだ。

 一見髪だが、その形は崩れずとんでもない剛毛であることはわかる。


「うん、できたぞ。これが我々が目撃した新種の女オークだな」


 そう言って『水魚』の魔法使いの一人カリスという男が厚手の紙を俺たちに見せる。

 そこには確かにオークプリンセスの特徴を良く捉えた絵が描かれていた。

 絵心があると『水魚』の中から手を上げただけはあるようだ。


「ほう、上手いものだな」

「え、これ、本当に? トーマスさん、体は人とは聞いてましたが…………盛ってません?」


 受付嬢が渋い顔で確認してくるが、俺も含む巣を捜索に向かった『水魚』が否定する。

 豚顔に金髪縦ロール、そしてモデル体型の人間の体と良く描けていた。


「まぁ、女性としてはそこも気になるだろうが、魔法使いとしてはここを気にしてほしいんだがな」


 そう言ってカリスはオークプリンセスの手にある杖を示した。

 それは瑞果姫杖じゃない。俺が渡した魔薔と思しき薔薇の杖だ。


「とんでもないアーティファクトだ。見ただけで含まれた魔力はわしを十人集めただけよりも多いとわかる」


 魔法使いで最年長のホロスが真面目に告げた。

 雰囲気の変化に絵を睨んでいた受付嬢は、すぐさま背筋を正して耳を傾ける。


「オークキングを倒されたことで向こうが逃げに徹してくれて良かった。こちらもオーク七体との連戦で疲労があったんだ。だから戦闘もしていないし、語れることも多くはない」


 イスキスが悔しそうに言うので、その場面を演出した俺としてはフォローを入れたくなった。


「生きて情報を持ち帰る。これは値千金の働きに等しい。何より、うっかり一人であれの前に立ってしまった私にとってはイスキスたちが引き返さずにいてくれて良かった」


 『水魚』はオークプリンセスの魔法で巣を見つけられないまま森を彷徨っていた。

 俺だけが進めたのはレベルのせいだが、それを装備のお蔭と誤魔化している。

 そして事実として、イスキスたちが来てくれなかったらこのどんでん返しはなかった。


(オークキングよりレアだし、あのフォーラって探索者に一番の金星逃してるぞって言うためだけだったけど)


 そのためにオークプリンセスには結界を解かせて姿を露わにさせた。

 その際、咄嗟に攻撃を仕掛けたイスキスたちの攻撃が当たり縦ロールが落ちたのは偶然だ。

 けれどそれがこうして存在証明になっているのだから何が功を奏すかわからない。


(存在証明の一番は固有装備の瑞果姫杖を出すことだけど、せっかくに手に入れたしギルドに渡すのはな)


 と言っても俺に使い道はない。

 何せ女性専用装備だ。

 かと言ってNPCに渡すなら俺が無限に持ってる装備のほうが性能はいい。


 そのため持ち歩くには派手な杖をスライムハウンドに渡した。

 いるだろうなと思って呼んだら出て来たし、何を言う前にちゃんとオークプリンセスが俺の言いつけ守れるか見張ると言ってくれた。


 別に見られるなとかは思いつきで、こっちが情報引き出す前に襲われても困るからだ。


(大地神の大陸は元からヴェノスとかも保護してる設定だし。オークプリンセス増えるくらいいいだろ。情報源になるだろうしNPCもおおめに見てくれるよな?)


 ただ瑞果姫杖を預ける時に、誰に持たせても益がないという問題に気づいてスライムハウンドには支離滅裂なことを言ってしまった。


(でも実際あれ持たせてもな。スタファとチェルヴァは似合わないし、ティダは物理寄りだし。イブは緑髪のツインテとかそれっぽいけど、魔法剣士には魔法剣という固有装備があるし)


 その末に俺がスライムハウンドに言ったのは「共和国の王女に、いや、持ちたいという者がいたら」という半端なものだった。


 何故かスライムハウンドは勇んで戻って行ったけど。

 あの王女が外見的に一番ピンク似合いそうなだけなんだけどなぁ。


「それでトーマスさんがすぐに怪我を治療したの」

「ホロスどのの魔力減少にも秘蔵の薬を提供してくださり助かった」


 気づけば話がオークプリンセスから俺のことになっていた。

 そう言えばギルド証のための依頼だったな。


 イスキスのみならず怪我を治したオルクシアやホロスも俺を上げるようなことを言う。


「たぶんもっと少量使う奴だったんだけど、このオストルが全部ぶっかけて。けど怒りもしないし、それより目の前のオークが先決って冷静でさ」

「秘蔵品を死蔵品にしない判断能力と決断力は相当高いレベルだのう。やはり老いたか、目の前のオークを倒しきったという達成感で満足してしまっていたところを、巣を確認すべきだと言い出したのもトーマスだ」


