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9話:レア敵

 俺は私室から出て広間へむかった。

 案内はこの城を縄張りにするスタファの配下、スライム状の犬。

 これで高度な知能を持っている上に、神の孫世代に当たるエネミーという設定をつけていた。


(スライムを雑魚とは言わせない! くらいの意気込みでつけた設定だったな)


 結果、ゲーム性能として回避と必中のスキルを持つという厄介極まりないエネミーになった。

 制作側としてはベータ版の阿鼻叫喚は楽しませてもらったものの、正直そこまでのスペックいらなかったと思う。


「大神をもてなすにはあまりにも質素に過ぎますが、どうかご容赦を。至らず不足がありましたらどうぞお呼びつけくださいませ」


 すごくしたてに出て来る犬型スライム。

 最初からある風神の大陸にも高レアとして現れるが、遭遇報告は大抵文句のオンパレードだ。

 ただ、テイマーのプレイヤーの中からこのスライムハウンドをテイムできた者が現われたことで一気に人気になっている。


 スライム状の体色から『青いわんわん』の愛称で呼ばれていたと知れば、この生真面目そうなスライムハウンドはどんな反応を示すだろう?


「ふふ」

「いかがいたしました?」

「この大陸の外ではお前たちは随分人気で取り合いが起きていたのを思い出してな」

「下等な人間如きが我々の力を欲する意義は見いだせますが、人間などに取り合われるなど恥以外の何ものでもないですな」


 素で言ってるな、これ。

 ゲームでは喋らなくて正解だ。


(けど俺、こんな気位高い感じの設定考えたっけ? やっぱり全部は思い出せないな)


 広間でスライムハウンドと会話を続け時間を潰していると、廊下の向こうから激しい物音が聞こえた。

 スライムハウンドも気づいて、扉に控えていた他のスライムハウンドに見に行くよう指示を出す。

 スライムハウンドが扉を開けた途端、先を争ってイブとチェルヴァが飛び込んで来た。


「ちょっと! 重いんだけど、おばさん!?」

「おほほほ! 速度はあなたが勝っていることなど百も承知。これも戦略でしてよ」


 蝙蝠の羽根で飛ぶイブの腰に、チェルヴァがしがみついてる…………。

 そして扉の前にいたスライムハウンドたちを巻き込んで墜落した。


 前見ないから…………。


「よし! 俺がいちば…………んぁあああ!?」


 イブとチェルヴァの後から現れたアルブムルナは突然吹き飛ぶ。

 するとその後ろからドロップキックで飛んで来たティダが、俺の前に華麗に着地を決めた。


 しかもそのティダは自分よりも大きなバトルアックスを血に染めて担いでる。


「ふふーん! あたしが一番乗りだって言ったでしょ」

「あなたたち!? 私の城でドタバタと!」


 まだ廊下のほうにいるスタファは、必死に走りながらも叱りつけた。


(そういえばスタファは本性が重量級だから速度は遅い設定だったな)


 いや、今はそうじゃなくてだ。


「俺はいったい何を見せられているんだ?」

「お命じいただければたとえボス級の方々とて我ら一族の全力を持ちまして排除させていただきますが?」


 スライムハウンドが淡々と本気を滲ませる。


(できるか? いや、こいつら独自に転移ができるし、独自の文化圏を持つ独立した種族だ。スタファの部下と言えど、ここではない本拠には一国分の仲間がいる設定だった)


 将軍称号を持つティダでも、ゲームの設定にはないスライムハウンドの無限湧きができるならあるいは。


「いや、見てみたい気もするが今は私の興味を優先すべきではないだろう。ティダ、その姿はどうした?」

「はい! 見たことない巨人が地下にいたんでぶっ殺して来ました!」


 うえー?

 褐色美少女が笑顔で何言ってくれてんの?

 美少女設定が裸足で逃げ出すぞ!


「なんだよ、侵入者がいたのか? 浜や港町回っても何もなかったのに、こっちは外れか」


 アルブムルナは床に座り込んで不平を漏らす。


「それでその巨人は持ってきたの?」

「え? 肉塊にしたよ」


 ようやく広間にやって来たスタファが聞くと、ティダは悪びれなく猟奇的な答えを返した。

 そこにイブを抑えつけるようにして立ち上がったチェルヴァがさらに聞く。


「ではどのような姿形をしていて、どのような能力だったかをおっしゃい」

「体毛が薄くて腕二本の見たことない奴。能力とか倒したから知らないよ」


 ティダはまたも簡潔に答えた。

 それにはイブもさすがに呆れる。


「あなた本当に考えなしね。それちゃんと敵だったの? たまに突然変異で生まれて来る地下の巨人の亜種だったんじゃんない?」

「そんなことある? あたしが行った時にはもう他の仲間と戦闘になってたし」


 きっとその最初に目撃した仲間も連れてきてはいないんだろう。


 俺は思わずため息って、息出るのかこの体?

