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80話:七徳の純潔

他視点

 神聖連邦の一画、枢機卿として与えられた公館。

 表からの来訪者は基本権力者だが、裏からは使用人を除けば誼を通じたい富豪が訪れる場所。


 そして例外的に地下から来る者がいる。

 それは諜報機関にして抹殺機関の中でも七徳の名を与えられた者だった。


 常に周囲に人がいる枢機卿の私が唯一独りになれる礼拝所で、七徳の謙譲が現われた。


「…………どうか行かせてください。巨人の目撃情報があった辺境にあって連絡が途絶して一月。年単位での捜索を覚悟していたところに生存の情報です」


 私は枢機卿の地位の裏で七徳を統括すると同時に七徳、純潔の名を得た一人である。

 珍しいことだがそれだけ能力を買われた者として自負と責任があった。


「謙譲、すでに君には教皇猊下より申しつけられた役目がある。それを放り出すともとれる発言だ。君の正直さは美徳だろう。だが、良からぬことを企む者はこの神聖連邦にもある。十分発言には気をつけよ」


 地位と力があれば権力と富が集まり、それを妬んで女の体を使ったと私も馬鹿なやっかみを受けることがある。

 こんな年老いた体で今更とも思うが、そういう者はさっさと処分して来たが時折現われる。


「我々に必要なのは滅私奉公。何故なら人間という種族が火を使い己よりも大きな脅威に立ち向かうべく炎に身を投じる薪にならねばならないのだから」

「承知しております」


 必要なのは自己顕示欲ではなく能力。

 そして能力よりも優先されるのが人類存続の大望のために己を薪として命を燃やす覚悟。


 それで言えば目の前にいる謙譲は能力も覚悟も備わっていた。

 ただ、その性情が優しすぎる。


「連絡を受けているのならばわかるであろう? それは誤報だ」

「しかし、小王国の探索者の報告は一考の余地があるのではないでしょうか」

「王国南部国境で手勢一人を連れての逃避行。そのまま共和国内へと逃亡。追った探索者『栄光の架橋』と三度戦闘の後、恐ろしい力を発揮して行方知れず」


 それは『血塗れ団』教導師ブラッドリィの目撃情報であり、私も報告を受けている。

 そしてブラッドリィを名乗る救恤は現在行方不明。

 謙譲が言っている一考の余地は、今あげた中の二点のみ。


 王国南部国境で敗走中であったことの説明や、『栄光の架橋』の証言を信じるならば、見たことも聞いたこともない魔法を使っていたことなど不明点もある。


「確かに巨人との不意の遭遇で潰走することもあろう。しかし、あの救恤がこれほどの期間なんの連絡もないのは不自然だ。任務の性質上、伝達こそが最重要であることを知っているのだから」


 魔法についてもそうだ。

 救恤は確かに高レベルの魔法の使い手であり、現在公に認知されている高位の第五魔法より一段上、第六魔法も使える。


 探索者も上から下までいるからには、『栄光の架橋』が第六魔法を知らない可能性もある。

 けれど銀級で小王国の貴族からも信任された探索者なのだから上位者だ。

 だからこそ小王国の貴族を通じて小王国内の教会が詳細を把握し、確認もしたが第六でもないとの回答を得ている。


「幽閉塔と呼ばれる建物を一つの魔法で壊すなど救恤では不可能だ」

「それは、一撃に見せかけることくらいならできましょう」

「一理はある。だが、そこまでの手間をかける必要性は?」


 私の切り返しに謙譲は考えるが答えは出ないらしい。


「しかし『栄光の架橋』は実際にブラッドリィを演じる救恤とかつて遭遇しています」

「共和国を現状放置することは、本国で決めて通達も済ませてある。王国の後に帝国に飲ませる。そのために国を弱らせ火種として革命派を残したのだ。教会への借財がかさんでいた時点であの国の重要度は下がり続けていた」


