96話:逃げるが勝ちだが
オープンワールドで何処でも行ける故に、初心者がいきなり高レベルのエネミーにも出会うのが『封印大陸』というゲームだった。
レベル至上主義では新規参入は見込めない。
そのためエネミーとの戦いには、工夫をすれば勝てる設定が施されていた。
オークキングもそうだ。初心者が正面からやり合っても勝てない相手。
けれどいるとわかれば奇襲にトラップ、デバフアイテムなどやり方はある。
ただそれをやり遂げるだけの立ち回りは必要だった。
オークキングの首を持って現れた『酒の洪水』のフォーラは、その力があることを示している。
「逃がして良かったのか? ギルドに突き出すことくらいできただろう?」
俺はオークとの戦いで傷ついた仲間を見舞うイスキスにそう聞いた。
『水魚』は一番手柄を取るための囮にされたことに怒りながらフォーラを見逃している。
あんな横紙破りをこの人数差で許すなど予想外ですぐには聞けなかった。
「あれは関わるだけ損をする類なんだ。けれど実力は一人で金級を名乗れるほど確かなので、探索者ギルドにかけあっても我慢を強いられるだけなんだよ」
「それ以外にも仲間の疲労を思ってということか」
「いや、英雄的な力に怯える臆病者でしかないさ、僕は」
「まさか。あれが英雄? そう讃えられるには品位がなさすぎる。なるほど、君は知恵ある人間だ。だからこそ怒りに走らされることはないし、蛮族の如き探索者から仲間を守ることを取った」
「いやぁ」
そういう理性的なほうがこちらとしてもやりやすい。
というか、本当に蛮族みたいだったな、あの不良金級探索者。
(一人で出会ってたら俺はたぶん蛮族の行いを選んでた)
生前の俺より若いのに、イスキスは人間ができてる。
もしかして王国の人間って道徳的?
いや、それはないか。
こんなこと言ったらファナがすごい顔しそうだ。
(なんにしても、俺もNPCと行動する時には気をつけよう。そう思うとイスキスはいい手本だな)
そこにアクティとオルクシアの声が聞こえた。
「うーん、今からでもフォーラ追おうって言おうと思ったのに」
「やぁ、確かに仲間思ったら関わるだけ損な奴なのはそのとおりだし」
二人は怒りで仕返しを訴えようとしたのを撤回するらしい。
俺たちの会話を聞いて気が削がれたようだ。
「ちなみにどう損なのだ? ギルドが聞き入れないにしても注意喚起で締め出し、されたから今一人なのか?」
「いや、フォーラにも仲間はいたけれどその仲間さえ蹴落として一人なんだ。仕事だけは確かな成果を上げてる。今回もギルドが把握してなかったオークキングを討伐してる事実は覆しようがない」
フォーラ自身はオークキングの存在を知ってて黙ってた風だったが、ちゃんと退治していた。
結果を出した後なら、必要な犠牲だったとかなんとでも言える。
そういう姑息なことを積み重ねたのか、腕はあってもやり方でずいぶんと不人気らしい。
「けど実際あの首見せられるとなぁ」
声の大きなガドスが弱気に言うと、それに頷く者も『水魚』にはいた。
無駄に首を振っていたのは威嚇もありか。
蛮族のようでいて考えてるのか、人心に聡いのかフォーラという探索者はよくわからない。
「なんであいつ、わざわざ俺たちをオークの囮になんて。オークキングは群れと一緒にいるのはわかり切ってるんだから、俺たちと協力したほうがいいだろ?」
オストル少年が不満げに愚痴を吐く。
すると年長の魔法使いホロスが顎を撫でる。
「あの娘は貰いが多いか必勝を確信できなければ動かないところもある。ギルドへの報告もせず秘匿したならば、単独で必勝が可能と考えたか。その上でわしらにオークを倒させたとなれば、行動に制限のある負傷状態であったのかも知れんな」
群れで動くはずのオークキングが動かなかった理由として『水魚』は納得の様子。
だが俺には負傷以外に一つ思い当たる条件があった。
「…………オークキングの死体、いや、オークの巣を確認したほうがいい」
「トーマス、どうした? いや、確かにあのフォーラの言うことを鵜呑みにするのも危険か」
「あ、そう言えばあいつ! オークキング倒したって言ったけど巣を潰したとは言ってない!」
イスキスが考え直すとオストル少年が声を上げた。
フォーラへの怒りと不信は全員が共有している。
俺の思いつきを不自然に思う者もなく、人道的な理解の下オークの巣の捜索は決定した。
ただ体勢の整わない中での戦闘で、負傷した者は居残ってオークの死体処理。
軽傷者はイスキスの指揮の下で少数ながら捜索に出る。
もちろん俺も捜索に回った。
そして予想が当たる。
「誰も、いなくなったな」
周囲はオークと戦った森だが、『水魚』の姿はなく俺だけが取り残されている。
そして目の前には蟻塚を巨大にしたような土の膨らみがそびえていた。
