88話:越境商隊とリザードマン
王国の王都にある門の一帯が賑やかだった。
「え、越境商隊がもう着いたのかい?」
「どうしてこんなに早い? 予定では今日の昼だったろう」
そんな声があちらこちらで聞こえる。
越境商隊とは北の帝国との国境を越える商人たちの隊列のこと。
その荷物は遥か亜人種の国々にある港に立ち寄って、帝国まで運ばれる。
そして数を減らしながらもこの王国の王都へと持ち込まれるのだ。
「ねぇ、まさかまた亜人連れて来てるとかないわよね?」
「やだわ。怖いわ。どうして亜人がわざわざ王国に来るのかしら」
「あら、あの人たち紳士的で怖いことなんてないわよ」
「本性隠してるだけよ。騙されるもんですか」
井戸端会議の女性たちもひそひそやっている。
そんな陰口も気にせず越境商隊を迎えるのは王都の商家たちだ。
珍品奇物はいつの世も付加価値がつく。
たとえ敵国の帝国産でも、人間と敵対する亜人の国で作られた物でも、価値があるなら売買するのが商人だ。
王都の商家は自らが後援する商隊が、確かに荷を運んだかを我先にと確認に走った。
そうして始まるのは、門の前に作られた広場での雑多な荷卸し。
けれどそれぞれ邪魔にならないように独自の規律でもって作業に当たっていた。
「カトル! 無事着いたか。ずいぶん早かったが何があった?」
「おや、旦那。わざわざお出でなって、心配くださるとはおおきに」
カトルと呼ばれた越境商隊の一人は独特のなまりのある言葉で細い目をさらに細めて頭を下げる。
日差しの強いところから来たのか日に焼けた肌に、髪は赤みの強い茶髪。
細身で腰が低い様子だが、眼鏡の奥の糸目は計算高そうに細められている。
「何、ちょうどこっちに来る用事があってな。それで、さっき小耳に挟んだんだが盗賊団に襲われたそうじゃないか。馬に無理をさせたんじゃないか?」
商家の者は盗賊から逃げて先を急いだために早く着いたと思ったらしい。
「へぇ、困ったもんですわ。前までおった盗賊団にはいくらか顔利いたんですがね。全く知らん人らぁで、うちの商隊の誰とも交渉できへんかって」
「あぁ、それは国境周辺を帝国の王子の誰かが売名目的で盗賊狩りしたらしい。そこに、王国で村を焼かれた生き残りたちが食うに困って盗賊行為に走って流入したんだ」
「ははぁ、どうりで。腕はないのに引くことも知らんと馬鹿なことを」
「うん? もしや腕の悪い盗賊団から逃げたのではなく、戦ったのか? 荷は無事か?」
王国の商家は馬の次に商品の心配をし出す。
そんなことを正面から言われているカトルは、気にせず頷いて見せた。
「いや、これが運のいいことに帝国で足に困ってたおひとを運ぶいうて、護衛に回ってもろてたんです。そのおひとの強いこと強いこと。逆に賊が弱ぁて、手加減した上で馬鹿なことせんとけと説教までなさって」
「襲われてるのにその余裕か。いや、相当腕の悪い盗賊だったんだな」
「それが、数ばっかりは多かったんですよ。ところが強いおひとってぇのはまるで馬車の裏の敵まで見えてはるんやないかと疑うてまうほど先手先手で被害なしですわ」
「それはすごいな」
王都の商家は半信半疑の様子で答え、馬車周辺を見回す。
馬車はもちろん商隊の何処にも襲撃でついたような傷はないのを確認したようだ。
驚く王都の商家に、カトルが一つの人だかりを指した。
「顔繋ぎましょか?」
「頼む」
そこに件の護衛を引き受けた凄腕がいると知り、商家は即座に頷いた。
「すみません、よろしですか、ヴェノスさん」
人だかりの中で紫色の髪が揺れた。
周囲に片手を上げて断りを入れる美丈夫が、カトルに答えて近寄る。
紫の髪や長身もさることながら、その作り物染みた整った顔も人目を引いた。
身につけた白銀の鎧は胸当てや手甲などの部分的なものだが、決して質は悪くない。
しかし最も人目を引いたのは、その背後に揺れる紫色の尻尾だった。
長く地面に引き摺るほどの尻尾は意思を持って動き宙を揺れる。
尻尾の中央には山型の突起が並び、鱗の凹凸がその分厚い表皮を誇るようだ。
「ド、ラゴ、ニュー、ト…………?」
王都の商家は枯れたような声で言葉を絞り出した。
ドラゴニュートはドラゴンの顔に尻尾を持つ亜人の一族。
顔こそ人間だが、その特徴的な尻尾が既知の亜人と結びつけるには十分だったようだ。
それに対してカトルは声を潜める。
「はっきりとはおっしゃらんのですが、血を引くいうところらしいですわ」
「つまり人間との…………? それが、こう、なるのか?」
商家の困惑の目にヴェノスは苦笑を返す。
その表情に王都の商家は背筋を伸ばしてヴェノスに応じた。
「失礼した。いや、今さら取り繕っても遅いようだ。申し訳ない、実に驚いた。同時になるほど、盗賊を相手に活躍を見せたというのも頷ける威容だ」
「私はお世話になった分の働きをしたまでです。荷を守り、ここまで運んで来たのはカトルどのたちですよ」
