95話:不良金級探索者
『水魚』のリーダーイスキスが止めを刺し、三体目のオーク倒した。
最初にちょっとアイテム使ってあとはぼっ立ち。
これがゲームなら経験値も入らないかもしれない。
「やれやれ、結局私は何もしてないな。これで実力認められるも何もないんじゃないか?」
「これだけやって怪我人もなしはトーマスのお蔭よ」
後衛として一緒に眺めていた魔法使いのアクティが俺のぼやきに笑う。
そこに魔法使いの男がやって来た。
髪の長いサルモーともう一人、魔法使いのホロスだ。
髪に白い物の混じった皺顔で、『水魚』最年長なのは見てわかる。
「さて、次が見つかったと言うが、そろそろわしは休みたい」
「お師匠、体力なさすぎ」
アクティとは師弟関係らしいホロスは、見る限り使っていたのはLv.3の魔法だ。
地水火風四属性を確認できている。
(それですごいってのをアクティが解説してくれたのは収穫だな)
魔法自体が特殊技能で一般的ではないそうだ。
極めるためにはまず学ばなければならず、それには金とコネ、そして時間が必要なのだという。
あくせく魔物相手に出歩く探索者ではLv.3が一属性使えれば十分だという。
(援護の魔法も低レベルで習得可能だし確かにそこでようやく一端だよな)
そして一番驚いたのは魔法を極めたと言えるのはLv.6だということ。
「お師匠、第十魔法って聞いたことある?」
俺がさっき知らないのかと聞いたからか、アクティが師匠であるホロスに振った。
弟子からの問いかけにホロスは情報が俺からと気づいた様子でこちらを見る。
「ふぅむ、もしやと思っていたが。お主、過去異界の悪魔と戦った英雄たちと関係があるのか?」
「ほう? そう思われる情報を、あなたは持っているのかな?」
「ふふ、五十年前は多感な少年だったものでね。再現不能な不思議な道具を使い捨てて世界のために戦う英雄たちの物語は若い者たちよりも詳しいさ」
どうやら五十年前に異界の悪魔と呼ばれた者と戦ったのはプレイヤーだったようだ。
そして薬聖院なんかのことを考えると、やはりいくつかゲームアイテムが今も残存している可能性は高いだろう。
「わしも第十魔法は聞いたことがない。だが、第八魔法までは確認されているからさらに上があってもおかしくはなかろう。過去、異界の悪魔に対抗する英雄は神話のように戦い、ずっと激しく高次だったという。ならばあると思えばロマンだろうよ」
伝わってはいるがどうやら断片的のようだ。
「さて、アクティ。四体目はお前がやれい。もう魔力が底を突きそうじゃ」
「はい、休めたんで大丈夫です。サルモーは大丈夫?」
「あと一体ならね。他にもいるとなると態勢を整え直すべきだろう」
そう話していると前衛を務める鉈のような剣を持った女性、バラエノがやってきた。
「四体目を釣ってたはずのバーランとオルクシアからなんの動きもないの。リーダーがホロスさんに魔法で探ってくれないかって」
言われて見れば未だに四体目の気配はない。
三体目を釣る際に四体目を発見したため、すぐに討伐という話になったのだが。
俺はマップ化で周囲を探る。
すると斥候二人らしい反応が見えるかどうかの範囲にあった。
「様子がおかしい…………。あちらだ」
俺が指し示す方向は森で見通しが悪いが、射手のガドスが目を眇めて叫んだ。
「バーランがオルクシア抱えて来てるぞ! その後ろの木が折れた!?」
「オークだ。三体いる」
「パーゲル! カマリス! 来い!」
俺の報せにイスキスが声を上げ、すぐに近くの仲間に指示を出して助けに走る。
そうして広場に駆け込んで来たバーランが言った。
「すまん! フォーラだ! 『酒の洪水』にやられた!」
俺にわかるのは誰かの思惑のせいだということ。
そしていっきに三体に増えたオークを倒さなければいけないこと。
俺は香を持って駆け出す。
「ちょっと! トーマスさんでも無理だよ!」
荷物持ちとして後衛といたオストル少年が俺を止めようとする。
だが、こういうのは最初に動かないと続かないものだ。
俺はオストル少年に回復薬を投げ渡して足を止めない。
定石で上手く行ったなら、その流れを止めるほうが他のプレイヤーを戸惑わせてミスをさせる。
だいたい、エネミー相手に一体一体確実になんてしないんだよ。
命を懸けないゲームでは、一対多数も当たり前。
そしてプレイヤーが複数いるならより多くエネミーがいる中へあえて飛び込むことも良くあった。
「はは、相手が木々をへし折って直進しかしないのならば、楽なものだ」
ほぼ横並びのオークを横から回って一体の後ろを通り、二体目の前を通り、三体目の後ろを通る。
そして三体目の前に回って二体目の後ろを通り、一体目の前を通れば香は一周と同じ分まとわりつく。
ちょっとかすったけど俺の防御を抜くほどではなく、何もなかったふりしてイスキスたちの下へ戻った。
「す…………すごいじゃないか! あ、いや! 今はオークの討伐だ! トーマスに後れを取るな! 後衛、まずは右からだ!」
イスキスが指揮して『水魚』が反撃に出る。
俺はその間に後衛に戻ると、薬師見習いの建前を整えるべく治療にかかろうとした。
「さて、傷の具合はどうだ?」
「あ、トーマスさんがくれた薬びしゃっとかけたらすぐ治ったよ!」
「まさか全部使ったのか?」
「え、駄目だった?」
元気よく返事をしたオストル少年が肩を落とす。
回復したはずのオルクシアも顔が引き攣っていた。
「や、やっぱりあの治り方って、高い薬だったんだよね!?」
「い、いや、治ったなら良かった。できれば戦線に復帰してほしいが」
「もちろん!」
怯えたようなオルクシアは、俺の言葉にすぐさま飛び出した。
(あれ、回復アイテムを水で十倍に薄めた奴だったんだけどな。効いたのかぁ)
それとも結局は薄めただけで元の回復薬と同量ではあるからか?
