76話:ゲームの精霊
幽閉塔で、出入り口を押さえたトリーダックたちの頭上から室内に爆発物が投げ込まれる。
さらにはトリーダックたちが背後から現れた謎の人物に襲われた。
俺は咄嗟にイテルや王女たちの前へ出る。
室内の人間を吹き飛ばすには十分な威力が爆発物にはあった。
けれどグランドレイスの俺の体に傷をつけるほどの威力はなかったようだ。
「っ…………何者です!?」
爆発の衝撃をやり過ごして、王女が俺の後ろから誰何の声を上げる。
トリーダックたちは背後から襲われたことと爆発で室内に倒れ込んでいた。
代わりに出入り口を押さえているのは細身の男が一人。
その手には部屋に投げ込んだだろう火炎びんに似た爆発物がまだ三つ弄ばれている。
「てめぇは…………ヴィル・ランドルフ!? 共和国に潜んでやがったのか!?」
どうやらトリーダックは知ってる相手らしい。
「うーん? あぁ、誰かと思ったら小王国で見た顔だな。鳥だったかアヒルだったか」
「トリーダックだ! ここであったが百年目! 小王国から逃げ出して済むと思うな! 落とし前つけさせてやる!」
トリーダックが切れたのは、仲間が一人背後からの襲撃で負傷したせいもあるだろう。
だがそれ以外にも、もしかしたらこいつ、俺の前にトリーダックの名前を笑った相手だったのかもしれない。
(ということは、こいつのせいで俺は目をつけられたのか?)
トリーダックが新手に敵意と共に剣を向けると、俺の後ろからイテルが出て来る。
「何者か簡潔に言いなさい」
威圧的なイテルの要請に、トリーダックと目を見交わしたメーソンが答える。
「小王国で殺しの依頼を請け負った悪徳探索者だ。露見した時には近くにいただけの他の探索者を襲って金銭を奪い国外に逃亡した」
「おいおい、人を極悪人みたいに言うなよ。今回はお前らのお仲間だぜ? 何せ議員さまからそこの邪魔な王子と王女を賊の手に見せかけて始末しろって言われたんだからな」
「ふざけるな! てめぇのいうことなんざ信用できないが、仮にそうだとしても俺たちも殺すつもりだっただろうが!?」
怒鳴ると同時にトリーダックが襲いかかる。
間合いの詰め方が早い。
そして後ろにはメーソンがカバーに入り、他の仲間は負傷者の守りという連携を取る。
けれど気にせずヴィルとかいう探索者は手に持っていた爆発物を投げた。
放物線を描いて着弾する位置はトリーダックの目の前。
それはヴィル本人も攻撃範囲内となる場所だった。
「は!? …………ぐぁ!?」
「トリーダック! くそ! どうしてあいつは無事なんだ!?」
メーソンが咄嗟にトリーダックを後ろに退いて直撃を回避した。
トリーダックはその機転のお蔭で重傷は負わなかったが、直撃のはずなのに変わらず立っているヴィルに警戒を向ける。
「ち、見たことない爆発物もそうだが、それを防いでるのもお前ら暗殺集団『闇の彷徨』の所有するアーティファクトだな!」
トリーダックが初耳の名前を上げた。
けれど王女は『闇の彷徨』を知ってるらしく息を飲む。
「『闇の彷徨』!? 金以外に阿らないと豪語し、各国の調査機関さえ正体が掴めない、あの!? そんな暗殺者を議員が使っているというのですか!?」
「そんなにすごい相手か?」
暗殺者なんて創作物でしか知らないし、実際目の前にいる細身の男がそうだと言われてもあまり実感はない。
そんな俺に王女は答えようとして一度考える。
「いえ、ありえませんわ。正体が掴めない理由は知った者を生かしておかないから。あの探索者が知っている時点で本物ではないでしょう」
「ところがこいつは依頼者のほうから正体ばらされて逃げるしかなかった奴さ。こっちだってとっくに組織のほうから始末されてると思ってたぜ」
爆発の余波は受けたせいで血を流しているトリーダックが吐き捨てる。
それに対してヴィルは両手に爆発物を持ち、余裕で頷いた。
「お蔭で楽しい殺しもできやしない。だが、俺は組織にとっては有用でな。こうして共和国なんて面白くもないところに左遷されてはいるが始末するには惜しいんだよ」
どうやら本物の暗殺者であるらしい。
それにしては良く喋るな。
(漫画やアニメのセオリーで言うと、始末するから何言っても構わないってところだろうが。こういう奴に限って雑魚なんだよなぁ)
元よりこっちを全滅させれば情報漏洩もチャラになると簡単に考えるざる頭だ。
「どうせお前ら殺すから好きに囀れよ」
「ふん、この方のお力がわかっていない蟻のようね」
想像どおりのヴィルに、イテルが煽り文句を向けるが鼻で笑われた。
「はん! 力? 外の奴らのことか? あんなの一撃でやられたように見えるよう先に仕込んどいたんだろ。一度目の襲撃でさっさと退いたのは、この二度目の布石ってとこだ」
「大外れよ、この雑魚」
イテルはスピード重視の雷の魔法を放つ。
(この属性は発動見て防御は難しい。それでも防がれるならネタが割れる)
俺はない目を凝らして相手の挙動を探る。
そして激しい閃光と共にヴィルは膝を突いた。
