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82話:ファーヴニル

他視点

 我は誇り高きドラゴン。

 かつて人間は我をファーヴニルと呼んで狩り取ろうとした。


 我をそう呼ぶ人間たちと戦い、時には敗走し、時には食いちぎり…………そうして同じドラゴンたちは数を減らしている。

 踏み潰せば終わりの弱小、矮小、個など認識する必要も記憶する道理もない。

 そう思っていた我らの驕りだけが衰退の原因とは言えない。

 同じように知者を語る臆病な巨人たちも、狩りの対象となって数を減らしたのだから。


 つまりは突如異界から現れるようになった、種類の違う人間がおかしかったのだ。


「ぐぅ!? 治外の者どもが!」

「ねぇ、尻尾切り落としていいかなぁ?」


 人間よりもさらに小さな黒い子供が、我が声などそよ風も同じと言わんばかりに無視をしてくれる。

 これこそが異界からの闖入者である証に他ならない。

 我が声に生ある者は撃ち震え、己の命の終わりを悟り涙する。

 それがかつての常識であった。


 だというのに、肌の黒い子供を相手に頭に角をつけた白い人間に似た何かが軽口を叩く。


「確かに邪魔だけど神に捧げるのに不格好にするなよ、ティダ」

「動かないようにするだけのつもりだったのに、あなたもさっき足折ったでしょ、アルブムルナ」


 羽根の生えたこれもまた人間に似ているが違う何かが、我が身を痛めつけながら散歩でもするような気軽さで言葉を交わす。

 これらは人間ではない。

 元よりこの世界に生まれた人間とも違えば、異界より現われた人間とも違う。


 亜人。

 人間どもがそう呼ぶ異界の者ども。

 だがそれとも違う気がするのは何故だ?


 今までに見た亜人と同じだと思えるのは、忌々しい蛇の尾を持つ紫の者だけ。

 そいつは蛇と同じくこの山脈の冷気にやられて動きが鈍いが、それでも動き回っているだけ奴らとは違うと思われた。


「ぐぅぉぉおお! 足の一本奪った程度で舐めるな! 我が威を知れ!」

「そうして当たりに来てくださるなら外さないのだけどね」


 尻尾での薙ぎ払いを、紫の蛇もどきが槍を構えて笑った。

 私の尻尾を叩き返すその衝撃たるやすさまじい。


 奴らが見上げるしかない我が身が押し負けてしまうとは!


(なんたる屈辱!)


 住処を追われ、治外の気の狂った殺戮狂の人間が時と共に潰えたと思ったら蛇が現われた。

 我らが支配していた島を奪い取り、祖神などと言って手足もない蛇などをありがたがる愚物ども。


 敗走の屈辱を耐え、東にある他のドラゴンの住処へ向かったが、我は辿りつけず。

 ここで妻子と再起をかけて雌伏するしかなかった永き時を無為に落とすのか!


 思えばおかしなスケルトンを見た時から嫌な予感はあった。

 我がブレスを浴びて消えずに逃げて行ったのだ。

 普通ではないとわかっていたのに。


(だからこうして我自ら見回りをし警戒した。予感は当たっていた。だが、何故、スケルトンどころか見たこともない亜人ばかり!)


 確か人間は害にしかならない者をこういうのだったか。


「悪魔め!」

「悪魔は今回連れてきていないけれど、異界の悪魔と呼ばれる者のことかしら?」

「まぁ、無礼な。そんな小物に例えるなんて。見る目がないにもほどがありましてよ」

「うぅ! ぐるるぅ…………」


 白い女と大角の女が居丈高に言う間も、小さい女のような者は尻尾の毛を逆立てて唸る。


(やはりおかしい! 何故これほど多様な悪魔が一つところで連携している!?)


 悪魔にも習性があるのは長い時の中でわかっている。

 悪魔は同種で固まるか、同じ本拠を持つ者が連携するという。

 それで言えばこの者たちは同じ本拠と考えられた。


 だがそうなると本拠からは出ないものという、多様な悪魔の群れが現われる際の前提が崩れる。

 時が経たなければ悪魔の群れは本拠を守るという役目を放棄することはないはずだ。

 周辺に悪魔の本拠がないことは、五十年前の騒乱が聞こえた時に確かめた。


「何故いるのだ!? おかしいだろう!」

「神の御前ですから、そう喚かないでいただきたい」

「何を!? ぐぅ!」


 黒い男がなんの気もなしに我が顎に向けて蹴りを見舞う。

 痛い、が他に比べれば命の危機を覚えるほどのことではない。


 ただその後、我は動けなくなった。

 それは単なる驚き。

 同時に長き命の中で全くの未知との遭遇に対する警戒。


「皆、少々距離を取れ」


 簡単な命令をそれは発した。

 それだけでも耳を疑う事象だ。

 相手に口はない。

 意思があるかも怪しいほど不気味な夜空の具現が、白嶺を背に舞い降りている。


 その声に従って獰猛ささえあった悪魔たちが従うのも異様な状態だった。

 まるで人間が尊崇するような態度でいちように引いて行く。


 そして重さなどないようにゆっくりと落下してきている夜の具現は、人間に似た手足がある必要など感じない存在だった。


「…………なん、なのだ?」

「知らないか? まぁ、こちらもお前がなんというドラゴンかは知らないが。私はグランドレイスという種族だ。お前の種族はなんだ?」

「レイス? 馬鹿な! あんなものであるはずがない!」


 レイスはローブに実体のない姿をした弱々しい存在のはずだ。

 だが目の前のレイスを名乗る夜の具現は、ローブからして飾る光の猛々しさと鮮やかさが違う。

 この存在が、レイスなどであるはずがない!


