75話:蟻を救う意義
回復アイテム、ニヒルモリス。
効果はHP全回復、一定時間HP自動回復、状態異常回復、一定時間状態異常耐性向上、短時間攻撃無効状態という破格のものだ。
(神相手や神使相手には使い捨て当たり前のアイテムだけどな)
不可避の大魔法使ってきたり、超範囲攻撃をしてきたり、特殊デバフのオンパレードな奴らなのでこれくらいの効果がないと追いつかないのだ。
ゲームでは厄介な攻撃の予備動作があった時に使い、死亡を免れ攻撃に転じるための必須アイテム。
レアアイテムだが使い捨てが基本で、戦いは物量という理念を体現するプレイヤーも良くいた。
そのため、現在大地神の大陸で増産を命じているアイテムの一つでもある。
(これインベントリにはないし、この世界で作ったアイテムどうなるかわからなかったんだよな。けどどうやら問題なく作用してる)
ニヒルモリスを使った王子は見るからに健康な姿になる。
そしてニヒルモリスの効果時間中つく虹色のエフェクトが体を覆っていた。
腕の中から不自然に立ちあがった、光り溢れる弟に戦く王女だが、最後まで掴んでいた手は決して放そうとしない。
これは姉としての愛情なのか。
そして瞼を開いた王子は不思議そうな顔をして、自分から出る光を見る。
「おぉ、神よ…………」
王女が震える声で呟くと、王子は危なげなく立ったまま姉を振り返る。
本人も瀕死の自覚があったらしく突然健康になったことに戸惑っているようだ。
「私は、姉上…………?」
「あぁ! わたくしのルーク! わたくしに一人残された弟!」
王女は歓喜の声を上げると、腕を引いて弟に抱きつく。
王子はなおも戸惑いながら、確かに姉を抱き返した。
うーん、これって感動的な場面か?
ってことは少しは印象良くなったんじゃね?
殺すだけの『血塗れ団』とは違うとわかったかもだし…………。
そう思ってトリーダックを見た俺は、険しい表情に迎えられた。
「どうして…………」
低く呟きながらトリーダックが一歩前にでる。
けれどその先には今もイテルが放った炎上網が健在で、メーソンが掴んで止めた。
だというのにトリーダックはメーソンの腕を振り払って俺にもう一歩近づく。
「どうしてそんな力がありながら、悪に使うんだ!? ブラッドリィ!」
うわー、全然駄目だ。
違うって言ってるの全く信用してない。
(これで好転してたら生かす意味もあった気がするけど。もうこいつらいらなくないか?)
炎上網さえ越えて俺に近づこうとするトリーダックを、イテルが前に出て阻む。
その表情は冷徹だ。
近づけば殺すという気配にトリーダックもさすがに止まった。
同時にメーソンと他の仲間がトリーダックを守るように前に出て、出過ぎたリーダーを後ろに追いやる。
一触即発の気配に、王女は弟を大事に抱え込んで自分を盾にしていた。
俺にも兄弟がいたが、ここまでの愛情なかった気がする。
(人間味というのか。もしかしたら俺は人間だった頃からちょっと薄情だったのかもしれない)
そう思えば王女の人間性への評価を上げるほかない。
そう、ここまでぶれなかった少女だ。
そのやり遂げる意思と行動力は評価に値するだろう。
「もっと、もっと救えるだろ! どうして殺すことに使う!? 何故邪教集団なんて馬鹿げたことをしてんだよ!」
トリーダックが異様に感情的に叫ぶ。
そもそもそんなこと言われても困るんだが、俺が答えないことでイテルが口を開いてしまった。
「何故だなんて馬鹿なことを。あなたたち、鼠如きを救う価値があると?」
「鼠だとか蟻だとか、ふざけるな! 同じ人間だろ! それだけの力があるなら人間を助けるために、殺す以外で使えよ! 病で死に行く者の多さを知らないのか!? 事故で働けなくなり餓死する者の多さを見たことがないのか!?」
なんだか熱く叫び始めたが、もしかしてトリーダックは博愛主義だったのだろうか?
だから『血塗れ団』という無差別殺人鬼のような相手を見逃せずに追ってきていた?
