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86話:ヴェノス・ヴィオーラス

他視点

 湖の城のホールから、私はマントに汚れがないことを確認して神のおられる書斎へ向かう。

 階段を登りつつ身だしなみを今一度確認するが、騎士としてふさわしい今の装いが無様に汚れたことなどなかった。


 ただそれでも神が我が騎士と呼ぶにふさわしいようにありたいのだ。


 そう思っていると階段を上がった先の廊下に小さな人影を見つける。


「ティダ、君も大神にご挨拶かな?」

「あ、ヴェノス。そうそう、レジスタンスの様子見にね。あーあ! あたしもここに部屋欲しいな。いちいち外の光に目をつぶって移動するの面倒なんだよ。ここからなら羊獣人のとこも近いのに」


 ティダは奔放な様子で頭の後ろに手を組んで嘆く。

 発言だけを切り取れば子供のようだが、ダークドワーフの割に長身で将軍としての能力も高い。

 逆を言えばだからこそ人間の子供に近い外見になっているとも言えた。


「君は地下をエリアとしている。ここにいることのほうが不便だろうからね」

「それよりも、スタファだよ、スタファ。もう、いっつも今日は大神がどうなさった、こう言われたって自慢ばっかり!」

「確かにそれは私も聞くね。ただ、自慢したくなるのもわかる」


 神の偉大をその近くで日々見るのだから、羨ましい限りだ。

 思えばこの城に長くおられるのは、スタファが司祭として召喚を主導した故か、その後に上手くやったからか。


 機会があれば私も神のお役にたち、功績を上げてお側近くに侍ることを許していただきたい。

 そのための考えを持って今日は参上したわけだが。


「ま、チェルヴァの所の宝石城よりこっち選んだのはさすがだよね。あっち守りにはいいけどその分行き来しにくいし伝達にも難がある。ここなら守るにも攻めるにも動ける。それがわからずに騒ぐチェルヴァと、言い返すスタファの面倒な喧嘩に行き会っちゃうこともあるんだけど」

「それは災難だ。あぁ、私にも覚えがある。神を前に己の欲を優先するなど、小神や司祭と言えど弁えを忘れてしまっていた」


 あの時の神は寛大であられた。

 私は命じられれば命を賭して止めるつもりで様子を見ていたのだ。


 けれど神は止められもせずただ眺めていた。

 あれはもしや、楽しんでいたのだろうか?

 小なりとは言え神と、己を絶対視する司祭の喧嘩を?

 私のような小物からすれば耳障りなことと思っても、大神からすれば小鳥の囀りのように楽しめる余興だったのか。

 大神ともなれば、そこになにがしかの情緒を感じることもあるかもしれない。


「ヴェノスもかりかりしないで。せっかくすごく優しい大神の側面がおいでになってるんだから。ここは盛大に甘えようよ」

「君は、よくよく不敬なのか心底無邪気なのかわからないことを言うな」

「そう? 神の垂れてくださる慈悲を満身に受けることは不敬かな?」

「お役立ちするという使命感が薄いのかもしれないね」

「うーん、そこはあたしとヴェノスの信仰の違いだと思うよ。だってあたし、最初から大地神の信徒の一族だもん。死ねと命じられれば死ぬし、大地神その御方が望まれるなら抗ったり疑問を覚えたりするだけ無駄だし」


 漫然と大神という存在を仰ぎ見て日々を生きる姿は、確かに違う。


 私たちリザードマンは始祖神を崇めていた。

 けれど始祖神を失い迷ったところを大神に庇護され、それに報いようという気が強い。


 生まれた時からの信仰ではなく、新たな神との距離の取り方を模索している。


「では、それで言うと私と同じなのはグランディオンかな。スタファやアルブムルナはティダと同じだろうか?」

「あ、それも違うね。グランディオンはきっとヴェノスほど難しく考えてないよ。褒められたいし相手してほしいくらいの全力のかまってちゃん」

「おやおや」

「けどスタファは一族の信奉する神を召喚するなんて使命負ったからこそ自分で独占したいひと。アルブムルナは一族の中ではイレギュラーで、その在り方を評価してくださった大神に個人で評価してほしい恰好つけ」


 ティダは思いつくままに語る。

 けれどそれが外れてもいないと思えるのだ。


「では、神たる女神どのは?」


 ティダの意見を聞きたくて、私は少々不敬なことを質問してみた。


「あれはもう別の生き物だからな。それで言えばきっと同じなのはイブとネフだよ。あの三人って、実は大神のこと自分たちと同じ目線の存在だと思ってるんだよね」

「同じ目線…………つまり、仰ぎ見てはいないと?」

「そんな感じ。だからあの三人は大神にお願いすることになんのためらいもないでしょ。あ、イブはちょっとあれだけど。イブのあれって、やっぱり一人海上砦にいたからコミュ障になっちゃったのかな?」

