90話:ペストマスクの探索者
「つまりギルド証を新たに作らなくてはいけないんだな?」
「はい、そのためにまずは実績で実力を計ることをします」
再発行は無理だけれど改めての登録は可能とのこと。
元から持ってないから登録はいい。
けど制度として大丈夫か?
本人確認もないし、できないし。そんな不安から俺はいろいろ聞いてみることにした。
「共和国と国が違うのだから思い込みで昔の感覚を引きずるのもまずいだろう。私のことは初心者だと思って説明を願う」
「慎重派なのですね。探索者としては良い傾向です。ダンジョン攻略を目指していらっしゃるなら必要な素養でしょう」
基本的に探索者ギルドは保険関係と仲介の組合のような組織だった。
探索者にダンジョン攻略の許可を出し、そこでの傷病に対する保険の積立や斡旋を行う。
その中で探索者という実力者を雇いたい人間との仲介業もやり、ダンジョンからの産物の買い付けから卸まで一手に引き受けるようなものだ。
仕事を回すことから探索者ギルドが探索者の元締めのようなこともしていた。
トリーダックのような一般人に襲いかかる奴ばかりでは信用問題にかかわる。
そのため懲罰なんかもギルドの規定に定められており、国とも協力するのだとか。
あとはギルド証に書かれる等級が高いほど依頼に対する貰いが多いとか、同時にその戦力としての采配はギルドに握られるとか。
(保険や年金なんてない世界だとギルドの福利厚生に頼って生きるのも一つの生き方か)
等級は上から金、銀、青銅、鉄、銅、鉛となり、最初は鉛から。
けれど俺は銅か鉄から始められると受付嬢は言った。
「装備に見合う実力ありとなればの話ですが」
「この装備のことを知っているのか?」
驚く俺に受付嬢はちょっと得意げな笑みを浮かべた。
「見せかけだけの装備を着る者はいますし、機能的なので町医者に真似る者もいます。ですが、あなたのお召しものは本物と見ました」
「どうしてわかった?」
本当に驚いた。同時に警戒心も湧く。
言い方からして姿形を似せた偽物ではなく、ちゃんとアイテムとして知っているようだ。
それはつまりこれがゲーム由来の、こちらで言うアーティファクトとわかってのこと。
見分ける方法があるならまずい。
アーティファクトで全身を覆っていては、プレイヤーかエネミーですといってるようなものじゃないか。
「実は、そのペストマスクと呼ばれる装備品は一揃いであると知っていますよ。本来あるべき揃いの姿の神手さまの絵姿を見たことがあるのです」
「シンシュさま…………」
「ご存じのとおり神の手を持つと言われた薬聖です。共和国からいらしたなら王都の薬聖院にはまだ?」
「あ、あぁ、行っていない」
「ではどうぞ、ご覧になられるとよいでしょう。そこでペストマスクについても話が聞けます。ですが、本当に清潔が保たれるのですね」
「なるほど、そこに気づいたのか」
「えぇ」
受付嬢が指摘するのは、NPCが共和国で潜入できなかった理由の一つだ。
やはりゲームの服装はきれいすぎる。
ペストマスクはそれ自体は地味な黒地で厚手の服。
恐ろしさ重視の人外感をかもしており、派手なゲームの装備品を外せばばれにくいと思ったがそうでもないようだ。
「薬聖院か、そちらも興味深い。だが、まずはギルド証について教えてほしい」
「あ、申し訳ありません。はい、ギルド証の発行につきましては、こちらで指定するかもしくは一定以上のレベルの依頼をこなしていただくことになります。それで、お仲間は?」
「いや、いない。私一人で…………」
俺は途中まで言って考える。
ゲームのジョブは基本ソロプレイもできる手段が講じられていた。
けれどこの世界ではどうか?
