94話:『水魚』との交わり
『水魚』が用意した馬車二台に乗って目的地に移動する。
出かけにヴェノスに不穏な忠告をされたが、正直街の中じゃ誰が監視してるかなんてわからない。
さらに馬車移動になるとマップ化しても追跡者の影はなかったので警戒を解いた。
そんな今、俺は馬車に揺られながらリーダーのイスキスを中心に話をしている。
「つまりトーマスは人間に住処を追われたあのヴェノスという亜人を含む一族を助けた命の恩人であると」
「いや、そう言われるとおおげさだ。ただ、私はできることをしたまでだよ」
探索者ギルドを出て話しかけられたことでどんな知り合いかをイスキスに聞かれた。
なのでNPCとしてのヴェノスの設定を語り、ちょっと調子よく喋りすぎた気もする。
もちろん神だとか、一族の祖神は怨み深くて呪いまくったとか、その性質はリザードマンに引き継がれてるとは言わずにおいた。
それでもなんだかおおげさになってしまったのは、ゲーム設定ゆえだろう。
ヴェノスもこうした説明を商人のカトルにしてるという。
「はっは、謙遜しなくてもいいだろう! それだけのことをしたんだ! いやぁ、俺ならその見たことのない亜人というだけで襲った人間と同じことをしそうだ!」
俺を持ち上げてるのか、根が戦闘狂なのか、強弓を携えたガドスという男が笑った。
全体的な顔のパーツが大きく目力が強い、そして声も大きい。
どうやらイスキスたちは、ヴェノスをひとかどの人物と思って興味を持っているらしい。
そしてそれを助けたという俺への評価も一緒に高くなっているようだ。
「噂は聞こえて来るけど全然知らない種族だし、その割りに超紳士だしで、あの人の情報欲しいって女の子多いんだから」
にんまり笑うのは斥候職を担うという女探索者のオルクシア。
女性の割には長身で手足が長く、見るからに俊敏そうな軽装だった。
「しかし共和国出身で彼らとは何処で出会ったんだい? 見るからにトーマスはいい生まれだろうし」
イスキスがおかしなことを言う。
「いや、私などは特筆する家でもなく。…………親が働き、金を稼いで養育してもらい勉強もできた。食うに困ったこともないことが当たり前だったことを思えば、親の苦労と、今こうして不孝をしていることが情けない気もする」
なんとなく言って自分でしんみりしてしまった。
あまり連絡も取らないまま、親孝行も何もせず、たぶん俺、死んでるんだよな。
「すまない、その、共和国の状況は聞いてはいるよ」
俺のしんみりにイスキスが謝り、他の探索者もうつむきがちでばつが悪そうだ。
どうやら共和国になってから苦しい暮らしになったと思ったらしい。
探索者ギルドに語った共和国から逃げた経緯とずれないから否定はしないでおこう。
そんな中、ガドスが気になる様子で聞いて来た。
「あの紫のとはもしかして共和国を追われた時か? 確か共和国の何処かの山の中には亜人の隠れ里あるって聞いたぜ」
そのガドスにオルクシアが肘を入れた。
「あんたはなんでも性急すぎるの」
「気になるだろう。あんな見たこともない上にどう見ても俺たちより頭も腕も良さそうな亜人なんて」
やっぱり騎士らしいヴェノスは平民では通らないか。
だが、この辺りの言い訳はヴェノスが考えてくれていた。
「彼らは住まいを一度暴かれて大変な目に遭ったんだ。だからこそ今の住まいを明かすことはできない」
「では何故王国に?」
「見聞を広め、人間を知るためにだそうだ。イスキス、ヴェノスは勤勉なのだよ」
「なるほど、人間に襲われ、人間に助けられた。彼らからすれば未知の種族こそが人間だということか」
イスキスも頭良くて楽だな。気遣いができる。
共和国まで追ってきたトリーダックたちのような粗野さもないし。
あいつら銀級だったけど、金級との間には大きな隔たりがあるのかもしれない。
そんな話している間に目的地近くの村に到着した。
馬と馬車を預けてここからは徒歩でオークが住みついているという森へ向かう。
「村の人から聞き取りして来たよ。森の浅いところは薪拾いなんかのために手入れしてるけど、奥はオーク以外にも魔物や野獣が出るから入らないんだって」
出発前に荷物持ちのオストル少年がイスキスにそう報告した。
「ただ、倒された一体が牙が折れてるっていう目立つ姿をしてたんだって。でも、最初に発見された五体にそんなのはいなかったの」
俺と一緒に森に向かって歩くアクティという女魔法使いが説明した。
垢ぬけた雰囲気の少女で、物おじしない。
「ふむ、では依頼達成の最低ラインは?」
「三体討伐よ。巣の発見は金級だからこそのギルドからの無茶ぶりっていうか」
「別に、無茶じゃないよ。三体もいるんだったら何処から来たかは痕跡追えばわかるもの」
肩を竦めるアクティに、斥候を担うオルクシアが応じた。
「では、私のような初心者を入れられたのも、信頼の裏返しである無茶ぶりかな」
「「まさか!」」
