74話:悪魔の奇跡
うわ、トリーダックが来た。
せっかくマップ化やその他スキルを使って狙い撃ちを行い、誰にも見つからず侵入したっていうのに。
(せっかくのチートも使わないと意味ないな)
マップ化した周辺に気を配ってなかったせいで、トリーダックたちの接近に気づけなかった。
それというのも王子の状態予想外に酷かったため。
そしてすごい勢いで切れる王女に圧倒されていたためだった。
(うん? けど近づく相手にはアラーム設定して、こいつらにもマーカーはつけてたはずだよな。…………もしかして、この微妙な震動…………バイブレーションかよ!?)
意識を向けるとアラームは起動していた。
そして本来コントローラーを握っていた手に起こるだろうバイブレーションが起きているのを感じる。
ただし、ゲーム時代と同じ感覚で手の辺りのみ。
その上、今俺の体は震動とか関係ない不定形のグランドレイスなので、余計にわかりづらい。
(わかるかぁ! チート能力も合った使い方じゃないと意味がないだろ!)
そしてこのアラームは俺の体に合わない!
「うぅ、く…………賢人の警戒を掻い潜ってくるなんて、何処に出も湧く害虫のような者たちめ…………!」
王女は嗚咽に引き攣る喉を絞るようにして声を出す。
しまったな。
そう言えばここに来る前に、辺りは全て掌握したみたいなことを余裕ぶって言ったんだった。
「いや、王女よ。問題はない。ただ私の警戒を喚起するには弱すぎたのだ」
バイブレーションがな。
「おう、いい度胸だ。俺たちが弱いかどうか、試してやる! 抜け!」
無闇にトリーダックが怒る。
(通じるわけはないんだが違うんだ……………まぁ、実際敵ではないんだけど)
ただやっぱりこいつらと戦う旨味もない。
殺して問題あるかどうかも良くわからないし、まさかここにいるのが依頼ってこともないよな?
ありえるか?
明らかにエネミーな巨人だったらまだしも、犯罪者でもない人間相手に何処までやっていいもんか。
この世界、正当防衛って考えあるか?
なんて俺が悩んでる間にNPCが勝手に答えた。
「これだから愚者は。あなたたち蟻と鼠の強弱の違いがわかる? どちらも並べて弱者よ。このお方すれば市井の者たちなど蟻や鼠と一緒。数が多いだけで警戒すべくもない弱者。なのに剣を抜け? 身の程知らずにもほどがあるわ」
イテルが見下し全開で言い放つ。
また怒鳴って斬りかかって来るかと思ったが、どうやら一度退いたせいかトリーダックもすぐにはかかってこないようだ。
ただイテルも違うんだよ、そうじゃないんだ。
誰も煽り文句で弱いって言ったんじゃないって。
実際こいつら弱いけど。
(けど外の巡回も一撃でやれたし。弱すぎて強さわからなかったんだよな。たぶんこいつらもLv.6程度の魔法で即死だし。…………あれ、別にイテルは間違ってはいないか)
トリーダックたちはすぐには襲って来ず、武器を構えて入り口を塞ぐ。
探索者に逃がす気はないし、王女も抱えた王子を放す気がない。
死体とあまり変わらない気がするのにな。
正直無駄足だ。
「諦めろ。ここで争ってもその王子の短い寿命がさらに短くなるだけだぞ」
「無礼者! この子はこの国の正当な継承者です! それを、短い、じゅみょう、だ、なんて…………!」
王女は激高のあまり言葉もままならないらしい。
まぁ、トリーダックたちから見ても王子は助からない容体のようだ。
そして確かに王子を庇って戦うとなると不利な状況…………。
(ってわけでもないんだよな。この探索者たちを即死させればいいんだし)
同じ事実に気づいているイテルが全く警戒もせず俺に伺いを立てる。
「いかがいたしましょう? 私が本領を出せば掃討は可能かと」
「そうだな。制限は解いていいだろう。だが、まだ殺すな」
「なんだってんだ!」
完全に軽く見られていることに気づいたトリーダックが警戒と共に、先手を取ろうと一歩踏み出した。
瞬間、イテルが魔法を放つ。
それはLv.5の火の魔法で、トリーダックたちを覆うように炎上網が形成された。
「なんだこの魔法!? いや、お前…………剣士じゃなかったのか!?」
「本当に愚者。私の何処が剣士に見えるの? 剣なんてただ急所に向けて振ってただけで攻撃は避けていただけよ」
「あの、力量でか?」
メーソンも絶句し、燃え盛る炎を見つめる。
間違えるのもわからなくはない。
身体能力高いし、初期の剣は誰でも装備可能なので、装備自体できない俺と違ってイテルはちゃんとアーツが出ていた。
「実力を隠してただと、ふざけやがって。だが、状況は変わらない。お前たちにはもう逃げ場はないんだ!」
「ふ、ふふ、本当に愚者。知らないことがここまで滑稽だなんて」
