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69話:トリーダック

他視点

 俺は共和国まで『血塗れ団』首領のブラッドリィを追って走った。

 いつにない勘の冴えで行先も知れない相手と邂逅したが、恐るべき魔法に逃走を余儀なくされている。


 だが戦いってのは死ぬまで負けないものだ。

 俺は共和国の議員に渡りをつけた。

 『血塗れ団』を危険と判断して俺の意見を入れる決断力のある御仁に出会えたのは、もう神があの悪党を野放しにするなっていう思し召しかもしれない。


 そして王女を名乗った少女の反応から、俺は幽閉塔に目星をつけて張ることにした。


「本当にここにくるか?」

「メーソン、あの自称王女が諦めると思うか?」


 俺が聞き返すとメーソンは肩を竦めた。


「幽閉部屋から逃げ出して、王子を捜して見つかり身一つで逃走。その上であれだけ強気なら、確かに諦めるほど素直じゃなさそうだ」


 王女の幽閉塔での行動はマギステルという議員に教えられた。

 口髭は整えられていたが室内は質素倹約を体現したような奴だ。

 聞けば議会で一番の派閥の頭を張ってるという。


 あまり融通は効かなさそうだと思ったが、俺たちの行動を理解して幽閉塔への出入りも許可した。

 国を建てた王族から国を乗っ取るなんて真似するだけの胆力はあるってことなんだろう。

 その点は現実の見えていないらしい王女よりも実力が備わっているように思う。


「だが、今日奴と出会ってその夜に王女がここに戻る必要あるかってことだよ」


 長い付き合いだ。

 メーソンは俺の意見を受け入れつつも、ここまでの強行軍の疲れを訴えるように、今度はけだるげに肩を竦める。


 メーソンとは探索者として駆け出しの頃に同じ人に師事し、そこから独り立ちして同じ依頼で再会した。

 それからは馬が合うことを確信して一緒に探索者をやっている。

 頭に血の昇りやすい俺を冷静にさせてくれるいい片腕だ。


「ブラッドリィは共和国に入って迷わず首都に来てる。それは間違いないだろう?」

「すぐに馬を調達した俺たちとあまり変わらずにいたからな」

「となると、あいつは首都に着いて即座に王女を押さえてる。つまり、すでに策謀は動いてるんだ」


 俺の指摘に『夢の架橋』の仲間に緊張が走った。

 『血塗れ団』はその凄惨な殺人の様相ばかりが恐怖の代名詞として流布しているが、その派手で陰惨な事件を事前に察知されることなく成し遂げる腕こそが恐るべきものだ。


 正直、すでに動き出している『血塗れ団』を止められるかわからない。

 今までできた者はいないのだから。


「そうか、王国の英雄からたった二人でそれでも共和国へ向かったのは、すでに動き出していた策謀があったからか」

「ま、王国の英雄が共和国まで追いかけてはこないって打算もあったんだろうがな」


 話しつつ、俺たちは防衛の観点から幽閉塔の内部を確認する。

 その上で一番気になっていた場所に向かった。


「あいつはすでに王女を心酔させてやがる。となると次に狙うは…………」

「王子か。そのためにここを襲うと?」


 俺は一つの部屋の前でメーソンに答えようとして、鼻を覆う。


「本当にここか、トリーダック?」

「そう、俺は聞いたんだが。酷い臭いだ。家畜小屋のほうがまだましじゃないか?」


 部屋からは息をするのも不快なほど悪臭が漏れていた。

 扉に手をかけると鍵もかけられておらず開いていることに驚く。


 そして中を覗くと闇が広がっていた。


「おい、誰かいないのか?」


 俺は室内にいるはずの相手に呼びかけた。

 けれど返事はない。

 どころか人間がいる気配がない。


「火をつけて全員で捜せ。まさかもう攫われてるなんてことないだろうが」

「扉が開いていたならそうも言ってられないぞ」


 見通しの甘い俺にメーソンが気を引き締めるように答える。


 そして全員で携帯した灯りをつけた。

 これは手で持つ棒状のアイテムで、魔法で明かりのつくアーティファクトを真似て作られた物だ。

 こっちは手動で火をつけるが、使い勝手は悪くない。

 たいまつよりもずっと簡単に火がつけられるし消せるのだ。


「まさかタブーはないよな?」

「おいおい、ここはダンジョンじゃないぞ」


 仲間がそんな軽口を言い合って、不快な臭いと明らかにおかしな状況への不安を紛らわせようとしていた。


 突然現れるダンジョンは命の危険をはらむと同時に、一定のルールがあり財宝が眠っている場所だ。

 そのダンジョンでは特定の場所に禁則事項があり、犯すと強力な魔物に襲われることもあると聞いたことがある。

 光をともすことが禁忌とされている場合もあるらしいというのは、もっとも有名なダンジョンでのタブーだ。


(さすがにここではないはずだが、異様な静かさだ)