物腰柔らかく謙遜するヴェノスには、顔の良さも相まって爽やかな威風がある。
王都の商家は感心したように息を吐いた。
そうしてカトルを挟んでの顔繋ぎで、すっかり王都の商家はヴェノスを気に入ったらしい。
荷物の確認で自家の者に呼ばれるまで話し込むほどだった。
「思ったよりも怖がられずに済んだのは、カトルどののお蔭でしょう。ありがとうございます」
ヴェノスは王都の商家が離れるのを確かめてそう言った。
カトルが事前に活躍を語ったお蔭で好印象なのは確かだろう。
「いやいや、ヴェノスさんの凄みを実際に見て確信したからですよって。あの旦那は、自分で見たものしか信じひん方でしてね」
そう話しているとざわつきが起き、気づいてヴェノスとカトルも目を向ける。
門には越境商隊が馬車から荷を下ろし、商家の者たちが動き回っていた。
それ以外にも荷運びなどの労働者がおり、ただの見物人がおり、辺りの通行を整理する役人と兵士までいる。
それらとまた別に身なりのいい一団が現われたのだ。
「ほう…………! いや、本当にヴェノスさんは持っとりますな」
「おや、帝国から出ることにも困っていた私があなたと出会って王国に来られた以上の幸運が?」
「さいですよ。あの一団の真ん中、あの金髪のお方はきっと音に聞く王国一の美姫。オルヴィア姫です」
「姫? あなたは議長国の出身で、大半は船の上と言っていたはずですが王国の姫とも面識が?」
驚くヴェノスにカトルは笑う。
「まさか、推測ですよ。ほら、お姫さんのマント。あそこに王家の紋章がありますやろ。そんなの着れてお偉い身分の若いお人はオルヴィア姫くらいのもんで」
「あぁ、本当だ。カトルどのは本当に目がいい」
「いやいや、目が良かったらこんなのつけてませんて」
おどけてカトルは眼鏡を上下に動かしてみせた。
そうしていると姫の一団が積み上がった荷の近くを行くのを皆手を止めて見守る。
と言っても高貴な人物からは誰も十分に離れていた。
だというのに突如崩れた荷物の一番上の木箱がオルヴィア目がけて飛ぶ。
響く悲鳴に周囲の兵が駆け出すが遅い。
オルヴィア自身も避けられるような体勢ではなく、目の前に迫った木箱を見てようやく状況を把握するほどだ。
「オルヴィアさまぁ!?」
おつきの女性たちが悲鳴をあげた。
同時に激しい音を立てて木箱が石畳に砕け散る。
そして飛び散る粉塵の中、オルヴィアのドレスの裾が大きく揺れた。
オルヴィアは一人の騎士の腕の中で横抱きにされて守られている。
迫る木箱はオルヴィアに届く前に強靭な尻尾で石畳に叩き伏せられていたのだ。
「失礼、殿下。許可なく触れたこの身の非礼は幾重にもお詫び申し上げます。ですが、あなたに怪我がなくてよかった」
ヴェノスはすぐさまオルヴィアを丁重に降ろして立たせると、手を放して目の前で跪く。
その姿は文句なしの騎士。
けれど背後の尻尾が姫の目をくぎ付けにしていた。
「この、亜人が!」
兵が慌ててヴェノスを打ち据えようと手にしていた槍を振り上げる。
その様子にオルヴィアが強い声を上げた。
「おやめなさい! この方は私を助けてくださったのです! 私の名において、このドラゴニュートの無礼は不問にいたします。どうぞ、お立ちなさい」
王女の許しに兵も退くしかないが、警護に回っていた者たちはヴェノスを敵でも見るように睨み、おつきの女性たちも怯えた目を向ける。
その様子を見て取ったオルヴィアは、自らが身に着けていた金のネックレスを外すとヴェノスに差し出した。
「種を越えたあなたの友愛に感謝を」
「ありがたく」
ヴェノスはまた跪いてネックレスを受け取る。
それを見届けてオルヴィアは護衛たちを引きはがすような勢いでその場を去って行った。
オルヴィアが見えなくなってから、カトルを筆頭に越境商隊が駆け寄る。
「なんや、あの人ら! お姫さんももうちょっとあってもええんちゃうの? 駄賃渡すみたいに」
「カトルどの、あちらにもお立場があるのでしょう。それに、私たちは、どうやら女性には恐ろしい類のようなので致し方ないかと」
「確かに爬虫類苦手なんはおるけども」
カトル以外もヴェノスへの対応に怒る者たちがいる。
ヴェノスは笑顔でそうした人間たちを宥めに回った。
「…………うっわ…………」
一部始終を見ていた俺はあまりに目立つヴェノスに対してそんな言葉しか浮かばない。
なんだこの、なんていうか、この…………主人公感?
なんかきらきらしくて近づけない。
ヴェノスと合流するといい訳にして一人、大地神の大陸から出て来たのに、近づきたくない。
あんなのに神扱いされてる俺って、絶対相当な傑物風に振る舞わないといけない。
「無理無理無理無理…………触らんとこ」
俺はそう呟いて、王都の中央部へと足を向けたのだった。
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