これはゲームにもあったものに似てる。
オークに限らずエネミーの巣とされるオブジェクトだ。
(となると、やはりこれはレアエネミーの出現条件が整った印)
オークキングはオストル少年がいうとおり、群れの仲間と一緒に行動するが、例外的に巣に残ることがある。
それは巣に守るべき者がいるからであり、それこそがレアエネミー。
そしてオークキングのレベルを越える者以外近づけない結界を張って身を守る。
『水魚』がいなくなったのはレベルで弾く結界のせいだろう。
「ア、ニ…………何者、ダ?」
巣の中から一体のエネミーが現われ、唸りにも似て聞き取りづらい言葉を発した。
その身は扇情的なまでに肌を晒し、肉感的なプロポーションで髪は豊かな金髪を縦ロールにしてある。
なのに顔はあからさまにブタ。
プレイヤーの間での通称はブタ姫と呼ばれるレアエネミーだった。
「うわぁ…………ごほん。さて、お前はオークプリンセスで間違いないか?」
「ブブ…………妾ノ存在ヲ知ル、トハ」
「こちらも驚きだ。まさか人語を解すとはな」
ゲームにそんな設定はない。
けれど今実際に俺はオークプリンセスの言葉がわかり会話が成立している。
「ブゥ、妾ノ元ニ辿リツケルナラバ、汝、ぷれいやあカ」
「何? 何故その言葉を知っている? いや、誰から聞いた?」
ゲームを懐かしんでいた俺は、警戒を交えて一歩踏み込む。
確実に聞き出すため魔法も厭わない構えだ。
その本気に気づいたのかオークプリンセスは顔を歪める。
「ブグゥ、母ノ言ウトオリ、残忍ナ殺戮者メ。容易クコノ首取レルト、思ウ、ナ!」
敵意も露わに宣言したオークプリンセスは、背後から身の丈ほどの杖を取り出した。
もちろんそれもゲームで知っている。
オークプリンセスの固有武器、瑞果姫杖。
「そう言えば、女性限定装備のことを忘れていたな」
ネカマとは言わないまでも、やり込むプレイヤーは性別問わずアバターを作って遊んでいた。
俺は男アバターばかりだが、ネタとしてブタ姫とその装備も目にしたから覚えていた。
桃型の可愛い外見の長杖で少女アバターが持てば可愛いだろう外見をしている。
これ欲しさにオーク狩りをする者もいたほどだ。
(性能はそこそこって聞いたな。けどゲームでは手に入れることさえできなかったレア武器か)
まず女性アバター相手でなければ落とさないし、装備ができない。
だがここはそんな縛りのあるゲームではない。
倒せばいいのだ。
(いや、だから蛮族じゃ駄目だろ)
さっきイスキスに感じ入ったのに、野蛮な自分の思考が嫌になる。
そもそもNPCに日の目をというなら率いる立場になってしまった俺が行動を正さないといけない。
俺は改めてオークプリンセスを見るが、ブタの表情はわからなかった。
けれど人間の体を縮めて震えてるさまはどう見ても怯えている。
気を張って強気に言ったが、オークキングも倒されている状態では防御力の低い魔法職のオークプリンセス単体では分が悪い。
「お前に、私の話を聞くだけの知性はあるか?」
「ナ、何ヲ…………。ソ、ソレハナンダ!?」
俺はインベントリから一本の黒い杖を取り出してみせた。
黒い金属でできた細身には、ローズピンクの石を掲げ、葉を思わせる緑柱石が伸びる中に、金属が蔦のように纏いついてところどころに薔薇の花が咲いている。
これは魔女の下でドロップする杖だ。
(インベントリ色々入ってるけど、一度取り出すと戻せないんだよな。そして入ってる色々には大地神の大陸でドロップするレアも入ってるんだよ)
大地神が落とすレアしかないかと思えば、どうも大地神の大陸全てのレアが入っていたのだ。
「わかるか? これはお前の持つ瑞果姫杖よりも性能の高い、魔薔という杖だ。私はこれを他にも持っているが、その瑞果姫杖は持っていない。交換を申し入れる」
平和的に交渉だ。これぞ文明人の発想。
そう思ったらオークプリンセスはへたり込んでしまった。
「ソノヨウナ至宝ヲ、幾ツモ? ブォ、見テワカル。妾デハ扱エヌ。ソナタ、イエ、アナタサマハ、イッタイ?」
「私は…………ふむ、その答えが知りたければ、この杖を持ってここから西にある山脈の霧深い奥地を目指せ。そこにたどり着くまでに何人とも口をきいてはならない、姿を見られてはならない。それを果たせるならば、私が何者であるか答える者がいる」
「ブ、ホォ…………。見逃シテ、クダサルノミ、ナラズ至宝ヲ預ケテクダサル、ノカ…………カ、必ズヤ!」
何故か感じ入るオークプリンセスが、物々交換として渡した魔薔を握り締めて震える。
「あ、だがちょっと待て。一度だけ姿を現してから行ってくれ」
突然の俺の注文に、オークプリンセスは案外鋭いブタの目を何度も瞬かせることになった。
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