 俺たち以外が物音を立てることもなく部屋の中を探っていると、一人が声を上げた。


「いた! いたぞ! たぶんこいつだ! 王子だ!」


 照らされたそこには床に倒れて動かない子供。

 いや、人間と思っていいのかわからない、何か黒く異臭のする塊がいた。


「…………こりゃ、歪んでる?」


 一言で表すならその少年は歪んでいた。

 体の中心が歪んでいる、指なんかの末端も歪んでいる。

 息を確かめようとした顎も歪んでいる。


 どうすれば人間がこんなに歪むのか、この部屋で何が行われていたのか考えたくもない。


「鍵が、ないわけだ。こんな状態じゃ歩いて逃げ出すこともできない」


 糞尿と獣臭に似た臭いを纏う少年は、かすかだが息をしていた。

 だが、どう見てもまともに食事をしていない体の薄さだ。


 食事ができなければ死ぬのは自明。

 そして食事ができないほどまで人体を歪めた虐待を同じ人間が行ったという事実に俺の顔は自然と歪む。


「こんな子供になんの怨みがあって…………!」

「おい、肩入れしすぎるな」


 吐き捨てる俺をメーソンが止める。


 俺が子供相手には弱いことを知ってるからこその忠告だ。


 だが子供ってのは守られるもんだろ。

 共和国なんてもんはびこらせたこの国の王家は碌なもんじゃないと思う。

 けれどそれでもと思ってしまうのは止められない。


「一人の子供として、同情するくらいはいいだろう…………」

「お前は優しすぎるんだ」


 メーソンが笑って肩を叩く。

 仲間たちも俺を責める様子はない。


 以前『血塗れ団』に関わった時も子供が犠牲になった。

 それに怒り深追いする俺をメーソンは止めてくれた。

 今もこうして予定外の追走につき合ってくれる。


 俺には勿体ないくらいの仲間だ。


「しかし、これじゃ王女も骨折り損だな」


 これは助からない。

 顎が歪んでいるせいでまともに水も飲めないだろう。

 いつからこうなのかは知らないが、今生きてるのも不思議なほどだ。


 思えば王女もそう言われるまで気づかないほどみすぼらしい恰好だった。

 服装はもちろん、その体自体が食い詰めた農民のように細かったからだ。


「ブラッドリィの目論見が、この状況をわかっていて、なんてことはないだろうな?」


 メーソンの予想に誰も何も言えない。

 そんなことあるかと言いたい。

 そんな無慈悲なことがと。

 けれど、それをやるのが『血塗れ団』だ。


 実際に過去にあった事件では、精神的に追い詰めた娘に実の母親を殺させるという非道を行った。

 あの王女をどうするつもりかはわからないが、碌なことにならないのは目に見えている。


「引き離す、必要があるか?」

「言っても聞かないなら、それもありだ。力尽くってのは俺たちの得意分野だろう?」


 なんだかんだメーソンも優しい。

 王女の未来はどう転んでも『血塗れ団』に利用されて凄惨な死。

 逃げたことを責められるかもしれないが、それでも助けることを考える。


 俺は動かない王子を抱き上げた。

 仲間が倒れて埃の積もった机を立てたので、その上に寝かせる。

 目は開いたようだが何も言わないし動かない。

 判断力が残ってるかも怪しいもんだ。


 そうして床よりましな場所に移動させていると、外で騒ぎの声があがった。


「来たか」

「本当にか。それで、どうする?」


 予感を的中させた俺にメーソンが次の行動を問う。


「予想どおり速攻だった。その上で王女が動かせる人数には限りがあるはず。なら、これは陽動だ」

「なるほど、騒ぎで大きく見せてここにいる敵を引きはがすか」


 話しながら俺たちは部屋の出口へ向かう。

 扉を閉める間際、俺は一度王子を振り返った。


 部屋の中に光はなく、閉め切っているのでこの暗さは昼でもそうだろう。

 軽く照らしただけでも窓が全て塞がれていたのが見えたのだ。

 そして倒れた机や椅子、床に放り出されて悪くなった食事だった物、腐った水。


 遠回しで消極的だが明らかな殺意を感じる。

 誰の目にも触れず、誰にも忘れ去られて消えろという念。

 そんな悪意がこの部屋の中には充満しているようだ。


「…………あの大派閥の議員さまが知らないわけないだろうな」

「大派閥の議員さまだ。そこまでの肩入れは身を亡ぼすぞ」

「わかってるよ、メーソン。だが、あいつと手を組むのは今回限りだ。こんな不合理で私怨に塗れた虐待しておいて、ただで済むとは思えない。人間として歪んだ奴に先はないだろ」

「確かに。だが、憎まれっ子世に憚るという言葉もある。今言えるのは、あれが俺たちの国のトップじゃなくて良かったなってことだ」


 俺たちは部屋を出てさらに離れる。

 あんな所に王子がいるとは思わないだろう。

 それでも知っていたならば通ることが予想できる位置を確認して張った。


「まだ外の騒ぎは収まらないのか?」

「火って聞こえるな。放火か。『血塗れ団』らしい無差別さだ」


 メーソンが耳を澄ませて吐き捨てるように応じた。

 それでも持ち場は離れない。


 騒ぐ声が幽閉塔から確実に離れて行く。

 どれだけ盛大に燃やしたのか。

 無関係の人間をどれだけ巻き込んだのか。

 俺は怒りと駆けだしたい衝動を抑えて得物を握る手に力を籠める。


 そうして待っていると、俺たちに向かってくる足音が確かに聞こえた。


隔日更新

次回:セナ・マギステル

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