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87話:オルヴィア・フェミニエール・ラヴィニエ

他視点

 王国にある最も高い建物は王城にある尖塔だ。

 その尖塔を眺める一角は王族の住まい。


 私は王女として生まれ、この部屋を与えられてから住み続けている。

 もっとも慣れた部屋での気を抜けるひと時を過ごすこともあるけれど、今は緊張状態で耳を傾けていた。


「本人の言うとおり人買いの手を転々していたようです。また持ち出した伝家の宝物を狙われ、命を脅かされていたという話は、信じがたいことに本当のようです。実際に何者かに襲撃され死んだ人買いもおり、国内に入ったのも長くてこの半年の間となれば絞り込めず。もはや国外でどのような身分であったかは調べようもありません」

「そう、良く調べてくれました。そんなに気落ちしないで。これでより、疑惑は深まったわ」

「それは、どういうことでございましょう? オルヴィアさま?」


 私に報告していた侍従が驚く。


 本人としては真剣にホージョーという異分子の捜査をしたけれど、ホージョーの真偽の知れない身の上話を否定する要素はなかったという情けない報告のつもりなのでしょう。

 確実なことと言えば、この数カ月の間にホージョーが王城での振る舞いだけ。


 けれど否定する情報がなくとも確定することはある。


「それだけ国内でも隠し通しているのなら、やはり裏があるのです。きっと国外で探っても同じこと。やはり王城でのさばらせるわけにはいかないとわかりました」


 ホージョーは突然現れ、今もその勢力を拡大している。

 有力貴族の妾にしても王城に出入りするなど普通ではなく、けれど当たり前のように振る舞って周囲を煙にまく。

 その服装、その地位、その美貌の全てが異様なのに受け入れられ、もてはやされた。


 それを可能にしたのはホージョーの卓抜した人心掌握術。

 誰が何を望むか、何を悩むかを見抜いて懐に入り込む。


(もっとも入り込まれた一人が実母の王妃殿下であるなんて…………)


 もっと悪いことにはそのために継嗣争いが激化している。

 王国に波風を立てるために入り込んだと思うほどに、目に見えての変化だ。


 今までは第三王子であるアジュール兄上の周囲が騒ぐだけで、アジュール兄上もルージス兄上の優秀さを知っているからこそ敵わぬと動かなかった。

 ところがホージョーが王妃殿下に近づいてから流れが変わっている。


「やはりホージョーは王妃さまを煽って第三王子の王位を狙っているのでしょうか?」


 侍従が確証を求めるように問うと、気配を殺していた侍女たちも緊張するのを肌で感じた。

 私を慕い、力を尽くすと誓った者たちの縋るような目が見なくてもわかる。


 けれど答えることはできない。


(裏はある。けれどそうと知っても私には継承争いに横やりを入れられるような立場にない。この顔かたちを王家の花などとたとえられても、結局は他人の手で花瓶に移し替えられるだけの身の上)


 上二人の姉はすでに政略結婚を済ませており、次は私だ。

 帝国の侵攻や周辺国の乱れで国内の有力者と絞り込んでいたものの、そこに来て継承争いで嫁ぎ先の選定は後回しにされている。


 国内を揺るがす帝国の差し金だとしても、問題は王国内部にその思惑に乗ってしまう者がいることだ。


「継承争いを煽るという形容が適う者は、陛下と王妃殿下でしょう」

「それは…………!」

「不敬故に、今の言葉は忘れなさい」

「は、申し訳ございません。弁えのないことを口にしてしまい」


 侍従は後悔を滲ませて頭を下げる。


 国王の過ちというよりも、外から来た得体のしれない女に原因を求めたかったのだろう。

 けれど実際煽ったのは陛下方であるのは事実。

 今までのように愛顧するのはアジュール兄上。

 けれど国の未来を任せるために信任するのはルージス兄上と線引きをしたままだったらよかったのに。


 その線引きをホージョーが言葉巧みに越えさせてしまった。

 そして母に引き摺られて父も、国王という公の立場を後に回してしまったのだ。


「…………原因で言えば、ホージョーではあるのです。ですが、その思惑と目的が知りたいところですけれど」

「それは帝国の侵攻の一手では? 戦争を仕掛けて国内の混乱に乗じ不和を撒くホージョーを差し向けた。そうすれば派閥によって足並みが崩れ王国を倒しやすくなると」

「いいえ、すでに北の将軍方は中央の継承争いに否を突きつけています。そして軍に最も声の届きやすいのはフラウス兄上。狙う場所が違うのです」


 フラウス兄上のほうには警告を発したけれど、近づく者はいないとのこと。

 狙いはやはり継承権に手が届く二人の兄なのでしょう。


「オルヴィアさまがいち早くフラウス殿下を継承争いから逃がしたお蔭でしょう」


 侍従の言葉を肯定する気にはならない。

 その狙いがなかったとは言えないけれど、当時の私はどっちつかずだったのだから。


 実際今も迷っている。

 両親の暴走が原因なのだから、打つ手はある。

 フラウス兄上を呼び戻して自らと共にルージス兄上の側へ行くよう助言するのだ。

 そうすれば排除対象は二人で愛娘もいるとなれば、陛下も下手には動けなくなる。


(ただそれをすると埋めがたい溝ができる。王家こそ手を取り合って対処しなければいけない時に。帝国は継承争いで内部が分裂している。そんな悪い例が目の前にあるのに)