 さらに声の大きなガドスと比較的側で俺を見ていたアクティがいう。


「いやぁ、あの走りは相当肝が据わってないと無理だ! オークの振り下ろす拳が背中ぎりぎりを過ぎても足を止めないどころかなぁ?」

「見てるこっちが息詰めちゃうくらい危ないのに、いっそ慣れた動きで香をオークのすぐ側まで持って行って。あれがなかったら七体も無理よ」


 そんな褒めるばかりの言葉を聞いて受付嬢は大きく頷く。


「さすがトーマスさん。その装備を着こなすだけの実力はやはりお持ちでしたね。オークの討伐にも寄与し、新種発見にも主導的な立場に立たれた。これなら問題なくギルド証を発行できます」


 受付嬢がそう言った時、会議室の入り口が騒がしくなった。


「どけって言ってんだよ! 鈍間の木偶のぼうども!」


 聞き覚えのある声だ。

 見ればそこには『酒の洪水』のフォーラが怒りの形相で立っていた。


「何が新種だ! あたしが見落とした!? 馬鹿なこと言うんじゃない! どうせ出遅れた不手際を誤魔化そうとそこらの木の皮でも髪みたいにさばいたんだろ!」


 どうやら自分の手柄を覆されていちゃもんつけに来たようだ。


 フォーラの評価は最初から問題のある人物だった。

 それでもオークキングを倒した凄腕という実績に即した称賛も確かにあったのだ。

 それが今や功を焦って新種を見逃し、他の金級に迷惑をかけた使えない女になっている。

 文句を言いに来るくらいでは収まらない評価の乱高下だ。


(とは言え、オークプリンセスを逃がしたのは同じ『水魚』とは印象が天地の差だ。これは日頃の行いだろうな)


 ギルドさえ『水魚』が巻き込まれたと思うほどの前科があるのだ。

 一つの見落としでここまで評価下がるのはその反動だろう。


 文句をつけるフォーラの目の前に、オークプリンセスの髪を調べていたギルドの職員が立った。


「では、これを素手で千切ってみるといい。できるならな」


 差し出すのはオークプリンセスの髪の一本。

 一本なんだが、その時点ですでに細いワイヤ―くらいに太く強靭だ。


「この断面は確かにオークの剛毛。君が持ち帰ったオークキングの鶏冠を一部切って断面を比べたが、色こそ違えど同じものだった。君は、このような毛質のオークを見たかね?」


 金髪で目立つ縦ロールを見落としたというなら明らかな失態だ。

 しかし見ていたと嘘を言っても最初に文句をつけに来たことと噛み合わないし、ギルドへの報告義務の違反にしかならない。


 憎々しげなフォーラの殺気に、髪を突きつけたギルド職員もたじろぐ。

 『水魚』もフォーラが暴力に訴えれば応戦する構えで椅子を引いた。


 一触即発の緊張感が高まり、廊下の野次馬も被害を恐れて下がり始めた時。


「…………ふん!」


 甲高い声で鼻を鳴らすと、そっぽを向くようにフォーラは身を翻す。

 そしてそのまま殺気を振りまきながら、会議室を出て廊下の向こうへと消えて行ったようだ。


「やれやれ、腕が良くても道徳観念や品性がなければただの荒くれ者と変わらないというのに。自らを貶めるような行動ばかりをするとは」


 俺は思わず零す。

 実力があるならアンチがいるのは当たり前だ。

 けれどヘイトを稼ぐとファンもアンチへ転身し、しかも遊び半分のアンチよりたちが悪くなる。


 それを実力でねじ伏せたのがフォーラだとしても、数の暴力は言葉や態度の上でも成立する。


(やっぱり無闇に怨みを買うもんじゃないな)


 けれど場合によってはフォーラのように強さを見せつけて反撃や抵抗を抑え込むのは手だ。

 プレイヤーに出会った時の選択肢は多いほうがいい。だが間違うと厄介だという一例を見た気がした。


「俺も間違わないようにしないとな」


 漏れた俺の言葉に、室内の誰もが息を呑んだ。


「そこで自制の言葉が出るなんて」


 イスキスの震えるような声に室内を見れば、その場の誰もが俺を見つめている。

 その視線には羨望に似た何か好意的な色がある気がした。


(いや、こいつらには関係ない全くの独り言なんだが、あれ? 俺の言動を曲解するのって、NPCだけの、はず…………)


 なぜ今俺はまるで尊敬されているような目を向けられているんだ?


 すでに何か間違った気がしてくるから、誰か説明をした欲しかった。


毎日更新

次回:ただより高い物はない

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