まず魔法自体がレベル五以上が珍しいそうだ。
英雄と呼ばれるヴァン・クールでもレベル五十のレイスで舐めてはかからなかった。
(一番問題なのはこの世界には、ゲームほどの余裕がないことだ。そして複数ジョブ持ちはごく少数。しかも上級ジョブが生えるほどに鍛えるには命が幾つあっても足りない)
これは彭娘から得たこの世界の常識だ。
王宮という最高峰の人間たちが集まる場所にはもちろん軍の内情なんかも聞こえる。
なのに上級ジョブ持ちはいない。
実践という名の経験値稼ぎが、そもそも探索者のような命がけになるそうだ。
それで言えば薬師は上級ジョブで、俺がそれを名乗ればどうやって鍛えてそのジョブを得たかと追及される。
共和国の王女たちもアルブムルナたちが上位ジョブに就いてることに驚いていた。
ファナは聞いたことのないジョブで上位ジョブとは知らずにいたらしい。
(となると、薬師は上位ジョブ薬聖になる手前だが、それよりも下の神官系や錬金術師系のジョブを名乗ることになるな)
そうなるとソロは無理だ。力が足りない。
サポートタイプのジョブで、しかもこの世界の人間の中に紛れるには上位ジョブの能力は封印しなければいけないんだ。
(いや、すでに俺はアーティファクトを持ってることを知られた。だったらそれっぽい言い訳で押し通すしかない)
そう思ってたら背後から声がかけられた。
「おいおい、薬師の見習いどまりが見栄張るなって」
「希少品着ても素人丸だしなの隠せてないぜ」
「ちょっと、邪魔しないでください」
見れば男の探索者二人で、受付嬢が厳しめに注意する。
「共和国から逃げ出して一人。わざわざギルド証求めるなら金がないんだろ?」
「自衛もできない生産職をただで守ってやる奴はいない。ギルド証自体手に入らないぞ」
「こちらで同行許可を取りつけます。パーティの選考もギルドが行いますので口を挟まないでください」
何やら受付嬢と知らない探索者が揉め出す。
どうやら声をかけて来た探索者は戦闘能力がない俺をパーティに入れてやってもいいと言う話らしい。
金がないからギルドに頼ったと思われたらしいが、それを受付嬢が止めてる。
(つまりはギルドからの評価がよろしくない奴らか。金がないだろうと弱みに付け込むような言い方からして下心は読める)
ゲーム時代にもパーティや依頼でのもめ事はあったし、俺はソロだったけど運営側としてクレーム対応の話なんか聞いてた。
その中に使い勝手のいいジョブやスキルを新人に覚えさせて使い倒す悪質プレイヤーがいたそうだ。
自分たちが楽しむためだけだから、新人は前に出さず機械的に支援をさせるだけ。
思うようにプレイもできない新人は面白くもなく、他のジョブへの転職も協力してもらえずゲームを去ることになる。
そういうプレイヤーがいるとゲーム自体の評判も悪くなり本当に迷惑だった。
運営が動くことと、良心的なプレイヤーたちの集まるクランの啓蒙活動のお蔭で収まったのを覚えている。
(つまり、ここではギルドが動くべき案件で、俺は自分の意思を明示すればいい)
俺は絡んでくる探索者にノーを突きつけようとした。
けれど探索者ギルドの入り口にそいつらの目が向く。
「お困りですか? 私で良ければお力になりますよ。知らない仲ではないのですし」
振り返ると笑顔のヴェノスが俺を見つめていた。
その後ろには驚いた顔のカルトとかいう商人。
探索者はヴェノスのただものではない雰囲気と尻尾に早くも身を引く。
それを見た受付嬢があえて探索者二人を無視して俺に声をかけて来た。
「今は一人でもお知り合いがいらっしゃるなら後からパーティの申請は可能です」
「いや、そういうわけではないんだ」
「すみません、お顔が見えたもので、追い駆けてつい声をかけてしまいました」
俺が返答に困ると、途端にヴェノスが不安げに尻尾を揺らす。
「いや、気にするな。というか、え? 追い駆け…………気づいてたのか?」
「大恩ある方を見間違えるなどあり得ません」
どうやら門のところでヴェノスはペストマスクの俺に気づいていたらしい。
王女相手にしてたし、囲まれてた上に顔まで隠してるのになんでだ?
「あれま、お知り合いですか? 恩とはまたどうしはって?」
「えぇ、一族挙げての大恩がありまして。あの困窮のおり手を差し伸べていただけなければ我々は潰えていたでしょう」
商人のカトルへヴェノスが切実さを交えて答える。
それたぶん大地神がリザードマンの生き残り保護したっていう設定のことだよな?
「いや、そんな大げさな。私はその、できることをしたまででだな」
「あぁ、なるほど。ヴェノスさんが追い駆けるわけですわ」
何故かカトルが俺の言い訳でヴェノスを支持する。
「ただより安いもんはなし。返しきれない恩を置いて行った相手見つけたら、恩返しのチャンス逃がすわけないですよ」
「いや、すでにこちらは十分な働きを貰った。今さら過去の恩を持ち出すなんて」
「それこそこちらも当たり前のことを言っているのです。お役に立てるならどうぞお使いください」
いやいやいや!
お前から離れたかったのに!
っていうか注目の的!
絡んでた奴らももう逃げてるし!
やめろ!
俺は救いを求めて受付嬢に顔を向けた。
「ギルドで選抜したパーティへの同行をするでいいんだな。それを以てギルド証発行になるんだな?」
「お知り合いでしたら今からでもご一緒に登録されて大丈夫ですよ。見るからに上位者ですから、お二人でしたらパーティとしてさらに上を」
「いや、私事を交えるわけにはいかない。実力を見ると言われたならば相応のテストを受けよう」
俺がかたくなに拒否すると、受付嬢は息を吐く。
「なんて高潔な方…………。はい、承りました」
商人のカトルも腕を組んで盛大に頷く。
「ははぁ、なるほど。ヴェノスさんが追い駆けるわけですなぁ。これは恩返しの難しい」
「えぇ、尊敬することも多いのですが、与えられるばかりで申し訳ないのです」
なんか話が分からん方向に転がってないか?
いや、俺は知らないぞ。
ヴェノスとは関わらない方向でダンジョンを目指すんだ。
だってNPCといるとまた問題が起きそうだし。
そんな気がするのは俺の思い込みだろうか?
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