「ぐぅ!? 俺の守りを抜いてくるだと!? いったいなんのアーティファクトを使いやがった!」
「愚昧な蟻には理解できないでしょうけれど、ただの実力よ」
「そんなことがあり得るか! 攻撃無効のアーティファクトだぞ!?」
自分から暴露するなんて、本当に馬鹿だ。
使い捨てのアイテムならともかく、ゲームの装備品にそんなものはない。
(そんなのあっても興醒めだし。けどこいつらがアーティファクトって呼ぶのはゲーム由来の品のはずだよな)
イテルの攻撃を受けていながら元気に喋っている。
さらに、本人に防御行動が見られなかったことから、たぶん種は割れた。
そうして俺はマップ化で現れる3Dを見る。
装備品に反応する機能なんかはさすがにない。
だがマップ化すれば、正面にいる相手の背後も見えるのだ。
ヴィルの背後、そこには不自然なふくらみがあった。
服の下に何かを隠している。
「なるほど、これか。また珍しいものを…………」
俺はレベルによる身体能力のごり押しでヴィルの背後を取る。
そして技術なんてない剣の一振りで背後から斬りつけた。
瞬間剣の威力が半減させられる。
それと同時に破れた服の下から宙に浮きあがる物があった。
「精霊の、しかもドロイド系とはな」
現われたのは丸いフォルムに透けるボディから、歯車や明滅する電光が見えるデザインのゲーム装備。
マスコットとしても人気のあった装備品で、精霊と呼ばれるものだ。
装備するとプレイヤーが使用可能なアーツか魔法を一つ自動で使ってくれる。
そして単発の攻撃であるなら威力を半減させるという攻防を両立させた装備品だ。
しかもこれはイベント限定デザインで、機械風デザインのドロイド系精霊の中でもスチームパンクモチーフだ。
(確か高難度クリアの報酬で、一定以下のダメージカットだったな。それを攻撃無効とか盛りすぎだろ)
爆発物が効かないのはこの精霊の無効範囲だからだろう。
同時に高難度をクリアできるプレイヤーの影がこいつの、いや、『闇の彷徨』とかいうまたヤバい犯罪者集団にちらつく。
「これはどうやって手に入れたものだ?」
「この! クソが!」
ヴィルがようやく何をされたかに気づいて、俺に爆発物を投げつけた。
けれどレベル差で違いすぎる身体能力のため、俺が難なく避けると爆発物は廊下に飛ぶ。
そのせいで音に気づいて近づいていた誰かの悲鳴が聞こえた。
俺は気にせずイテルたちのほうへ戻る。
手には掴んだ精霊が磁石のように装備者に引っ張られていたが、これも力尽くでここまで引き離すことができた。
(ゲームじゃ他人の装備引きはがすなんて無理だったけどな。これも現実になったからこそのずれか)
無傷で戻る俺に、イテルは精霊を見つめて聞いてくる。
「精霊? 初めて見ました。ご存じなのですか?」
「あぁ、これと同じものを一つ持ってたはずだが、取り出せるか。興味があるのならばやろう。イテルならば猫型の精霊が合いそうだ」
「み、身に余る光栄! あ、いえ、決して強請ったわけではございませんので! つ、謹んで!」
勢いで答えた上で、撤回はしないが言いつくろって喜ぶ。
イテルのその反応に、そう言えば魔法職系の女性が良く連れていたマスコットだったと思い出す。
(けど、俺のアバター動かせないんだよな。何度か試したけど、この大地神の体からアバターには戻れないし、まずはアイテムボックスの中身を見る方法を探らないと)
「ふざけたほら吹きめ! 希少アーティファクトだぞ! 返せ!」
「確かに珍しいが、そこまでのものではない」
俺は言って手を放す。
さすがに盗みは駄目だと思ったんだが、途端に精霊から歯車が飛んで来た。
「この精霊はこういう攻撃をしてくるのだったな。だが、ダメージカットが自分だけの専売だと思うな」
「は!? な、なんで通じない!? 精霊の攻撃は不可避だぞ!」
「あぁ、必中の能力もついていたか。そう思うと案外出来は良かったか」
高難度限定にしてはしょぼいと話題になった記憶がある。
スチームパンクも既存の精霊を愛用する層には受けなかったため、評価も厳しかったのかもしれない。
しょっぱい思い出を掘り起こしてしまった上に、ヴィルとか言う暗殺者の攻撃が蚊にまとわりつかれるようでうざい。
こいつは俺の防御を抜けるレベルでもなかったからひたすらうざい。
「まぁ、いい。お前は邪魔だ」
そう言って俺は剣を投げるという、ポルターガイストの正しい使い方をする。
ただ剣を振るよりも俺の能力値が上乗せされるスキルとして。
「…………こっ…………!?」
ヴィルは空気音を出すと、胸を刺し貫かれて廊下の壁に宙づりとなった。
「これでうるさい者はいなくなったな。さて、それではこの建物を破壊するか」
「えぇ、神罰の執行をいたしましょう!」
イテルがうきうきした様子で答える。
本当にどうにかアイテムボックス開かないといけない。
そんなことを考えながら、俺は闖入者が来る前の段取りに戻った。
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