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68話:王女の救出作戦

 国外脱出を勧める伯爵を説き伏せると、王女が主導で弟の救出に向けての陣頭指揮を執ることになった。


「幽閉塔は今、警戒が高まっています。よほどの数を揃えなければ落とすことはできないでしょう。しかし我々も監視されている今、大きく人を集めれば必ず革命派に気づかれます」


 伯爵が正攻法での救出の難しさを口にする。すると王女は微笑んで答える。


「それを利用します」


 どうやら王女なりに考えはあるようだ。


「まず陽動を行い、幽閉塔の敷地から見張りを引きはがすのですわ。何か異変があれば確かめないなどということはしないでしょう」

「それは確かにそうですが、確認に走る人数は知れていましょう。引きはがすためには足止めも込みで考えなければ」

「もちろんわかっております。引きはがす人数を増やすことと足止めも見込んで、幽閉塔周辺を焼くのです」

「なんと…………!?」


 王女の思い切りの良さに伯爵は絶句する。

 俺もちょっと意外に思って王女を見た。


 すると王女は祈るように指を組んで続ける。


「伯爵言うとおりこちらで用意できる手勢など限られているのは承知しております。それに引きはがしと足止めとなれば命の危機さえ想起させる必要があるでしょう。もちろん街に住む人々には迷惑をかける良心の呵責はございます。けれどその人々さえも国のためには必要な犠牲であると思わねば、もはやわたくしたちには選択肢は残っていないのです」


 それらしいことを言いながら、王女は瞑目した。


 けど元から目の玉がなく視界はたぶん人間より広い俺は、仮面越しでもちらっと見えてしまった。

 闇の深い口元の笑みを。


(これは相当怨んでるってことか? まぁ、王家を倒した革命と言えば市民革命だろうし、もう元王都の住人なんて知ったことじゃないって気持ちか)


 俺は他人ごとで今見たものから目を逸らす。


 ここまでイテルの無闇な期待を王女に押しつけることに成功している。

 このまま高みの見物で手出ししないほうが神としての威厳を保てるだろう。

 後はどうにか火の粉がかからないように祈るだけだ。


 そうして話し合いが進む内、その心配は杞憂だとわかった。

 どうやら伯爵側としては俺をあまり関わらせる気がないらしい。

 信用していないんだろうな。

 もしかしたらずっとメンチを切ってるイテルのせいもあるかもしれない。


(転移した後は黙れ、暴れるなとは命令したが。美人が何やってるんだ)


 それで言うと王女の対応が不思議だ。

 賢者、賢人なんて言うから頼ってくるとか意見聞くとかしてくるかと思えば全くそんなことはない。


 この話し合いもずっと王女が主導して進めている。


「人員は陽動、そして侵入して救出する二つに分ける必要があります。人員を揃える伯爵の采配で、適性のある者を振り分けてください。わたくしは救出に参加します」

「そんな危険です! どうか私にお任せを! 必ずやあなたの下に吉報をお届けいたします!」


 王女本人が乗り込むと聞いて、伯爵が慌て始める。


 いや、どっちも駄目だろ。

 そう思ったら王女が俺を見る。


「わたくしにはこの賢人にして大魔法使いがおります。伯爵の心配は杞憂でしてよ」


 俺かよ…………。

 つまり幽閉塔とやらに同行しろって?


(そこまでする義理あるか? 危険な橋を渡るような…………危険、危険ないな。最悪転移すれば楽に逃げられるし)


 けどやっぱり守る義理もない。


「でしたら私がルピア王女殿下をお側でお守りいたします」


 伯爵がやる気に満ちた目で胸に手を当てる。

 だがそれは俺でもわかる悪手だ。


「伯爵は残るべきだ」


 意見する俺に伯爵が気色ばむ。

 伯爵はプライドの問題なんだろうが、イテルまで気色ばむな。


 俺はどちらも止めるため手を上げた。


「冷静になればわかるはずだ。伯爵は残るべきだと。そして王女の心意気は買うからこそ、私は意見を上げている」

「何を知った風に」

「知っているはずだ。わかっているはずだ。失敗の可能性を除くのは自信ではなくただの慢心だと。伯爵は最後の砦であり、六年もの間生きて王女と連絡を取り続けた唯一の味方だ。これは稀有な忠誠心と隠蔽能力があってこその実績だろう。その上で今も王女を国外に出す方策を持っている。ならば残るべきは伯爵だ。王女の生命線なのだから、後ろを任せられる者は伯爵以外にいない」


