93話:王国の金級探索者
雑魚アイテムでいい金を手に入れて、俺は数日王都観光を楽しんだ。
欧州風の中にゲームのようなファンタジー感がある街並みは、平凡な路地でも興味深い。
何より共和国のような荒んだ雰囲気がないのがいい。
観光スポットらしい薬聖院にも行ったが、あそこはすぐに出た。
パッと見は博物館のような建物。
しかも日本の四角四面なコンクリートじゃない。
海外の歴史建造物を使いましたというような凝った造りをしていた。
そして入ってすぐに薬聖と言われた人物のどでかい肖像画があったんだ。
(同じ装備着てるなら、俺と見た目一緒。つまりはコスプレして聖地巡礼してるみたいなことになるじゃん)
気づいて恥ずかしくなりすぐに出たのだ。
そしてその数日で、時々偶然を装いヴェノスが絡んで来た。
なんであいつあんなに目立つんだ。
どうやら上手く先に住みついたリザードマンと合流したらしいんだけど、その中で人間に近い見た目のヴェノスはより目立つ。
そして騎士風の立ち振る舞いがさらに目立つ。
(後ろに黄色い声上げる女性引き連れてるのはどうなんだ?)
小耳に挟んだところによると、門の所で王女にしていたみたいなことを他にもやって噂になったらしい。
そしていつの間にか助けられた女性からファンが増えて行った結果、黄色い声を引き連れることになったんだとか。
「…………マップ化。…………よし、いないな」
俺は探索者ギルド前でヴェノスがいないことをスキルを使用し確認。
中へ入るとすぐに顔見知りとなった受付嬢が声をかけて来る。
「トーマスさん」
呼ばれたのはここでの俺の偽名。
ギルド証のために偽名をトーマス・クペスとした。
なんてことない、ペストマスクのアナグラムを名前っぽくしただけだ。
「同行してくれる方が見つかったと聞いたが」
「はい、ご案内します。実は青銅級か、鉄級のパーティを捜していたんです。けれど志願で金級の方が名乗りを上げてくださって。なので安心して同行してください」
「金級? それはまたどうして?」
案内されながら俺は思わぬ大物の出現らしいことに驚く。
金級は探索者ギルドでも等級の一番上で、数も少ない。
そんなのが出て来るなんて厄ネタか?
新人をカモにする系だったらどうすればいい?
俺が警戒してるのはペストマスクでわからないらしく、受付嬢は笑顔で続けた。
「ご本人たちからの善意での申し出ですので。お相手は金級探索者パーティ『水魚』。十三人という大きめのパーティとなります。リーダーのイスキスさんは貴門の出ですが、すでに籍を外れていらっしゃるので対応には気を使わずにいらっしゃって大丈夫です」
どうやら貴族出身なんだそうだ。
その上探索者として成功し貴族籍から抜けたというこの世界での変わり種。
というかパーティ名が聞き覚えのある単語だな。
「水魚とは、まさか水魚の交わりに由来しているのか?」
「さすがトーマスさん。すぐにわかるとは、やはり博識でいらっしゃいますね」
待て待て。
この世界にそのことわざないはずだろ?
え、本当に水魚の交わりなのか?
「あぁ、言葉はわかったが、いったい誰が言ったものだったかを思い出せない。君は、わかるかね?」
「そういうことありますよね。私も名前までは思い出せません」
いや、ちょっと詳しい奴なら三国志が出てくるはずの慣用句だ。
「薬聖さまと共闘なさったことのあるどなたかの言葉だったんですが」
三国志ではなく、この世界にいた人間の言葉ねぇ。
薬聖はたぶんプレイヤーだ。
そいつと共闘して劉備の言葉を言ってるとか、そいつもプレイヤーだろ。
「こちらになります。すでに依頼の概要とギルドに申告された内容は伝えてありますので。当初の予定では二つの探索者パーティと合同の予定でしたが、『水魚』はメンバーが多いのでトーマスさんが組むのは一組になります。『水魚』は新人の方にも慣れているので」
受付嬢は信頼感全開でドアを開けた。
中には確かに十人以上の人々がいる。
中央の、金髪で顔がよくすらりとした長身の青年がすぐに立ち上がった。
「やぁ、初めまして。僕は『水魚』のリーダー、イスキスだ。トーマスと呼んでも?」
「えぇ、結構です。イスキスさん」
「イスキスで結構だよ。言葉遣いも気にしないで。これから共に戦う仲間だ。よろしく」
爽やかぁ。
そして握手を求められて応じたら、そのまますごくナチュラルに中に入れられて十三人いるパーティの紹介が始まった。
十三人もいるのは役割別に数を揃えてるかららしい。
前衛、後衛、魔法使いに、斥候、荷物持ちという分担だ。
この荷物持ちはまだ少年の二人で見習い探索者というべき存在らしい。
新人に慣れているというのは、こうして見習いを育てているところからか。
「なるほど、それでギルドからの信頼も厚く今回私との同行を受け入れたと?」