 あ、でもみんな反応したからそれっぽい動きか何かはできたはずだ。


 俺の溜め息に、あっけらかんとしていたティダの顔色も変わった。


「え、まさか、あたし…………やっちゃった?」

「実に残念だ、ティダ」


 肯定するとティダはバトルアックスを取り落とす。

 重量に合わせた轟音だ。

 カランとかじゃない、ドゴンって。


「え、え、ご、ごめんなさい! すぐに肉塊も骨も血の染みた土も全部回収して!」

「何もするな、ティダ」

「ひ…………は、い…………」


 俺が視覚の暴力を回避すると、ティダはあからさまに項垂れる。

 快活で傲慢さも垣間見えていたダークドワーフの将軍が見る影もない。


「神よ、我々が参りましょう」

「許可する。改めて言う必要もないだろうが、聞き取りもしてくるように。任せたぞ、スライムハウンド」

「御意のままに」


 執事っぽく控えてたスライムハウンドが、イブとチェルヴァに巻き込まれたスライムハウンドに顎を向ける。

 するとそっちのスライムハウンドは瞬く間に消えた。


(あ、そう言えばこいつらの転移って臭いでわかるって設定にしてたんだった。うわ、なんかホルマリンとかの刺激臭に似てるな)


 どんな臭いなんて明確に設定した覚えはないのに、こういうところはちゃんとしている。

 ゲームではテイムしたエネミーが反応したり、狩人や薬師と言った臭いに反応しそうなジョブが察知できる仕様だった。


 そうしないと突然背後に回る必中持ちのスライムハウンドが強敵過ぎたんだ。


(っていうか、手下を無言で動かせるってなんかできる男っぽいな。このスライムハウンド、使える)


 俺がそんな確信を持っている内に、アルブムルナがスカートを直して立ち上がるイブに顔を向けた。


「いきなり地下に現れたなんてあり得るのか? 浜のほうから侵入者がいた形跡はなかったぜ。イブのほうに異変の報告は?」

「わ、私は、城から派遣したナイトデビルは異常なしと言っていたことしか。砦を通って侵入したなら見てるはず、だけど…………」


 巨人相手なら確かに砦のエネミーが見てないほうがおかしいか。

 いや、逆に何故地下にいたという話でもある。


(そう言えばイブが巨人の亜種ではないかと言ってたが)


 地下には四腕のヘカトンケイルというエネミーがポップする。

 これも地下の住人で一種族として大地神を崇めており、ティダの配下に当たる。

 大陸北の山脈には一つ目のサイクロプスがいるが、そっちが何かしらの理由で地下に移動したならわかるはずだ。


「見たことがないと言ったな? ティダ、その巨人の目の数は幾つだった?」

「二つ、でした。だから、サイクロプスじゃないと思って…………」


 ここに出て来るはずのない巨人だから敵として倒したらしい。

 だが初めて見たとはどういうことだ?


 設定上、外見の違うレア敵がポップする仕様だ。

 地下はヘカトンケイルの亜種で二本腕に見える巨人が出て来る。

 実は見えない腕が生えており、暗闇に対応したプレイヤーにも不意打ちを食らわせる設定なんだが。


(…………あり得るのか? いや、そもそもこれが初めてのプレイということか)


 今までティダたちはゲームに登場しなかった。

 発見されずに終わったマップなのだから、プレイヤーが来て初めて初期位置が変わる。


 そして最初が俺であり、その後の調べで知らない巨人が現われた。

 ゲーム設定のレア湧きが今初めて起こったのだとしたら、レア敵の出現もティダにとって初めてのこと。


「考えられる可能性がいくつかある以上、これは報告を待つ必要があるか」

「何か問題がございましたか?」


 やってきたヴェノスが広間を見回して聞く。

 後ろにはグランディオンとネフもいた。

 しょげかえってるティダに、三人とも驚きを浮かべる。


(NPCも把握していない事態か。その点で言えば製作者として知ってる俺のほうが異変はわかるかもしれないな)


 では今すべきはやはり情報の突き合わせだろう。


「ネフ、高原に異変はなかったか? 見慣れないエネミーが出たりは?」

「いいえ、そのようなことは。霧を晴らした竜巻に驚いて家畜が一体逃げ出したという報告程度です。とは言え広大な土地ですから、獣人たちを高原の巡回に出し探っております」

「つまりお前は高原にいなくても大丈夫だな」


 俺の言葉に応じてネフが進み出て片膝をつく。

 しょげてるティダをアルブムルナとイブが引き摺って退かせた。


「外周を見て回れ。地形の把握と生命の確認を行え。交戦、交流は禁じる。追って調査すべき対象を見つけたならば…………スライムハウンド」

「は、我が一族ならば臭いを追えます」

「よろしい、ネフに一人つけろ」


 俺の命令にスタファが進み出る。

 そう言えばここスタファの持ち場だ。

 勝手して怒ってるか?


「でしたらどうか、スカイウォームドラゴンも同行を。かのものたちの不可視化が役立つことでしょう」

「あ、あの、あの! 僕も、臭い、追えます!」


 真っ赤になって勇気を振り絞るようにグランディオンが言うけど、防御がなぁ。

 それにスライムハウンドや小型竜のスカイウォームドラゴンはポップするエネミー。

 エリアボスを投入して損失になる恐れより軽微な被害だという人選だった。


「いや、グランディオンは森の者たちを纏めるという、お前にしかできないことがある」

「…………! はい、が、頑張ります!」


 勢い込んで返事と同時に尻尾が激しく揺れる。


(和んでる場合じゃないな。ネフ、お前はティダよりも使える報告くれよ)


 俺は出て行くネフに代わって進み出たアルブムルナのマッシュルームヘアを見下ろして願った。


一日二回更新

次回:ゲームを越えた運用

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