そこにはやり遂げる意思と行動力がある。
(だがそもそもが思い込みだし、いっそうるさい。高度な文明築いてもそういう人間はいなくならないのに何言ってるんだ)
あぁ、そうか。イテルの言うとおりだ。
こちらに有象無象を救う価値がないのだが、トリーダックは納得しない。
全人類を救うなんてナンセンスだし、そんなこと俺の生きた科学文明でも無理だった。
全く、自分にできないことを他人に強要するなよ。
「では聞くが、お前は世界にいる蟻全てを救うことができるか? 簡単に踏みつぶされ、雨粒にも押し流されるか弱き存在を?」
「はぁ!? 話が違うだろ!」
「違わない。お前には蟻程度その手に掬って助ける力があり、新たな住まいを用意する知恵がある。だが、蟻全てとなった時、それは本当に可能か? それは本当に意義のあることか?」
まだ言い返そうとするトリーダックをメーソンが止めた。
「やめろ! 可能か不可能かで言えば不可能だ。どんなに救う力があっても目の前にいる者しか助けられないのは道理だ」
「だが、だが! あんな奇跡を起こせるなら! 俺たちにできないことができるというなら!」
「探索者が身勝手なきれいごとを言うような腑抜けだったとはな。自分にできないことを他人に求める恥知らずさを自覚すべきだ。人は皆、知りもしない誰かのためではなく、自らが大切にする者のために心血を注ぐものだろう」
俺だってこの世界の人間よりNPCが大事だ。
人によってはしょせんNPCはデータというかもしれない。
最初から生きて存在している異世界の人間のほうが救う意義はあるというかもしれない。
けれどそれは他人の価値観であり、俺の優先すべき考えじゃない。
(俺にとってはNPCにこそ思い入れがあり、救うべき価値がある)
だからイテルの期待を裏切りたくはない。
そのために消耗品とは言えレアアイテムも使って恰好をつける。
イテルができると言ったことをしないでがっかりさせるよりもそのほうがやる価値があることなのだ。
「まさか…………」
トリーダックよりも冷静そうなメーソンが鋭く息を呑んだ。
「振るい落としが邪教の儀式なのか? 自らの大切な者のために他を徹底的に犠牲にできるかどうかの?」
「何を言っているのかわからないな」
本当いきなりどうした?
「そういうことか、この…………、とぼけやがって!」
トリーダックが指を突きつけて来るが、本当にわからん。
そしてイテルがその指を切り落としたそうに睨んで言い返す。
「邪教、邪教と。こちらからすれば実在もしない者を崇めるお前たちのほうが、幻惑された邪教の徒でしかない」
「イテル、他人の信仰に口出しすべきではない。そこは本人の問題だ。何を信じても信じなくても、最終的に納得するかどうかだろう」
俺は生まれた時から宗教の自由がある国に育った。
だから正直、歴史なんかに見る宗教戦争の不毛さには辟易するし、あれを俺を神としてやられるのは絶対に嫌だ。
なまじ俺は実在しているし、俺の信条と違うことされても責任は取れない。
「さすがです! やはり何者にも勝るあなたさまは懐の広さが違うのですね!」
「世辞はいい」
もうイテルは声かけただけで喜んで尻尾振る犬に見えて来る。
(あの手の愛玩動物のかまって欲しいっていう無言のアピールにも俺弱かったんだよな)
実家にいた頃に犬を飼ってた。
そして一番遊んでいたのになぜか一番舐められていた気がする。
犬は上下がはっきりした生き物なのだとか。
遊ぶのはいいし、好かれたいけどあの実家の犬相手のようにまた失敗するわけにはいかない。
NPC相手だと下手すれば俺の死に繋がるんだ。
ここは少し素っ気なくしておこう。
「まぁ、いい。お前たちが何を言おうと聞く者もいないだろう」
「舐めるな。俺たちは議員の許可で動いてるんだ。ここに入れているのもお前らの存在を重く受け止めた議員に対応を任されたからだよ」
そうなのか?
いや、王女が言っていたな。
「本当にそれは信頼か? 問題の起きた場所に自らになんの利害関係のない者を送り込むなど、使い捨てる以外になんの意味がある?」
もしかしたらこいつらに任せたのも使い捨てのためかもしれない。
成功すれば任せた議員の手柄、失敗すればトリーダックたちの不手際と。
(なんかフリーランスの危うさを思い出すな)
変な同情心が湧いてしまう。
だが俺の言葉にトリーダックたちも心当たりがあるのか息を飲んでいた。
(特に生かす理由はない。かといって殺す理由もない。だったら当事者たちに任せよう)
俺は王子を庇う王女を見下ろした。
「目的は達した。ここはどうするかな?」
「破壊していただきたくぞんじます」
予想以上に過激な返答来た!?
「見せしめとしては外の巡回でも十分でしょう。ですが、ここは王家打倒の象徴。この子を救っただけでは、誰とも知れない探索者の蛮行などと言って揉み消される可能性がございます」
王女の予測にトリーダックたちが色めき立つ。
「ならば、革命家を気取る共食いの蛇どもに、確かな敗北を印象付けるためこの幽閉塔を破壊していただけますよう、お願いいたします」
「おっと、それは困るな」
王女の願いを断ち切るように、俺たちでもトリーダックたちでもない第三者の声が響く。
同時に室内には爆発物が放り込まれたのだった。
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