他にも薬はあるし、誰か怪我をしたら実験体になってもらおう。
俺はベルトに下げたポーチを撫でて考える。
「ふむ、もしや魔力も回復できる薬もあるか?」
魔力が尽きるとぼやいていたホロスが真面目な顔をして俺に聞いてきた。
(あるが、大丈夫か? 魔力の回復はできる。けどアイテムだから死なないけどリアルで考えると相当ヤバい薬ってことになるんだが)
顔の見えない俺の迷いを見て取り、ホロスが興味深そうに眉を上げる。
「曰く付きか。何、生還できれば料金は払おう。今はこの危難を潜り抜ける手が必要だ。見ろ、すでに三体を相手にしてこちらももたん」
「…………そこまで言われるなら、これを。肉体的苦痛は伴うが、大きく魔力を回復させる、と言われている」
俺はあえて効果は保証しない伝聞形式で薬を出した。
言ってしまえば現在のHPの半分を減らす代わりに魔力を全回するアイテムだ。
ゲームの時にはレアリティも高くないため後衛に徹する魔法職には好まれた。
だが、リアルで考えて体力が半分ごっそり削られるって相当きつい気がする。
「それならまず私が試しましょう。あなたが倒れてはそのほうが士気に関わる」
「サルモー、老人扱いするな。何、明言しないのなら死にはしないのだろう?」
横から長髪の魔法使いサルモーが手を出すが、ホロスが鼻を鳴らして薬を受け取る。
俺が頷くと一気に呷った。
瞬間、目を見開き脂汗を掻いたホロスは体が硬直する。
あまりの異変に俺とサルモーは息を詰めていつ倒れてもいいように腕を構えた。
「…………ぶ…………はぁぁあああ!?」
「大丈夫ですか!?」
「いや、いやいやいや。これは難物だ。だが、恐ろしいほどの効き目だ。魔力が漲る」
汗を拭って立ち直すホロスがたたらを踏むと、サルモーが支える。
そうして、体力は減ったものの魔力は最初の三体を倒した時に戻ったホロスがイスキスに合流した。
薬で判断力の鈍っているオークを一体ずつ確実に仕留める中、魔法を連打し始める。
オークはさらに一体増えたものの、結局俺たちは合計七体のオークを無事に倒し終えたのだった。
「こ、これ…………絶対巣にいた奴らが出て来たからだよ。くっそぉ、『酒の洪水』め」
「それは何者かな、オルクシア?」
危機を脱したことで一番重傷を負っていたはずのオルクシアが歯噛みする。
「あいつはいつも他人に迷惑かけて美味しいところを持って行く不良金級探索者で!」
「あらぁ、死にかけてたら助けてあげるくらいするつもりだったのにぃ。人の悪口言えるくらいに元気じゃなぁい?」
突然現れたのは探索者らしく軽装だが武装した短髪の若い女。
たぶん『酒の洪水』というふざけたパーティ名のフォーラという探索者だろう。
「探索者同士協力しましょうよぉ。ねぇ、『水魚』のイスキス?」
「それは利用の間違いじゃないか? 協力というなら最初から声をかけて…………血の臭い? その手に持っているのは、まさか…………」
イスキスが非難しようとして気づくと、フォーラは甲高い声で笑いだす。
「あんたら鈍間がバタバタ無駄に暴れてる間にぃ、一番の金星を狩っておいてあげたのぉ。あはは! オークの巣見つけたけどブタの相手なんて馬鹿みたい! だからって死なれたらあたしが責められるし、適当に生き残りそうな金級が来てくれてラッキーみたいなぁ?」
フォーラは笑いながら手に持った巨大な首を振り、生臭い血を振りまく。
ずいぶん顔が歪んでしまっているが鶏冠のような剛毛の生えたそれはオークキングの首だった。
オークキングは複数のオークを率いて集団戦をするエネミー。
六十というレベルは初心者では敵わない上に他のオークが守っているためより厄介だ。
(それを一人でなら相当の腕か、こうしてオークを引き離して一対一なら勝てる武器でも持っていたか)
俺はフォーラを観察はするものの、この事態を引き起こしたことに対する怒りはない。
実験の機会だからいっそ歓迎なんだが、それでは『水魚』が収まらないんだろう。
この世界の人間がこの場合何をするのか。
それを見定めようとじっとしていた。
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