 雪片のような軽やかさや、生死の曖昧な姿は確かにレイスにも似ている。

 けれど底冷えするほどうすら寒い存在感など、理解の及ばない恐怖など、あんな矮小な存在に感じたことはない。

 いや、いっそこんな感情を抱いたこと自体が初めてだ。


(爪が通じない、牙が届かない。対処のしようもない恐怖、そう、これは恐怖だ)


 住処を追われたとはいえ我は絶対者、ドラゴン。

 戦闘狂どもに追われた時も、怒りが勝っていた。


 なのになんだこの体たらくは。

 他種族に一対一で負けるなどあり得ないとそう自負していた、己の偏狭さを突きつけられたような忌々しさだ。


「ふむ、種族という考えがない野生か? まぁ、私も元の世界では一人きりの種。知らないのならばこの世界でも私だけなのだろう」


 異界に来ていることを自覚しているだと?

 その上でこうして我が前に現れたと言うのか。


「たった一体、たった一種で二千年の時を生きる我を倒せる気でいるのか?」

「ふむ、二千年か。では私は…………いや、大言壮語はやめよう。やってみればわかる」

「大神に比するほどの力はありますまい」


 紫の蛇モドキが我には一瞥もくれずに軽んじる。

 侮辱に怒ろうとして何かが引っかかった。


「大神…………、神? 神だと言うのか」

「あぁ、そう呼ばれている。お前たちドラゴンもかつてはそう呼ばれたそうだな」


 確かにそういう時もあったが、我が内に湧いたのは違う考えだ。


 長き命の中、我も戦い続けていたわけではない。

 時にはプレイヤーと呼ばれる戦闘民族のような人間と手を組んだこともある。

 奴ら強敵を前にすると襲いかからずにはいられないさがのようで、悔しいかな、我よりも強い存在がいると我を討伐対象としては見ず、対話が成立した。


 その中で聞いたことがあるのだ。

 異界にも神がいるのだと。

 プレイヤーは神さえ屠る剛の者だと。


(これを倒すだと? あれは調子に乗ることがあったが。だが、そう、確かプレイヤーが千以上神を倒すために集まるのだとか)


 つまり、倒す、すべはある。

 得体が知れない不気味さだが、削り落とすことはできる、はずだ。


「だが、今この場では私が上位。少々の安全策は講じさせてもらうが、好きに抵抗してくれ」


 目の前の神は絶対者ゆえに数の優位を捨てた。

 これならば!


 我が内心でその傲慢を嗤った時、夜空の手が伸びる。


「神域作成」


 突如として光が周囲に広がった。

 我が身の半ばまで伸びる光が煩わしく、尻尾で振り払おうとしたのだが。

 感触はないのに押し返されただと?


 嫌な予感がして突進を試みるがそれ以上進めない。

 角で攻撃しても手応えがなくやはり光の向こうには微塵も影響がない。

 光の上を狙っても見えない壁があるように越えられん。


 そんな私の姿を、神を名乗るレイスは観察するように見ていた。


「ふむ、やはりこれは私が中にいなければ発動しないか。となると使い勝手が…………」


 我が身の抵抗など歯牙にもかけず思考に耽り、己の中で完結した途端また傲慢な言葉を吐いた。


「さて、それでは試しだ。練習台になってくれ」

「何を、言って…………何を言っている! この我に、何を!?」

「理解は必要ない、意思もいらない。ただ諦め横たわっても構わない。だが、全身全霊を振り絞って抵抗してくれるのならばどんな面白い手がみられるのか私が楽しめるだけだ」


 とんでもない侮辱だ。

 けれどすでに光の檻に囚われた我に選べる選択など多くはない。

 たとえこの光の檻を越えられたとしても、その周囲には我をここまで追い詰めた悪魔たちがいる。


(やるしかない。勝たなければ先はない。そのために…………怒りは邪魔だ)


 我は闘志を高め怒りを鎮めると、渾身のブレスの準備に入る。

 そこで神を名乗るレイスが手を上げた。


「さて、どれほど刺さるか。楽しみだ。第十魔法、大地神の部分召喚はいったいどうなるだろう」


 夜空のような手には、顕現する暗黒の太陽の如き杖が握られていた。

 現われた瞬間に地面や空気、大地さえも黙り込んだような静寂が辺りを覆う。

 それほどの邪悪、それほどの耽美。


 まるで玩具を弄ぶように至宝とも言える杖を持つ神。


(…………無理だ)


 我が身の至らなさを嘆くなど無駄だ。

 ブレスのために溜めた息を、我は諦念と共に天に吐き出す。


 それは山を揺らすほどの咆哮。

 言葉ではない獣染みた警告。

 巣穴で待つ一族への生き残りという勝利を掴ませる最期の一手。


「ほう、なかなか強そうじゃないか」


 我が咆哮を神が笑う。

 振り下ろした杖の先から落ちるのは闇の滴。

 それは大地に吸い込まれ、そして芽吹くように現れた闇の手が我を目がけて迫っていた。


隔日更新

次回:第十魔法の練習

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