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92話:共和国の薬聖(仮)

 俺はヴェノスに見つかって撒くのに妙に疲れてしまった。

 だいたい一緒にいた商人カトルが俺に宿を提供するなんて言い出して引き留めまでするんだ。

 ヴェノスの援護をするカトルも一緒に振り切るのに本当に労力を使った。


 そして今度こそ連れ込み宿ではない宿を取って王都で一人だけの一夜を過ごしたのだ。


「とは言っても、すでに金がなぁ」


 部屋は四畳半ほどの狭い部屋。

 家具は最低限で、日本のホテルのようなアメニティなどはない。


 なのにすでに手持ちが心もとないんだ。

 元から多くないせいもあるけど、これはカトルの誘いを断ったことが悔やまれる。


「食事はしなくていいけどしてる振りしないと不自然だろうし。ここに泊まり続けるには金が足りないし。…………増やすには、やっぱりこれを使うか」


 俺は袖の中の小瓶を確かめる。

 ガラスでできた小瓶の中では液体が揺れていた。


 そして俺は昨日訪れた探索者ギルドにもう一度向かう。


 運の良いことに昨日の受付嬢がまたいた。

 俺の目立つ格好もありすぐに気づいてくれて、すぐ自身の前に案内する。


「申し訳ありません。まだギルド証発行のためのパーティは選定中でして」

「いや、わかっている。今日は少し買取をしてもらおうと思ってな」

「でしたら専用の受付にご案内いたします」

「いや、私の装備を本物と見抜いた君に、少々意見を聞きたくてね」


 他に回されるのも不安なので、そう持ちかけた。

 プライドを刺激されたのか、受付嬢は案内をやめて俺の様子を窺う。

 俺は他に見えないよう、腰のポーチから小瓶を取り出して受付嬢にだけみせた。


「これが、何かわかるか?」


 これは一つの試しであり賭けだ。

 この妙に薬聖というプレイヤーに詳しい受付嬢なら知ってるんじゃないかと思うんだが。


 俺が出したのはゲームの毒消しアイテムだ。

 その名のとおりゲームのバッドステータス毒を解消するアイテムである。


 見た目はしゃれたガラスの小瓶で、毒状態を表す緑色と同じ色ガラスのグラデーションが施されている。

 飾りの突起や蓋の縁には金装飾があり特徴的だが、実はこの手のアイテムは見た目が同じ。


(これ、麻痺や火傷っていう他の状態異常には効かないし、持つなら一時的に状態異常無効がかかるもっといいものあったんだよな。ただ、一種類の状態異常しか回復しないアイテムの外見は色違いなだけ。昔のプレイヤーが持ってたら薬聖院とか言うところに残ってないか?)


 初期にはお世話になるが長く続けるといらなくなるアイテムだ。

 敵のレベルが上がるほどかけられる状態異常も一つではなくなるのだから。


 特にプレイヤーたちが大嫌いな呪いという状態異常は個別の回復アイテムがない。

 回復するまで動作が遅くなるというゲームにあるまじきストレスフルな状態異常だった。

 これが上位アイテムか神官系の回復でしか回復しないのだから嫌われるのも当たり前だ


 そうした特殊な状態異常も出てくると個別はだぶつくしかない。


(なんでレベル五十以上の大地神の大陸にあったんだか)


 これも店で売られていたアイテムだ。

 毒攻撃してくるエネミーはいるし、グールなんかは爪や牙の攻撃に確率で毒がつく。

 とは言え、レベルマなら毒での消耗は少ないし、わざわざ買うほどのアイテムではない。


(もしかして初期設定みたいなのが残ってたのかな?)


 日の目を見なかった分、使いやすいアイテムを揃えるような調整が入っていないと考えるべきか。


 おっと、感慨に浸って目の前の受付嬢を忘れてた。

 けれどさっきから一言も話さないな。


 見れば受付嬢は口を開けて小瓶を見つめたまま硬直していた。


「…………どう、した?」


 予想外の状態に恐る恐る聞いてみる。

 すると受付嬢は口を閉じて睨むように俺を見た。


「すぐに隠してください…………! 部屋を用意いたしますのでどうか…………!」


 潜めた声で早口に言ってくる姿はとても切迫した様子だ。

 俺は半ば受付嬢に引っ張られるように奥へと連れて行かれた。


「どうぞこちらでお待ちを! すぐにギルドマスターをお呼びします!」


 興奮ぎみに受付嬢は告げて、俺を一人部屋に残して行った。

 通されたのはつややかな木材を使った応接室らしい場所だ。

 家具にはクッションなどはないので座り心地はお察しだが、絨毯がどうやら柔らかい。


「つまり、これを見せただけでVIP扱いか、はたまた危険人物扱いか」


 受付嬢の反応は異常だった。

 捨てアイテムでどんな反応をするかと思えば予想以上過ぎて判断に困る。


(ノーライフファクトリーには出ないけど、他の初級ダンジョンだと宝箱とかに出るはずなんだがな。こっちではそんなに珍しい品だったか?)


 悩んでいると廊下に慌ただしい足音が迫り、部屋の前でたっぷり十数える間動かない。


「お待たせした。私がここのギルドマスターを任されています」


 入って来たのは探索者という荒くれを相手にするにはインテリチックな男性だ。

 髪をぴっしり整えてネクタイに似たものをつけてるせいでサラリーマン風。

 もしかしてドアの前で身だしなみを整えていたんだろうか?


