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73話:トリーダック

他視点

 俺たち『栄光の架橋』は、足早にその場を歩き去る。

 ブラッドリィを捕まえるため幽閉塔にまた張り付くつもりがまだ議員会館から出たばかりだ。


 王子の処遇を巡って、マギステルという議員ともの別れに終わった。

 あいつ、冷静なようでいて実は相当執念深いと見た。

 王族に情をかけたら負けだとでも思っているようだ。


 最初は即座の面会と話の早さにひとかどの人物だと思ったが期待外れだ。

 どうやら自分が思うよりも俺は人を見る目がないらしい。


「ったく、遅くなっちまった」

「お前が粘るからだぞ」


 俺のぼやきをメーソンが揶揄する。

 一緒になって王子を医者に見せるよう訴えたのはメーソンだってのに。


「気持ちはわからなくはないし、あれだけ頑なな理由を勘ぐってしまうのもわかるがな」


 そういうメーソンは、お互いあれくらいの兄弟を流行り病で亡くしてる。

 こんなの故国では珍しくない境遇で、探索者という一獲千金を夢見る刹那的な奴らの中には多いくらいだ。


 だからって子供が死ぬことに慣れるもんじゃねぇ。

 その上どうしても助けられないわけでもない奴が、無駄に苦しんで死ぬなんて見過ごせない。


「助からないのはわかるが、それでも最期まで無駄に苦しませるのも必要ないだろ。そんなに俺の考えはこの国じゃ常識外れなのか?」

「あの議員にも考えはあるんだろうがな。こう言っちゃなんだが、流行り病の時援助してくれたこの国の王家のほうがましな気がしてくる」


 メーソンの呟きに、他の仲間も頷くのは、こいつらも親類を失ってるからだ。

 それほど故国で起きた流行り病の猛威は酷かった。

 その頃はまだ周辺の小国が帝国に飲まれてなかったから、他の国からは国境封鎖という拒絶を受けている。

 手を差し伸べたのは共和国になる前の宗主国だったとそう言えば偉いさんから一度だけ聞いた気もする。


 今さらだが、あの王女はなるべく生き残るようブラッドリィからの引き離しを考えるか。


「狙いが王子で場所も割れてる。衛生面も悪いから場所を移すのはありだと思うが、襲撃の危険だなんだと反対された。実際どっちがましだ、メーソン?」

「確かに移動の際の襲撃は問題だ。だが、マギステルのあれは完全に王子に関わりたくないという妙な拘りで意固地になってるだけだな。『血塗れ団』を釣り出すのも俺は一つの手だと思ってる」


 マギステルはすでに王子を見捨てることを決めている。

 だから今さら金をかけて医者に診せることも、移送して手間をかけることも嫌がった。


「とは言え、俺たちは異邦人だ。後から問題になるようなことをするなよ、トリーダック」

「わかってるよ」


 襲撃されたからと王子を幽閉塔から連れ出すのはなしだと、メーソンに釘を刺された。

 まぁ、助からない分この異国の地で医者の当てもない俺たちがじたばたしてもしょうがない。


 できることと言えば、やることとやらないことを線引きすることだ。

 例えば、極秘に王女殺害を依頼するような素振りを無視するとかな。


「やっぱり寄って立つ誇りのない奴は駄目だな。この国の王家倒して何か良くなったかって聞いてやりたいぜ」

「本人の権力としては良くなったんじゃないか? まぁ、周辺の国々から見捨てられてるが。それは本人も気にしてないようだし」


 国の規模が違うから、この国では王家の近さも違ったんだろう。

 マギステルからは王家に対する親しみというものは全く感じられなかった。


「やめだ、やめだ。俺たちが考えるべきは『血塗れ団』だ」

「確かに国なんて大きなものは専門外だ。だがあの悪魔たちは人間として放ってはおけない」


 俺とメーソンのやり取りに仲間も確かに同意を示す。


 そうして意気が翳ることなく幽閉塔へ向かっていると異変が目に入った。


「何か、光ってる?」


 それは腰ほどの高さで帯状、いや、柵状に広がっていた。

 しかも幽閉塔周辺を覆うように湾曲している。


「まさか魔法光か? だがあんなの見たことがない」


 メーソンが目を眇めて慎重に足を止めた。


 魔法光とは、古くはエフェクトと呼ばれるという魔法を発動した際に現れる特殊な光だ。

 魔法によって色や形が違うので魔法を見極める一つの指標となっている。

 だが、探索者をする中で見た魔法光のどれとも違う。


 白く立ちあがる波のような揺らぎを持つそれは未知の魔法だった。


「くそ、もう一度来るとは思ったが、まさか白昼堂々か!」


 こんなことができる相手に思い当たり俺が走り出すと、仲間も続く。

 そのまま光の手前まで走り込もうとして、足が止まった。


「…………なんだ、これ…………? どうなってる!?」


 光の柵の向こうには、血の海が広がっている。

 二人一組の巡廻が胸に大穴を開けて倒れていた。


 じわじわと広がり続ける血の様子から、殺されて間もない。

 だが、それだけじゃない。


 目を移すと他にも血に沈む死体、散らばった肉片、剥きだしの骨。

 そこには人間だった者たちの無残な破片が転がっていた。


「死んでる…………?」


 メーソンが場違いな呟きを漏らす。

 どう見ても死んでるが、そう言わずにはおれないほど現実離れした光景だ。


 こんな惨劇が起こっている物音も気配もなかったなんて。

 明らかに人間の持てる武器に該当のない傷。

 けれど魔法というには音も光もなかった。

 ましてやこれだけの数を攻撃するのにどれほどの魔力が必要になるというのか。


(何故気づけなかった? こんなこと一体どうやってやった? これだけの数一斉なんて無理だが、気づかれずになんてもっと無理だ)


