8話:ネフ
他視点
「ネフ、大神の気配とはどういうことかしら?」
銀髪の女司祭スタファが前のめりになって某を問い質す。
某は受け持ちの教会周辺の高原と高原に唯一ある街を見回った。
そして大神の指示通りスタファが城代を務める、湖にそびえる城へ向かったところで捕まってしまっている。
神の狂信者であるスタファは、城の前にすでにいた。
きっと大神から離れがたく配下全てに指示を出してから大急ぎで報告できる分の情報だけを持って戻ったのだろう。
涙ぐましいことだ。
「それ私も聞きたいわ。何よ、気配って。そんなの私感じなかったんだけど?」
さらに城の上から現れたイブが、広げていた蝙蝠の羽根を畳んで拗ねたような表情で某を睨む。
「某としては、父なる神と呼んでいたことのほうが聞きたいところですね。というか、イブ。あなたそんな人でしたか? もっと大神にはドライかと」
素直に聞くとイブは真っ赤になる。
「あ、あぁたりまえでしょ! 私は別の神格なんだから、別に大神がいなくても存在できるし? 私一人だけ外に出してたなんて怨むほどのことでもないし? べ、別に一人だけ遊んでもらえたことなんてなんとも思ってないんだから!」
全部駄々漏れだ。
はて、大神は完成品として作った某と違ってイブはあえて未熟に作ったのだろうか?
(あり得る。某が覚えている限り、大神は享楽的な方。なんでも面白ければいいという考えであったはず)
それで某を創造する際には、面白半分に顔を良くしたうえで隠すように指示をされた。
そんな方だから一人二人の生贄程度では気を引けないと、召喚の失敗を予期していたものの、結果は今だ。
「あーら、それなら次こそはわたくしが我が君のお相手を務めましょうかしら。もちろん戦闘は不得手ですから、もっと静かな、そう、寝屋ででも」
腰を振るように歩くチェルヴァがまた増えた。
いや、ここ集合場所だからあたりまえか。
「あなたも何故また我が君などとおっしゃるので? あなた方小神は大神の庇護下にあっても配下ではなかったはずでは?」
「ネフ、私の質問を無視し続けるつもりなの?」
スタファが豊満な胸を押し出すようにして迫る。
(つい忘れてた。好奇心に引かれてしまう)
そう考えると私も享楽的な大神の影響か。
今までも同じことを繰り返してきたはずなのに何故か新鮮に感じる。
「そのまま気配ですよ。そういうのならあなたは感じなかったのですか、司祭どの?」
「あら、それは面白いわね。ネフは宣教師ジョブ。司祭称号持ちのスタファは巫女ジョブで、神に対して感じるものは鋭敏なはずなのに」
チェルヴァが嘲りを向けると、スタファが握る錫杖が軋む音がした。
ここで暴れられるのも問題がある。
「某は本当に感じたままを言ったまで。何故と言われてもあの大神に言うだけ無駄でしょう。千の顔を持つ神なのですから。そして某やイブのような完全に自立した分身を作れるのですよ。そんな方を理解? だいたい、あなた方は大神のどの側面を呼び出したのかが問題では?」
「たぶん今回は雰囲気から男よね。けどネフのような人型ではないから、神としての降臨で間違いないでしょう?」
某の言葉でチェルヴァが神格を持つイブに同意を求める。
「私は分裂するような神格ではないからなんとも言えないわ」
「ネフが大神の分身であることが理由にもならないでしょう。イブは感じなかったのだから。大神の気配などと訳の分からないことを言ったネフに疑問を覚えて何か不思議があって?」
「別に何も? わたくしもただ、不思議に思っただけですのよぉ? 神の声を聞く巫女より、有象無象を呼び込む宣教師がと…………ほほ」
結局喧嘩を売るチェルヴァはスタファと睨み合う。
そこの甲冑の音が聞こえた。
「おやおや、この喜ばしい日に何をなさっているのかな?」
爽やかに笑うヴェノスもまた、大神のため大急ぎで戻って来たのだろう。
後ろで騎獣のドラゴンホースと部下のリザードマンがへたり込んでいた。
「仲間を罵倒してどうします? 大神の復活を賛美し、この前代未聞の事態にも対応せしめたその知啓を讃えましょう」
満面の笑みのヴェノスを見て、イブが某に呟く。
「こいつもこんなだったかしら?」
「こんなものでしょう。神でもなければ神に直接作られたわけでもない種族は」
「あら、それはわたくしにもわかる感覚でしてよ。生命体としての格差というか。自らが神でないことを知る者の健気さというか」
某の声を聞いてチェルヴァがまた嘲笑う。
「信者を別の神に奪われて消えかけた末に大神に情けをかけられた落伍者が何をのたまっているのかしら?」
力こぶを作るように錫杖を握るスタファに、某とイブはチェルヴァから一歩引く。
「ふむ、神に直接連なる方々には神を賛美する敬虔なお心はない?」
困ったように聞くヴェノスは、爽やかな笑みの奥に狂信者の他害を良しとする色がほの見える。
大神が復活した以上この退屈な暮らしも変わるとは思っていたが、これは望んだ変化ではない。
(ここは仲間として否定するのも思いやりというものがないことになるだろうか?)