 受付嬢も一緒に入って来た。


「それで、薬聖の小瓶をお持ちだとか?」

「薬聖の小瓶? 王国ではこれをそう呼ぶのかな?」


 急いた様子でテーブルを挟んで座るギルドマスターに、俺はあえてゆっくり毒消しを取り出しテーブルに置く。


 ギルドマスターは目を見開いた。

 次には壁際に控えている受付嬢に目を向けると、二人でアイコンタクトの上に頷き合う。


「薬聖、そう言えばこの国には薬聖院という施設があるんだったな。まさか、これはこちらの道徳的には世に出していけないものだっただろうか?」

「共和国からいらしたのでしたな。この小瓶は、かつておられた薬聖が作りだしたとされる薬の劣化がない保存容器としてここでは知られているのですよ」

「ほう、そこに目をつけたか」


 思わず答えると、ギルドマスターがにやりとする。


 ゲームで薬なんかのアイテムに使用期限はない。

 それが現実になったことで、アイテムに付随する瓶に内容物を劣化させないという付加価値がついたのだろう。


「こちらが未開封であることは見ればわかります。この小瓶は色の劣化がない」

「どうやらよくご存じのようだ。もう少し詳しく聞いてみたいな」


 ぶっちゃけこれがどれくらいの価値なのかを説明してほしい。

 その思いで言ったんだが、ギルドマスターは別のことを口にした。


「やれやれ、その装備を纏ってこんなものを持っている方に語ることもないでしょう。私など門前の小僧のようなものだが、それで私の資質を見てくれるのならお答えしましょう」


 どうやら試していると思ったらしい。

 そう思って乗ってくるほどには欲しいと思うべきか。


 資金源として、またプレイヤーがどれだけゲームの物を持ち込んでいるかを計るために今回出してみた。

 あまり一般化はしていないが、知ってる人は知っているという範囲だろうか。

 ダンジョンに行けばいくらでも出てくるはずだが、ダンジョンから遠いと流通しないのかもしれない。


「この小瓶には特別な魔法がかかっております。解明はできていませんが、緑は毒消しですね。この瓶の特徴は、中身を一度出せば瓶の色が灰みがかってしまうこと。これだけ澄んだ色であるのは未開封の証拠に他なりません」

「ほう、見たことがあるようにいうものだ」


 実際ゲームでも特定のジョブでないと見られない変化を言い当てたので驚いた。


 ポルターガイストのような物を投げる能力は、からの容器を投げるスキルもある。

 そのためからであると明示するために、瓶アイテムは効果によって色づけられていた部分が灰色になるように設定されていた。


(一定数投げるとまきびし状態で継続ダメージだったよな。確か商人で生産系も取ってるとからの瓶に新しい薬入れてちょっとだけコスト削減になったような)


 ゲームではリサイクルすれば色は戻る。そういう仕様だった。

 こっちでは色は悪くなるが容器として、保存の効果が残るようだ。

 そして未開封であるという希少性が受付嬢をあれだけ慌てさせたらしい。


「価値がわかっているようで安心した」

「もちろん。ただ、これは何処で? 共和国にあるダンジョンで毒消しは出ないでしょう。先ほどおっしゃったように薬聖院に保管されている物をと言われる可能性もある。こちらとしても出どころを確認せねばならないのです」


 そういうところは拘るのか。


「言えないと言ったら、私は何か罪に問われるか?」

「最悪、何処かの好事家が口を突っ込んで没収でしょうな」

「それは困るな…………偶然手に入れたので、何処から得られた物かは知らないんだ」

「それもまた困りましたな」


 これは買い取りも危ういか?

 …………いや、一つ嘘吐いてもどうにでもなるネタあった。


「致し方ない。…………私が幽閉塔で患者を見たと言ったらこちらの事情を汲んでくれるだろうか?」

「それは、まさか…………!?」

「これ以上は言えない。少々縁があったと言い換えるべきかも知れないな」

「…………なるほど。そういうことですか」


 共和国の内情知られてないはずだが、こいつは何か知ってたのか?


「目立つ格好で腕があるはずなのに探索者となられる。つまりは共和国から追われていらっしゃったんですね」

「そう、言えなくもない。暗殺者を仕かけられるくらいには、共和国にはいられなかった」

「つまりダンジョン行きを希望しているのも、生死を誤魔化すためと。なるほど大変な目に遭われたんですね」

「そう思って、もらって構わない。いや、私の口からは肯定も否定もしないでおこう」


 わかっていると言わんばかりにギルドマスターが頷く。


「でしたらこの取引も公にはいたしません。その分必要な書類へのサインが増えますが」

「構わない。いや、ご厚意痛み入る」


 俺の礼にギルドマスターは微笑んだ。


「実のところ、共和国から逃げた人間が王室由来だと持ち込むことはままありました。ただここまで誤魔化しの利かない貴重品を出す方はいなかったんですよ」

「自らの口を凌げない毒消しを持っていてもな」

「なるほどあなたは医師に相応しく冷静で命の価値を知る方だ。共和国もこんな薬聖を見落とすとは」


 そうして俺は毒消し程度でまさかの金額を手に入れた。


 これならもっといい宿で半年滞在しても…………いや、初志貫徹だ。

 俺の目的は金稼ぎじゃない、ダンジョンなんだ。


毎日更新

次回:王国の金級探索者

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