「私の口からはなんとも、ね」


 ただ、少なくともイブだけは大神と同じ段階にいる。

 この地の最初と最後の守りはイブだ。

 そう、大神自らが決められた。


 その大役を任せてもらえるなら、波音しかしない海上砦の孤独も誇らしいのではないだろうか。


「ま、あたしはヴェノスたちほどじっとりした信仰じゃないって話ね。信仰してないとか崇拝してないなんて変な誤解はしないでよ」

「承知いたしました、将軍どの」

「うむ、よろしい」


 私のおふざけに乗って、ティダは笑顔で胸を張る。

 その腕から放たれる攻撃は凶器であるのに、その姿は微笑ましい。

 同時にこれも神の愛を満身に受ける故かと納得してしまう。


 最初からならあるがままで神に認められているのだから、私のようにどうお役に立つかなど考えないのだ。

 己のできることこそが神のお望みと疑わない自信は信仰に直結している。


 そんなティダと書斎の前に辿り着いた。

 やはり計画を了承いただき私の信仰の在り方を確立しようと、そう思えた。


「ティダとヴェノスか。挨拶など気にするな」


 神が優しいお言葉をくださるのに対して、ティダが無邪気に返す。


「大神の御尊顔を拝す機会は逃せません」

「顔、ないぞ? いや、あったほうがいいか?」


 神のご冗談は少々わかりづらい。

 けれどその顔の形を作れるマジックアイテムにご執心らしいと聞く。


 つまりはまだ人の間に紛れる策が欲しいのだ。

 どのような深遠なお考えかは推量するほかないが、求められるのならばやはり私も大神のお力になるため動くべきだろう。


「神よ、今日はご相談があってまいりました」


 私の言葉に神は夜空の煌めく星を瞬かせるように動く。


「それは本当に私でいいのか? 良き知者を招いて相談をすべきではないか?」

「あ、これは失礼いたしました。我が計画にご許可をいただきたく、提案があるのです」

「ほう、自ら提案とは。よし、聞こう」


 何処か満足そうに神はお許しくださった。


 思い出してみればこの方が私たちの申し出を断ることなどほとんどない。

 禁じることは先に禁じてやれとお命じになるのだ。

 ティダたちもその力を試すようにレジスタンスを鍛えて自らの部下を配置しての活動。

 まるで駒を使ったゲームのようだと思った。


 もしかしたら、神はそのように我々の動きを高みから見ているのかも知れない。

 だとすれば、完璧な盤面に飽いているからこそ、私の提案に興味を持たれたのだろうか。

 もちろん決まれば最後には満足をえられるが、定石は必勝ゆえに面白みがない。

 大神は完璧ゆえに不完全な人間たちの狂態を楽しむところがあられるのだから。


「王国に視察に向かいたいのです。私の外界での活動への許可をお願いいたします」


 神が沈黙する様子は、驚いているようにも吟味しているようにも見える。


「それは神が禁じたのを忘れたのかしら?」


 神からの返答の前にスタファが私を責めるように見た。


「もちろん覚えているからこその許可申請だよ。君こそ神のご意志を汲まなければ。あの時点での禁じられた理由は異世界であること、人間が主流であること、外部での活動に不如意が多いこと。では今は?」


 聞けば、白い肌の知者は不服そうに唇を尖らせる。


「確かにあなたの騎士の一部が王国にいるわね。そして衣食住を安定させているし、ドラゴニュートという種に似ていることで王国での活動も問題はないわ」

「そう。ただどうやら実物のドラゴニュートを見た人間の反応から察するにリザードマンはやはり違うようだ」

「そうなのか?」


 神が初めて聞いたと言わんばかりに問い返す。

 報告は上げているはずだが、いやそうか。

 私が出張らなければいけないほどの違いと誤解させてしまったのだ。


「少々違うようだという話です。大枠では似ているそうですし、リザードマンをこの世界の種族で言うならばやはり誰もがドラゴニュートと称します」

「ふむ、それで?」


 先を促す大神のこれは脈ありか?


「ドラゴニュートとはライカンスロープ帝国の北に浮く島で建国しており、亜人たちはもちろん、帝国とも一部交易をおこなっているのです。帝国経由で王国にも商人がドラゴニュートの物品を入れており、その伝手を使おうと考えています」

「ほう、何か面白い物はあるだろうか」

「すでに拠点はあるのでそろそろ人間とのやりとりを本格化します。すでに良い商人には目をつけており、神が望まれるのであれば異界の珍品を求めましょう」

「はは、なんだ。きちんと目星もついているのか。うむ、では良いだろう。ヴェノス、まず無事戻ることが第一条件だ。そして成果をしめせ。彭娘とも連携を取れ」

「はは!」


 全く、許可を取りつけたのにしてやられた気分だ。

 彭娘が今、大事な時とわかっている。

 同時に大事だからこそ王宮から離れられず動けない。

 それを補うことを許可を得る一押ししようかと思っていたのに、先に読まれていたらしい。


「いいなー、外。あたしも行きたい」

「君はドワーフがいるのだからここを出ると危険はいや増すよ」


 ティダのダークドワーフはドワーフと反目する種族だ。

 遅れを取るとは思えないが相手は国。

 それで言えばティダを外に出さずにいるのは正しい判断だろう。


 まだ国を相手するには早い。

 密かに、着実に、地と闇を這う蛇のような静かな狡猾さが必要だ。


 その先兵たる立場をもぎ取れたことが、今は一つ神に近づく成果となるだろう。


毎日更新

次回:オルヴィア・フェミニエール・ラヴィニエ

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