「あんな香をほいと出せる相手にそりゃないぜ。あんた、話聞いてあれ出すってことは以前にも似たような依頼こなしたんだろ?」
「あぁ、そういうことか」
声を揃えるアクティとオルクシアに続いてガドスがそう聞いて来た。
俺のアイテム選びは確実で、だからこそオーク討伐の経験者だと思われたようだ。
まぁ、ゲームの定石なんだけどな。
他人と組むこともあったし、アイテム消費系ジョブが良くやってたのも見たやり方だ。
(同じ人間という種だからか? ゲームでの定石が現実でも通じることってあるんだな)
俺はゲームで香を使った時のことを思い出しつつ、失敗しないよう確認を行う。
「森の地形は? この人数で展開できる場所の当てはあるか?」
「ちゃんと聞いたよ!」
「なくてもあたしとバーランで捜す予定さ」
オストル少年が元気に応じると、オルクシアが同じ斥候職のメンバーの名前を上げて親指で自分を指す。
この場合、オルクシアのほうがはるかに頼りがいがある返答だ。
足場がどうにかなるならゲームの定石を再現できるかもしれない。
俺はそう思って『水魚』のリーダーに声をかけた。
「イスキス、少しいいか。この香、一定量吸わせる必要がある。けれど一つ最短で吸わせる方法があるのだが」
「ほう? 聞かせてくれ」
ゲームでやっていた方法を説明する。
けれどイスキスたちの反応いまいちだ。
「そんな危険なことをわざわざしなくても」
「いや、確かに慣れない者がやれば失敗する。だが、私はやったことがある」
「ヒュー、共和国の探索者ってのはイカれてる」
ガドスが煽るような声を上げると、話を聞いていた男魔法使いサルモーという探索者が寄って来た。
「目標三体とは言え、それ以上いる可能性もある。だったら素早く対処すべきだという判断は間違っていないし、こちらも補助はできる。一度やらせてみるのも手じゃないか?」
男だが長い髪を三つ編みにしているサルモーは俺を後押ししてくれるようだ。
アクティも頷いてる様子から魔法使いたちは俺を補助して成功させる気らしい。
(必要ないが、その心意気は買おう)
そうして意見を取りまとめたイスキスの決定で俺のゲームの定石作戦決行することになった。
大きな木が倒れたせいで周辺にぽっかり他の木々が侵食していない広場になった場所。
そこで俺は魔法使いたちを背後に待ちの姿勢を取る。
「来たか」
「君は目か耳がいいのかな?」
サルモーがわからない様子でペストマスクの俺を見る。
いいか悪いかで言えばたぶんいい。
けれどわかったのはマップ化の能力で五感は関係なかった。
範囲内にオルクシアとバーランの斥候二人が一体のエネミーを引き連れて駆け込んで来ているのが俺にはわかる。
「一度足止めをしてもらえるか?」
「わかってるわ、任せて」
俺の要請にアクティが答えた。
応じてサルモーも構える。
『水魚』にはあと二人魔法使いがいるのだが、そっちは失敗した時の保険で待機していた。
(よっぽどレア個体のオークじゃないと俺に攻撃通らないんだけどな)
オークは序盤の敵だ。
ハイオークや称号持ちでない限り、レベル差がある以上俺に物理攻撃を通すことはできない。
目撃情報も無手のオークなので、物理攻撃だと思っていいだろう。
「はい! 一丁上がり!」
「吠えてたから他のオークも寄ってくるぞ!」
広場に駆け込んで来たオルクシアが軽快に声を上げると、バーランは気を抜かず警告をくれた。
そしてオークの前から左右に別れて逃走する。
そこにアクティたちがLv.1の火の球を放った。
目の前の獲物しか見ていなかった上に、左右に別れたせいでオークは狙いを定められず、火の球を避けることさえできない。
「さて、では…………」
足のとまったオークに俺は駆け出した。
致命傷どころか適当な狙いで直撃弾もないオークはすぐに俺に威嚇の咆哮を上げる。
もちろんそんなの唾が飛ぶこと以外は気にせず目の前へ走り込んだ。
するとゲームと同じく上段から振り下ろされる拳。
俺は見極めてその腕を潜りオークの横へ回った。
オークが俺を追って体を回すのに合わせて、さらに走り死角へと移動を続ける。
「よし」
そうして最初に拳を避けたところに戻ると、煙が周囲に広がっていた。
それは俺が持っていたアイテムの香から発されている効果エフェクト。
すぐさま離れるとオークは香を目いっぱい吸い込んでふらふらし始めた。
(アイテム、エネミー、そして効果は全てゲームどおりか。ただ、迫力はゲーム以上だ)
これがゲームでの定石。
本当に命を懸けないからこそできた突貫戦法。
レベル差による速度のごり押しで綺麗に決まった。
そして『水魚』たちの歓声が聞こえる。
ゲームで定石だったからこそやってこんなに讃えられる声を浴びたことはない。
俺はとてもいい気分でその後のオーク討伐を見守ることになった。
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