王女もイテルの優勢に落ち着いたのか、暗い声ながら喋ることができるようになる。
「このお方の力の一端を見ながら、どうして敵うなんて思うのかしら? あの一瞬にして死に絶えた巡廻の者たちを見ませんでしたの? それとも理解できませんの? 光の檻で不届き者を捕らえたとと思った次には、全員が過たず魔法によって絶命していたのですわ!」
「全員、だと? ありえない! そんなふざけた魔法があってたまるか!」
ゲームでも神限定の力だったとは言え、広範囲の魔法はプレイヤーでも可能だ。
(こいつらが知らないだけか、高ランクの魔法職プレイヤーが迷い込んだことはないのか)
どちらにしても魔法について俺はイニシアチブが取れるらしい。
転移に続いてNPC有利に働くいいことを知った。
メーソンが渋面で王女に剣を向ける。
「たとえ逃げることができたとして、その死にかけた王子をどうする? 他国へ逃避行するにしても、結局はその王子を捨てるしかないだろう」
「誰が捨てるものですか!」
「おい、王女さまよ。それだけ弟を思ってるなら、無駄な争いに巻き込まず、静かに眠らせてやれ。もう長くないことはわかってんだろ」
トリーダックは諦めの滲む声で促すと、王女は身震いをする。
それが恐怖か怒りかはわからない。
けれど激情に襲われてガタガタと体が揺れ始めていた。
(伯爵の所連れて行ったら医者とか。いや、なんと言うか死相みたいなの出てる気はする)
これだけ騒いでいるのに王子は動かない。
いや、動けない。
見るからに体は骨と皮だし、もうそこまでの力がないんだろう。
そんな王子を眺めていると、イテルがトリーダックを指差して胸を張った。
「己にできないことは翻って他人もできないなど、本当に狭い了見でしか物事を捉えられないのね。もはや愚者よりも無知蒙昧のほうが似合うのではない?」
「ま、まさか! できる、わけが…………!」
イテルを振り仰いで王女が声を上ずらせる。
「こうして間をおかずにわざわざ戻られたのも、この者の容体を知っていたからにほかならないわ」
いや、知らん。
「目撃者を失くしたのも、この者がいつ死んでもおかしくないからこそ偽装に使えるのよ」
いや、違うし。
「そして、私にすぐ殺すなと言ったのは無知蒙昧なあなたたちに神の奇跡を目の当たりにする機会を与えるため」
いや、絶対ない。
「馬鹿な!? そいつの死は止められない!」
「この方なら救えるわ」
いや、それは…………否定できないな。
すでに一度死んだファナ生き返らせたし、こっちでもアイテムは有効だった。
言い出しっぺのイテルと藁にも縋りたい王女が期待の目を向けて来る。
助けるのは勿体ない…………というには回復系アイテムは薬師か錬金術師ジョブで材料さえあれば作れることわかってるし。
ここは以前の失敗を踏まえて確認をしておこう。
「イテルよ、今後のことはわかっているのだろうな? そうして明かしたからには、お前に任せることにするが?」
「はい、お命じいただければなんなりと」
いっそ嬉しそうに答えるイテル。
これなら助けた後放り投げても大丈夫そうだ。
王女と王子はたぶん伯爵の所に預けることになるだろう。
どう使うかはイテルを残して勝手にしてもらえばいいし、実力的に遅れも取らないならイテルの身も安全だろう。
(危なくなったら転移で戻って来させればいいしな)
もしイテルが失敗になっても責めはすまい。
だって俺も何すべきかわからないのに丸投げするんだから。
「では、よく見ておくがいい」
成り行きでトリーダックたちを前に死にかけの王子を助けることになった。
さて、イテルは神の奇跡と言ったが、それほど劇的な効果を求めているのか。
だとしたらちまちました回復は見た目が悪い。
俺は服の内側でコンソールからインベントリを開いて一つのアイテムを掴みだす。
(こうして俺がインベントリから取り出せるってことは、つまりプログラムじゃない戦い方の上に、道具まで使って運営側がプレイヤー相手にしようとしてたんだよな)
実現してたらそうとう厄介な敵だったことだろう。
この機能ももう日の目はないと思えば、ちょっと奮発する気にもなる。
「それは、なんと美しい…………」
王女が溜め息を零した。
俺が取り出したのは朝焼けから夜の濃紺へと色合いを移すような輝く宝石。
回復アイテムの最高峰、ニヒルモリスというものだ。
発動させて王子の上に落とすと石が溶けると同時にその色が美しいエフェクトに代わるという派手な演出がこれを使う決め手。
そして王子の体を覆い尽くし光で何も見えなくなる。
次の瞬間には、どう見ても健康な白い肌の少年が王女の腕から離れ立ち尽くしていた。
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