 そこまで言えばこうして直談判に来た謙譲も黙るほかない。

 本人もわかっているのだ。

 報告の中には『栄光の架橋』が仮面について言及していた。

 あれはただ顔を隠すだけではないアーティファクト。

 アーティファクトには手を加えられないのは不文律であり、かつての英雄たちもあの仮面を加工することは不可能なイベントアイテムであると言った言葉が残っている。


 なのに途中で色を変えて飾り立てていたと証言されたのだ、それはありえない。


 ようは仲間を助けに自ら動きたいだけであり、各地で異変の報告がされているのを座してみているのが辛いのだ。


「君の任務は守りであり備えだ」

「それは、わかっております。ですがこれだけはお答え願いたい。私を残すのは預言者の指示なのでしょうか?」


 私たちの方針は基本的に神よりの言葉、預言を基準にしている。

 公にできない預言もあれば、公に動いては失敗するしかない任務もまたあるため一概に伝えることはできない。


「枢機卿猊下におかれては、すでに救恤の命がないことを知っているかのような口ぶり」

「…………可能性は高いと考えているよ」


 私の返答に謙譲は顔こそ変えなかったが、拳を握りしめて耐えるように視線を落とす。


 ここはきちんと危険性を語らなければならないだろうか。

 鍛錬に身が入らないようになっては人類の損失に繋がる。

 謙譲は私のような特殊能力一つで七徳になった者と違い、確かな強さを持ち今の人類の中で五指に入る実力者なのだから。


「預言は覚えているであろう? かつてない闇が世界を覆うと預言は下された」

「はい、それで五十年前の蠢動か、今までの条理を越えて異界の門を潜る者が出たのかと」

「そうだ。だが、五十年前の異界の悪魔との争いを知る者はさらに知ることがある。それを教えておこう」


 謙譲がすぐに答えないのは、救恤の死については触れないためだろう。

 それでも黙って聞くのは、世界を守るという大望に繋がるためだ。


「異界の悪魔は二種類いると言われている。それは何か?」

「英雄と悪魔です。異界の悪魔と言われるのは異界から訪れた害悪となる者。我々人類に協力してくれる異界の存在を英雄と呼びます」

「そう、だがその分別は正しくない。異界から現れる者たち自身の言葉を借りれば、やってくるのはプレイヤーとエネミーだそうだ」


 聞き慣れない言葉に謙譲は声を出さずに口を動かす。


「エネミーは完全なる敵対者。異界においても害悪であるそうだ。プレイヤーはそんなエネミーと戦う者であり、これが英雄と悪魔に別れる」


 これくらいは諜報機関で上位に上がれば知れる情報だ。


「悪魔と呼ばれた者も、プレイヤーであれば後に説得に応じて英雄となってくれる者もいる。そして五十年の潜伏を敢行したとなればそれは知性あるプレイヤーであろう。エネミーは害悪として人間を襲わずにはいられないという性質がある」


 さらに言えばエネミーにも一定条件下では襲わない者もいる。

 それが大陸中央の山脈から西に国を持つ亜人たちだ。

 歴史上エネミーとしての行動をとり、異界の悪魔として屠られた者もいるが、今ある国の亜人たちはエネミーとしての行動を取らなかった者の子孫が運営している。


 ただし一度戦いとなればやはりエネミーとしての性情に逆らえないらしく、人類を害するほかない。


「プレイヤーであるなら、対話が可能なこともあるため救恤には警戒と情報を既に与えてあった。けれどそれが仇になったかもしれない。悪魔とされるプレイヤーは傲慢、身勝手、享楽的、威圧的なおよそ人間の悪を体現した者。プレイヤーは人間だ。きっと老年。だからこそ頑固になって他害に走った可能性は捨てきれない」

「大陸中央にそんな者が伏せていると?」

「いや、悪魔たるプレイヤーがいた可能性があるのは公国だ」


 そちらでは不自然な人間が現われている。

 何処から現れたかもわからず、何故か貴族のような豪奢な衣装を身にまとっていた。

 それもまたプレイヤーであることの証左であると記録されている。


「王国に現れたのはエネミー、それも巨人である可能性が高い」

「異界の、巨人? そのような者がいるのですか?」

「王国の英雄が白い腕の巨人を見たという。だがこの世界において、白い腕を持つのは自制の巨人のみ。確認したところ王国にはそのような巨人はいなかった。そして、かつて異界の悪魔の中には巨人もいたと記録されている」


 救世教ができてから悪魔のことは仔細に記録された。

 けれどそれ以前はほぼ残っていない。

 巨人という協力者も頻繁に情報交換するような関係性ではないから絶対ではないのが困りものだ。


「だが、自制の巨人も公国の信仰の巨人が倒されたことで長らく黙っていたことを話してくれた」

「黙っていた? 何故? あの方は世界のために戦うことを決めた崇高なお方」

「そう、世界のためだ。私たちが折れないために、言わないでいたそうだ」


 プレイヤーやエネミーよりももっと悪い存在を、隠していた。

 すぐさま英雄となれる強さを誇るプレイヤーが十人いても倒せない、百人いてようやく対等。千人いればなんとか軽微な損害で済むという絶望的な存在を。

 そんな脅威が存在した事実を。


「かつて神と呼ばれたドラゴンや巨人が数を減らした最大の要因、それが異界において猛威を振るった神使と呼ばれるエネミーだ」

「しんし?」

「巨人もかつて親交のあったプレイヤーから聞いた話だそうだ。神使は異界でも収穫祭と呼ばれる特別な時にしか起動せず、それまでは遺跡の奥深くなどで置物のようになっているという。神使の意味は神の使いであるそうだ」

「神の…………。しかし異界の収穫祭とはいったいどういう?」

「わからない。だがプレイヤーの話では、神使を動かすことのできる神の如き存在が、異界にはいたそうだ」


 謙譲がじっと宙を見つめてつばを飲み込む。

 この世界で五指の実力であり、巨人相手にも退かない能力を持つ。

 けれど、巨人たちを追い詰めた神使を相手に何処まで戦えるかは未知数だ。

 その脅威のかつてない大きさに謙譲も戦かずにはいられないのだろう。


「…………救恤が出会ったのは、神使だったと?」

「神使の特徴で、一定範囲以上は動かないというものがある。攻撃行動も一定範囲に人間がいなければしないのだとか。もしかしたら長く人類未踏の地で誰にも知られずにいた神使がいたかもしれないと自制の巨人は考えているようだよ」


 自制の巨人も神使がいる可能性があるなら不用意に近づきたくはないと、王国行きを断ったほどなのだ。


「まだ何と戦えと私は言えない。そして早計に判断を下し、結果救恤を不明にしたことの責は私にある」

「そのような。我々は世界のため、人々のため働く者。救恤も、脅威を前に情報をとその命を惜しみはしなかったでしょう」

「けれど結果、情報さえ伝えることができていない。故に私は君に命じるのだ。守るための、力をつけろと」

「…………拝命、いたしました」


 硬い声だけれど目的を見据えた強い目をして、謙譲は礼拝所を後にした。


 私は一人になって大きく息を吐き出す。


「私は、死に向かえとしか言えない。それが、多くの人々の命を救うと信じて。…………本当に預言者など、碌な能力じゃない」


 私の母は五十年前に異界の悪魔の到来を預言し、そしてその力は娘の私にも継がれた。


 枢機卿の裏で七徳の純潔を名乗り、そしてさらにその裏で神聖連邦の行く先を決める預言者を務める。

 それが私の正体だ。


 老いたせいか、重責を思うとひどく肩が強張る気がした。


隔日更新

次回:神の猟犬

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