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77話:セナ・マギステル

他視点

 私はこの日、耳を疑う報せを聞いた。


「幽閉塔が崩壊…………!?」


 声を上げたのは不安から、私の執務室に入り浸るようになった議員のオットー。

 報告のタイムロスを失くすにはちょうどいいのだが、話を逸らすのはやめてほしい。

 今気にかけるべきはすでに起こってしまったことではない。

 次の対応のための情報だ。


「生存者は?」

「は! マギステル議員のお雇いになった探索者『栄光の架橋』が救命活動を指揮しております。ですが、遺体の損壊が激しく個人の特定は難しいようです」

「彼らは屋内に待機のはずだが、脱出したということか? 崩壊というからには原型はないものと思ったが」

「はい、そのとおりです! 原型はなく死傷者多数。探索者がどうやって脱出したかも不明。けれど『本当に吹き飛ばした』と言っているのを聞いた者がおります」


 つまり人為的に幽閉塔は崩壊させられた?

 しかもそう言ったのならば、やったのはトリーダックたちではない。

 できそうなのは、一人あの場にいたはずだが…………。


 王子と王女の始末を依頼した暗殺者は信用できない男だ。

 それでも腕は確かなので、始末はつけたはず。

 なのに吹き飛ばすとはどういうことなのだろう。

 やはり指示にないことを独断専行したと見るべきか。


(これを機にヴィル・ランドルフ自体を始末するか? いや、まだ使える。それに下手なことをして『闇の彷徨』に怨まれては割に合わない)


 ヴィル・ランドルフも『闇の彷徨』に逆らうことはできず、行き場がないため私に従っている現状は飼い殺しだ。

 王女を匿う反抗勢力が国内に残存していることがわかった今、腕の良い暗殺者はまだ手放しがたい。


「…………『栄光の架橋』から直接話を聞くほうが早いだろう。人をやろう」

「はい、それについては救助が終わってからすぐに議員にお目通りするとことづかっております」

「いや、報告のほうが先だ。建物が崩れたのならば目に見える範囲以外の生存は絶望的だろうからな」


 思わぬ事態だが、これで王子と王女の始末もできているはずだ。

 トリーダックたちが同情的だったことを思えば、下手に人目のあるところで王子の遺体を掘り起こされても困る。


 そうして『栄光の架橋』は私が差し向けた兵と共にやって来た。


「ったく、着替えるために宿に戻ることもさせねぇとはせっかちだな」


 不服を呈すトリーダックは、確かに瓦礫や建材の砂埃で酷いありさまだ。


「それだけのことだろう! いったい何があった! どうして崩壊なんてことになっている!?」


 幽閉塔管理のオットーはずっと狼狽し続けており、私も宥めるのに手間を取られた。


「気になるなら見に来れば良かったじゃねぇか。まぁ、助かる見込みがない救助だったことは認めるさ」


 トリーダックがそう言うほどの破壊が起きたのは確かなようだ。


「単刀直入に聞こう。…………誰がやった?」

「もちろんブラッドリィだ。他に誰がいる? やせ細った王子や王女にできることじゃない」

「支援者が他にいた場合、大変な見落としだ。全ての可能性を考えなければならないこちらの立場も理解してほしい」

「それを言ったら俺たちはこの国の勢力に詳しくない。他がいた場合誰かもわからないぞ?」


 どうやらヴィル・ランドルフには会っていないようだ。

 小王国から流れて来た上に探索者として活動していたのだから知っていると思ったが。


 逆にヴィル・ランドルフのほうが知った顔を見つけて慎重に行動したのだろうか。


「俺たちが行った時にはもう王女が王子を抱えて大泣きしてた。その上で王女がブラッドリィに言ったんだよ。革命家に敗北を知らしめるために幽閉塔を壊してくれってな」

「なんだと!?」


 オットーが騒ぐのをトリーダックは冷めた目でみる。

 私もなんの益にもならないオットーは無視する形で事実確認を続けた。


「そんな馬鹿げた願いを、君たちが言っていた異様な力の魔法で実現したというのか?」

「あぁ、そうだ。…………今にして思えば、巡廻していた奴らを全て殺していたのは、あの馬鹿げた威力の魔法を使うために必要な儀式って奴だったのかもしれない」

「全て? 待て、そう言えば死者の遺体の損壊が激しく個人の特定が難しいと報告にあったな」

「だろうな。胸から上がない奴らも転がってた。俺たちが行った時にはすでにそうだった。誰にも気づかれず、幽閉塔周辺の者だけだ。そして内部からの破壊。あれじゃ俺たちが助けられた三人だけが生存者だろうな」