 けれどこの考えは甘い。

 私が動けば兄上方が気づかないはずはないのだから、アジュール兄上には怨まれる。

 ルージス兄上も己こそが主導せねばならないところで暗躍した私を警戒するだろう。


 すでに両者には争う愚を説いた。

 けれどどちらも相手より自らが優れていると思い、引くことは劣ると認めるようなものだと思っている。

 これはもう理屈や道理の問題ではない、プライドだ。


「オルヴィアさま、お茶をお持ちいたしました。どうぞ、麗しいお顔から憂いが晴れますよう」


 侍女が私を心配して美しく花を描いたカップを差し出す。


「ありがとう。ではミルクたっぷりで甘くしてくれるかしら?」


 笑みを浮かべてみせ、お茶を一口いただいた。


「あぁ、美味しい。思いやりを感じる優しい味だわ。根を詰めすぎては駄目ね」


 私は切り替えるように微笑み、侍従へ向き直る。


「ホージョーを調べるのは今回で終わりにしなさい。帝国と決めてかかっては国内勢力であった場合足元をすくわれます」

「確かに。ホージョーの王城での立ち回りは、事前に勢力図を知っていたような…………」

「そう。そして帝国には神聖連邦がついています。周辺の侵略に対して難民は受け入れつつも非難はせず、教会に救援物資と言って送るそれは、確実に帝国国内の物資として扱われているのです」

「教会が、敵だとおっしゃるのですか?」

「いいえ、教会は同じ国の者。けれど神聖連邦は一つの別の国です。国の一番の正義は存続。どんなに教会で同じ人類同士手を取り合えと説いても、神聖連邦という国はその国土に帝国の爪牙が届くようになるまで己の国を危険にさらすような果敢な行動は起こさないでしょう」

「で、では、公国が同じ敵を抱える同志として共に訴えれば」


 味方が欲しい侍従の心情はわかるけれど、私は首を横にふる。


「さすがに小王国を挟んだ国は遠すぎます。そして公国は山間の国。駐留基地として神聖連邦が整えるにも時間が足りません。その間に帝国は王国を落としてより安定を目指すことでしょう」


 王国に手を貸してくれる国はもうない。


 せっかく紅茶を入れてくれたのに室内の雰囲気は暗いままだ。


(負けると確定したわけではない。帝国は国内に問題が多い。継承争い以外にも併呑した国土の内には反抗勢力がいる。それら後回しにしての領土拡大の綻びは近く顕在化する)


 今まで良く持ったほうだ。

 それこそ皇帝のギフトがなければ無理だった。

 けれど拡大した領土の問題はもはや一人のカリスマでは支えきれない。


(一つきっかけがあれば。我が国の英雄ヴァン・クールを旗頭にすれば決して帝国相手に士気は落ちない。なのに、どうしてこんな時に自滅の道を…………)


 その英雄を中央へ引きはがし、その上継承争いなどという国内での団結を崩す。


 帝国が乱れた時はその濁流にのまれないよう耐えなければいけないのに。


「…………オルヴィアさまが男児であったなら」


 侍女の内から漏らされた言葉に、私はそれまで何とか浮かべていた微笑みを取り落とす。


「も、申し訳ございません!」

「…………いいえ、いいのよ。その言葉、いっそ聞き飽きてしまったかもしれないわ」


 父にも言われた、母にも言われた、私と親しくなった者は誰でも言うのだ。


『男であったなら、その才知を生かす場もあっただろうに』と。


 私はいずれ王家を離れる。

 そして国と婚家を繋ぐ架け橋になり、夫となる者を国のために盛り立て、決して自らが前に出てはいけない。


(兄上方と違って…………そう言えば、ルージス兄上とアジュール兄上は私に同じことを言っていた。不愛想な切れ者と社交的な洒落者。違うようでいて実は似た者同士なのかもしれない)


 だから相いれないのね。


 私を、『女で良かった』とお二人は言った。

 それは、自分と並ぶ可能性がある者が、いずれ王家を去るから。

 そして私もまた、陛下と王妃殿下に寵愛される存在であるから。


「…………でも、国政に口を出すことは許されない」


 思わず漏れたその言葉に侍従も侍女も嘆息を押し込めるように唇を噛む。


「今のも忘れてちょうだい」


 誤魔化しにもならないことを命じて、私はお茶をティースプーンでかき回す。


(不安が消えない。我が国をこうしてティースプーンでかき回す、誰かの存在を疑ってしまう)


 才知溢れるホージョー個人ではない。

 思うままに振る舞っているようでいて我欲がないホージョーは、誰かが裏にいる優秀な工作員という印象だ。


(神聖連邦の闇に隠れた諜報機関なんて考え過ぎかしら)


 お茶と一緒に妄想染みた考えを飲み込む。

 そこにノックがあった。


「オルヴィアさま、お時間にございます。お着替えをお持ちいたしました」

「あら、もうそんな時間かしら。…………監視は続けて。けれどホージョーに近づきすぎては駄目よ」


 侍従に指示を出し、部屋を片付けさせる。

 そして私は以前から予定していた視察のための着替えに席を立ったのだった。


毎日更新

次回:越境商隊とリザードマン

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