 理解の及ばない恐怖が胸を悪くする。

 同時に凄惨な現場に一つ思い当たることがあった。


「…………『血塗れ団』?」

「ば、馬鹿な。犯行の仕方が違う。何処に呪術的要素がある? あいつらなわけ…………」


 メーソンは否定しようとするが、その声はしりすぼみだ。

 それは自分たちが追う相手への恐怖からであり、そんなわけのわからない手段を用いる相手であると認めたくないからだ。


 否定したい気持ちはわかる。

 だが他にいない。


「まずは、この光の柵をどうにかしないと。触れて、こいつらがこうなったかもしれない」

「気をつけろよ。未知の魔法だ」

「わかってる」


 メーソンに答えつつ、俺は剣を抜いて構えた。

 そして慎重に光の柵に触れる。


「まるで水の中に入れたような感じだ。妙に抵抗が強い。それに、一定以上入らない。剣は、無事みたいだ」


 光から引き抜いた剣に異変がないことを確認して、俺は意を決して光の柵に触る。

 結果は剣と同じでどうやらこちらに害はない。

 ただ決して越えられない力があるようだ。


 腰の高さなのに跨ごうとしても見えない壁があるかのように光の上に手を置けなかった。


 四苦八苦してると突然光が消えた。

 その時押してみていたメーソンが危うく転びかける。


「消えた? いったいどうして?」


 流れる血を踏んで踏みとどまったメーソンは、光の柵の内部に踏み込んでいた。


「効果時間が切れたか、術を解いたか。だが今はそんなことはいい。王子の下へ行くぞ」


 俺の号令にメーソンが何か言おうとこちらを見る。

 けれど諦めた様子で大きく息を吐き出すだけだった。


 そしてそのあと口を押えたのは、吸うには辺りが血腥すぎたせいだろう。


「生存者の確認は必要なさそうだ」


 俺たちは慎重に陣形を組んで幽閉塔に迫る。

 その間に見る者は、すべて死んでいた。


 誰もが急所を一撃で吹き飛ばされているため目視でわかる。


「誰も剣を抜いていない。それに頭を吹き飛ばされている者が多い。これは、死角になる上からか?」


 メーソンが素早く周辺の建物を確認するが、敵影はない。


 確かにその可能性が高そうだが、ただそう推測しても巡回の誰にも気づかれずに全員殺すのは無理があった。


 俺たちは迷わず王子のいる部屋に向かう。

 幽閉塔内部にも少数の人間がおり、巡廻の休憩中や管理人、下働きなどが今も働いている物音がしていた。


「誰も、気づいてないだと?」


 幽閉塔の敷地内からは人の気配があるものの、誰も騒いでいない。

 これは明らかに周辺の凄惨な状況に気づけもしていないからだ。


「トリーダック、応援を呼びに戻るべきじゃないか?」

「いや、あれだけの数の巡回が警戒態勢を取る暇も与えられなかったんだ。みすみす逃がすことになるか、犠牲を増やすだけだろう」


 メーソンの意見も考えるが好転するとは思えない。


「それに内部は生きてる。だったら屋外でしか使えない手か、乱発できないと考えるべきだ」

「確かに。だとしたら、要救助者を抱える今が…………ち、胸糞悪い」

「あぁ、全くだ」


 メーソンは自分の考えに対して舌打ちをした。

 俺も同じことを考えてこの場に残ることを決めたから、同意するしかない。


 王子を連れ出すことがブラッドリィの目的であるなら、あの衰弱した王子こそが未知の魔法を駆使する強敵に隙を作る恰好の足手まといになる。

 そんな状況であればこちらが有利を取れると思ったのだ。


 今を逃せば逃がすだけとはいえ、不幸な死にかけの子供を利用する考えなんて胸糞悪い。


「…………ふぅ、行くぞ」


 俺たちはいつでも応戦できる準備をして進む。

 そして恐れていたとおり王子の部屋の扉が開いていた。


 覗き込む必要もなく、中から女の泣き声が響いている。


「奴らは悪魔です! いったいこの子が何をしたというの!? そこまでわたくしたちが憎いのですか!? 父を、母を、祖母を、叔父を殺してなお飽き足りぬと!? 呪いあれ! 共和国を名乗る愚民に呪いあれ!」


 血を吐くような怨嗟の叫び。


 探索者として死線をくぐった俺でも心胆寒からしめる激情と怨恨に濡れた声だ。


「だからこそここで止める。…………悪いが、そこまでだ」


 言って部屋に入る自分の声が苦り切っていた。


 室内は相変わらず臭いが、中には灯りが魔法で点されている。

 その光の中、汚れきった王子だったものを抱く王女が床に座り込んで涙する姿がある。


 そしてその二人を見下ろす女信者とブラッドリィがいた。


隔日更新

次回:悪魔の奇跡

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