 その崩壊を見ていたはずのトリーダックたちは怪我の痕らしき血はあるものの、五体満足な姿をしている。

 探索者はダンジョンで得た回復薬を持つ者もいると聞くが、トリーダックたちもその恩恵を受けたのだろうか。


 私が勿体ないと思っていると、幽閉塔の管理を負うオットーが椅子に倒れ込むように動いた。


「つまり何か? 盛大な自殺を、したというのか?」

「さてな、それは掘り出して見なけりゃわからん」

「ずいぶん軽いな」


 違和感を覚えて問うと、トリーダックは黙る。

 けれどすぐ肩を竦めて粗野な笑みを浮かべた。


「信じる信じないはお前ら次第だ。だが、俺が今から言うことは嘘偽りなしに見たままだ」


 そんな前置きをして、トリーダックは何があったを語り出す。


「ブラッドリィが一発魔法を放って崩壊が起きた。俺は逃げる中で肩越しに奴を見たが瓦礫が崩れる中心だった。だが、まだ潰される前にブラッドリィたちは消えた」

「消えた?」

「そうだ。最初からいなかったかのように、消えた」

「ありえない!」


 オットーの反応を予期していたようにトリーダックはまた同じように肩を竦める。


「王女は自棄になってた気はあったがな、『血塗れ団』がそれに殉じるわけない」

「あらかじめ脱出経路を用意していたということか?」

「それが現実的だろう。仕込みさえしていれば巡廻の兵の誰一人として逃さず、気づかれずに殺し回れるんだから」


 巡廻兵の死は確かに一斉にやったというより仕込みで成し遂げたと見るほうが現実的だ。

 そう思えば一度目の侵入は仕込みのために失敗込みだと考えられる。


「他に知っていることは? 君たちの意見は重要だ。聞かせてくれ」

「いや、別に…………うん、そう言えば女信者が言っていたな。神罰だってよ」

「神罰? 『血塗れ団』は悪魔崇拝ではないのか?」

「その辺りは俺も詳しくない。だが、幽閉塔を壊す前に確かにそう言っていた」


 そう言えば鵜呑みにしていたが、『血塗れ団』であるという報告はトリーダックからのみで、『血塗れ団』である確証はない。


(逆に『血塗れ団』というわかりやすい隠れ蓑もない。まさか、今頃になって神聖連邦が?)


 奴らはいつでも神の意思を謳って行動する。

 『血塗れ団』を装った神聖連邦なら、裏の顔として知る者は知る七徳がいるとヴィル・ランドルフから聞いていた。

 教会や修道院を潰して良く粛清されなかったものだと。


 敵が神聖連邦だったとして何が狙いかは、今は置いておく。

 それよりも事態の収拾が先だ。


「あいわかった。君たちの働きには感謝をしてもし足りない。そして罪を償ってもらおう」

「なんだと?」


 探索者として死線を潜って来た胆力があるせいか、トリーダックはうろたえない。

 けれど私が机を叩くと外と隣の部屋から兵士がなだれ込み、さすがに身構える。


「騒擾を持ち込んだ君たちには国家転覆罪が適用される」

「け、王女さまの言うとおりかよ、食い合う蛇め!」


 吐き捨てるとトリーダックたちは慌てるどころかすぐさま動く。

 二手に分かれて私のほうに向かい、隣の部屋から入って来た兵が私を守ろうと動いた。


 けれど狙いが違った。

 私を通りすぎると『栄光の架橋』は窓に体当たりをして、そのまま次々に三階の窓の外へと飛び出す。


「な、なんだと!?」


 予想外のことにオットーは叫び、私はすぐさま窓へ近寄る。

 無残な死体、もしくは手足を歪に曲げた重傷を想像したが、『栄光の架橋』たちは健在だった。

 何かアイテムを使ったのか、全員が吹きあがる強風にあおられながらも地面を転がり五体満足で着地している。


 そのまま全員が揃って走る中叫んだ。


「セナ・マギステルの所に賊だ! すぐに助けに向かえ! 遅れたら後で何言われるかわからないぞ!」


 そんなことを叫んで周囲から人を散らし、その上で逃亡を計って走る。


 こちらは腕利きの探索者相手と人数を揃えすぎて、すぐさまは動けず。

 さらには慌てて駆けつける者たちとの間で統率が取れずに逃亡を許してしまった。


「くそ! 首都を出ただと!?」


 まだ兵を並べたままの私の執務室でオットーが膝を打ち声を上げる。


 齎された報告は『栄光の架橋』の首都逃亡。

 調べてみれば救助活動で目撃された『栄光の架橋』は一人足りず、その一人が逃亡の手はずを整えていたのだ。


「どうする、どうする!? マギステル議員! すぐに隊を組んで追撃を! そうしないとことを治めるための理由付けができない!」

「いや、実に残念なことだ」

「何を悠長に!」

「実に残念だよ。君を失うのは」

「な、にを…………?」

「君が管理責任者だ。ならば償わなければいけない。幽閉塔を破壊された上に王子と王女の逃亡まで許した。助命はできないだろう」


 私の指示で兵がすぐさまオットーを拘束し、床に引き倒す。


「くそ! 貴様! マギステル! 私を切るならばお前のこれまでのあ、おごぉ!?」


 引き起こした途端大声で叫ぶ口に、兵が喉を焼く薬を流し込んだ。

 誇り高き革命の志士として辞世の言葉も遺せないのは本当に憐れだ。


 手を振って連れて行かせる。

 私にはまだ考えなければならないことがあった。


(ヴィル・ランドルフは王女と王子を追っているのか? 仕留めきれずに戻ったならば代わりの死体を用意させなければ。そうした仕事にだけは使えるのだから。そう言えば、オットーには同じ年ごろの子供が男女でいたな)


 やってもらうことができた分、早く戻って来てくれないと困る。


 こんな王子と王女などという無駄で邪魔な者のために使う時間が惜しい。

 私は民のために働かなくてはいけない革命の志士なのだから。


隔日更新

次回:王子の羨望

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