「いや、こちらもちゃんと旨味のある話だ。何せギルドが腕を保証する薬師と一緒に行ける。紹介したとおり、うちのパーティには治癒師も神官もいないから」
確かに攻撃職が主で、いても援護職だ。
受付嬢が言うとおり俺を請け負ったのは善意もあるが打算もあるらしい。
(俺は違うがこちらの人間からすれば命がけの仕事だ。そこに利点もなく手を貸す善意だけよりはものを考えてると信頼におけるか)
もちろん俺は本気を出すつもりなどない。
だからと言って信用できない相手と行動するのも億劫だ。
それで言えばこの『水魚』は良い相手と言える。
(まさかこの世界のわかりやすく上級者の腕を見る機会があるとはな)
俺は良い巡り合わせに感謝した。
「それじゃ、打ち合わせと行こう」
呼び出された時にそのまま出て行けるようにと言われていたので、イスキスが主導してこれから依頼達成のための計画を練る。
「今回の討伐依頼の対象は成体のオーク三体。最初の目撃情報は五体。うち二体はすでに討伐。残りを狩るんだが、場合によってはこいつらは群れだ。その場合は巣を特定しての情報の持ち帰りが依頼になる」
オークはゲームにもいたエネミー。
ブタ鼻で口から上を向く牙が生えており、プレイヤーよりも二回りほど大きい。
体は剛毛に覆われ、強力な突進攻撃をする際は四足になるため立ち姿は前傾姿勢だ。
認識を共通にすると言って特徴の情報共有を行うと、どうやらオークはゲームのオークで合ってる。
(探索者もオークがいつ現われたとかは知らない。昔からいるという認識だ。二百年前にも異界の悪魔が現われている。そして二千年くらい前には救世教ができた。ゲームから来ていても到達する年代は別々なのか?)
ただ一つ確定的に言えることはある。
俺がログインしてたのは最後の時。
俺以上後のプレイヤーは現れないということだ。
「斥候が目標のオークを捕捉する。接敵直後にトーマスは手持ちの薬を使って見せてくれ。その間のフォローはしよう」
「あぁ、心得た。この香を焚いて煙を一定時間吸わせると判断力が鈍って逃げなくなる。オークには有効だ」
俺が出したのはゲームのアイテム。
使うと煙が出現し、近くのエネミーに吸い込まれるようなエフェクトが起きる。
そうなると逃走不可状態になる錬金術師が作れる薬だった。
ただし体力ゲージが半分になると正気づくため、速攻が求められる。
(大抵のエネミーはプレイヤーを見つけると自主的に襲いかかって来る。けどこれは逃げるエネミー用アイテムだ。テイマーが必要としてたが、この世界ではどうなるかな)
スライムハウンドなどは、このアイテムを使って使役する類のエネミーだ。
一撃加えて転移で逃げて行く。
体力が半分になってから一撃で削り切るか、テイマーとしての条件を満たすかが必要になる。
「そんな香があるんだ? 共和国ってすごいね」
言ったのは荷物持ちのオストル少年。
俺を尊敬の目で見て来る。
「確か高名なテイマーが同じ効果の物を使っていたと何かに書いてあったな。いいのか? こんな高価なアイテムを出して。もっと安価な足止めでも十分だが」
イスキスがオストル少年に答えつつ、俺に確認をする。
知らなかったけど、これ高価なのか。
共和国から逃げて来た設定を知ってるなら消費する言い訳にするか。
「持ち出したはいいものの、正直売るにも価値のわかる者がいなくてね。それなら、私が確実に仕事をこなせるよう使うほうがいいだろう。死蔵していて失敗したでは話にならない」
「確かに。成体オーク三体は難敵だもの。場慣れたした探索者でも再起不能の怪我を負わされることがあるわ。わかってるじゃない、トーマス」
そう言ったのは女性で、魔法使いのアクティだ。
『水魚』には女性が三人所属しており、その内の一人だった。
受付嬢が太鼓判押すだけあって安定していて親しみやすい雰囲気の者が多い。
「では、現地で迎撃ポイントを定めてもう一度打ち合わせを行おう」
そう決めて、俺は『水魚』と共に出発のため部屋を出て、受付嬢に挨拶をする。
ギルドを出ると、目立つ紫の尻尾が見えた。
「これは、今から討伐にお出かけですか?」
「ヴェノス、お前…………」
笑顔のヴェノスの姿に『水魚』は興味ありげな目を向ける。
俺が追い払う前にヴェノスは親しそうに肩を叩いてきた。
そんな神に対しての無礼、したことがない。だからこそ何かあるとわかった。
そんな俺の様子に気づいてヴェノスはほっとした表情を浮かべる。
「見張られております、お気をつけて」
そう囁くとすぐに離れ、爽やかに笑って去る。
けれど俺の胸の内は嵐のように乱れることになった。
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