イブのような神格としては生み出されていないまでも、人間型として生み出されたからには社会性というものは某にも備わっているはず。
「ヴェノス、前提が違うのだとご理解いただきたい。あなたは神を知らずに生まれたのです。始祖神亡きあとに。であるからこそ、大神の偉大さ、寛容さ、そのお力にひれ伏し賛美せねば気が済まない」
「え、それはちょっと、どうなの?」
イブが引くけれどヴェノスは頷く。
「それは大神を知らないからですよ。某どもは生まれる以前より大神はそのような者だと知っているのです。故に改めて賛美する必要性を感じない。偉大であるからこそ、寛容であるからこそ、力あるからこその大神であるのはごく自然なことと受け止めているにすぎないのです」
「ふふん、そうね。この私を生み出した父たる神なのだから当たり前よね。逆にそうでなければとっくに私が次の地母神になっているわ」
「おっと、騎士よ。早計はいけない」
剣の柄を握っているのに気づかないとは、イブも空気を読まないものだ。
いや、これこそ神格がある故の慢心か、それとも海上砦にぼっちだったからか。
「このような不敬もまた神がそうあれと作られたのです。同時に、神は私たちを信徒としては作っていない証左。ならばことさらに讃えることも、今さら当たり前のことを言ってみせるのもいっそ大神の不興を買うことになりかねないとは思いませんか?」
「…………なるほど。そういわれてみれば、神であるお方がイブの無礼に不快を示すどころか遊んだと。ふむ、確かに私では神の御心を汲むには矮小に過ぎる。あなた方がそのようにあられることこそ、大神のお望みか」
悩みが解決したかのように笑みを浮かべるヴェノス。
イブは遊んでもらえたのがそれほど嬉しいのか、ささやかな膨らみしかない胸を逸らす。
「あの、皆さんこんな所でどうしたんですか?」
いつの間にか側に赤い頭巾をかぶったグランディオンがいた。
全く気配も足音もしなかったのは狩人のジョブか。
(正気でいる限り無害とは言え、正気を失って獣性に支配されてもジョブは変わらないので刺激しないようにしなくては。はて、以前にはこんなこと考えもしなかったような?)
美しい顔で醜く言い合っているスタファとチェルヴァは刺激的過ぎるかも知れない。
某はグランディオンの視線から婦人方を隠すように立って声をかける。
「早いですね。森の様子はどうしたか? 海に続いていたはずの境界は?」
「は、はい。海に続いてたところは断崖と岩場が残ってました」
勢い込んで答えるグランディオン。
ヴェノスは片膝をついて視線を合わせることまでして話を聞く。
「何者かの侵入の可能性はありそうだったかい、グランディオン?」
「えっと、えっと、飛んでこられたら駄目ですけど、森には降りないから大丈夫です。それと登ってきたら、崖を崩すように人面樹を移動させました。後は余所者の臭いもしないし、魔女の家にも迷い込んだひとはいません」
「うんうん、では森の中を巡回の指示などは?」
「あ…………! ご、ごめんなさい。気づきませんでした」
ピンと伸びていた尻尾が萎れるのを見て、ヴェノスは兄のように慰めた。
「では一度森に戻って指示を。ここは森に近い。グランディオンの足ならすぐだろう。さ、しっかり役目を果たして大神にご報告へ上がろう」
「はい! 僕、行ってきます!」
グランディオンはすぐさま森へと走って行った。
遠ざかっていく背中がどんどん大きくなり毛量も増えたようだ。
あの状態でここへ戻ってこなければいいが。
「…………あれ、某にしてほしいですか?」
思いついて聞いてみるとイブはごみ虫でも見たような顔になる。
「酷い顔ですね。いっそ大神にお見せしたいほどに見苦しい」
「な、なんてこと言うのよ!? この教会引き篭もり男!」
イブが叫ぶと同時に頭上に巨大な影が差した。
「やっはー! あたしが一番乗りー!」
「おいこら船長命令無視するなって言っただろ、ティダ!」
城に横付けされた巨大な黒いガレー船。
そこからダークドワーフの少女が、赤く汚れたバトルアックスを片手に城の内部へと飛び降りる。
すぐに船長であるアルブムルナも魔法で飛行して後を追うようだ。
黒いガレー船は湖には着水せず、そのまま旋回して神の大陸の巡回に向かう動きを見せた。
「おや、あのような姿で大神の前に出るのはどうなのでしょうね。それだけ面白い報告があるようならいいのですが」
某の呟きに、イブが蝙蝠の羽根を広げる。
「最後に来て一番乗りとかふざけるんじゃないわよ!?」
「私の城になんて恰好で! 入るのならば正面から入りなさい!」
「あぁん! 我が君へ最初のご報告はわたくしがしたかったのに!」
そう叫ぶと三人は裾を蹴り上げて去っていく。
残ったのは某とヴェノスだ。
「あなたは行かないので?」
「グランディオンを待つつもりなので」
なるほどいい言い訳だ。
某もあの女性陣の騒ぎに巻き込まれたくはない。
きっと大神ならばどうにかするだろう、そう、大神なのだから。
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