 イテルが喧嘩売らない内に俺はまくしたてた。


 何が言いたいかというと、最終的に王女引き取ってもらう宛てを失くしたくないんだ。

 そのために伯爵は安全に後ろにいてほしい。


 どうもこの王女は悪運があるらしい。

 王族の中で生き残ってるし、こうして逃げ出せたし。

 だったら王女が生きて戻った後の心配をしておかないわけにはいかない。


「力押しなら私にもできる。だが、王女をこの国の中で最も安全に匿えるのは伯爵のみ。訳の分からない手紙での指示を信じ、こうして怪しい私を受け入れている。全てはひとえに王女のため、王家への忠心からだ。この国にそれだけの忠誠を示せるものが他にいるか? 伯爵をおいて他にはいないだろう」


 相手をいい気分にさせて意見を飲んでもらおうと下心満載で言った途端、伯爵が涙を零した。


(泣いたー!?)


 伯爵自身、涙にうろたえて言葉を詰まらせる。


「わ、私、何もできず…………。今日まで、不忠の謗りも覚悟で…………。そのような言葉、かけていただけるとは、うぅ…………」

「いや、私は客観的にあなたを評価したにすぎない」


 困って王女のほうに顔向けると王女が力強く頷く。


「賢人であるからこその洞察ですわ、伯爵。そしてわたくしも焦って言葉が足りませんでした。皆の忠心を信じて良かった。伯爵の励ましの手紙は私の心の寄りどころでした。神の身元で陛下たちもあなたの働きを見ていてくれることでしょう」

「はい…………!」


 王女の言葉に伯爵は涙を拭って返事をしたかと思うと、俺を見る。

 同時に膝を突いて俺を仰いだ。


「貴殿には無礼な振る舞いをいたしました。心より謝罪し、また感謝を捧げます。よくぞ、ルピア王女殿下を助けてくれた。その上で厚かましいが、どうかお守りいただきたい」

「うむ」


 うん? ノリで頷いたけど、これって俺が一緒に行く流れになってないか?


 イテルみると鼻高々で、もうメンチ切ってないけど俺を庇う気はなさそうだ。


「ついては少ないながら褒賞をお受け取りいただきたい。お連れいただいただけでも贖えぬほどの働きであることは重々承知ですが。今用意できるのは金銭でしかない」


 金をくれるなら嬉しい。

 今のところ俺たちはこの世界の金品手に入れる方法がないんだ。


 大地神の大陸には無限の資材あるけど持ちすぎるとやっかみがある。

 だから小銭はあっても困らない。


(王女も今の共和国政府が金あると思ってたって言ってたし、金持ちをそねむ気持ちはわからなくもないな。俺だって一般人だったんだ)


 だったら大地神の大陸の私財よりこの世界の金銭のほうが限りがある分使い勝手はいい。

 ただ今は駄目だ。


「私は何もしてはいない」

「ご謙遜を。わたくしを二度助けてくださったではありませんか」

「あれはどちらも私がするべきだと思ってやったこと。ここに来るまでに言ったはずだ、王女。覚悟を見せろと。まだ何も見ていない内から褒賞など早計だろう」


 実際はここで受け取ると王女を助けないといけなくなりそうで怖いからだ。

 俺からしたら弟王子救出なんてやる気ないし、どう考えても失敗する。


 ただ失敗しても成功しても痛くないし、まずい状況になれば王女を見捨てるつもりだ。

 それで金銭受け取っていたら伯爵に怨まれそうだし、姿暗ますにしてもトリーダックのようなしつこい奴もいるから面倒ごとは避けたい。

 帰りを待ってるNPCに、余計な問題持ち帰って呆れられないためにも俺は保身が第一だった。


(というか、害はないけど怨まれてるとか敵意向けられるとか、平和に暮らしてた俺からすれば神経すり減らすんだよ)


 魔物相手だとゲーム感覚なのに、相手が人間となっただけで現実のほうの感覚が強くなってなんかストレスを感じる。


 身に染みた社会人のさがというか、これでも体が変わって人間の感覚は薄まっているはずなんだが。

 そうじゃないとこんな貴族屋敷で王女目の前に偉そうにしてられないし。


(この体も人間っぽい動きを意識しないとふわっとするんだよな。もうこの感覚人間とは違いすぎて、余計に気持ちの人間っぽさが気になるっていうか)


 だから見捨てるにしてもいい訳が欲しい小市民だ。


 そんな俺の内心を知らずに王女はやる気をみなぎらせてまた話を進めた。


「どうぞわたくしの覚悟、側近くにてご覧ください」


 そうして弟王子救出計画が決まり、伯爵が人手を集める。

 王女は幽閉中にできなかった身支度のため部屋を出た。


 俺はイテルと二人きりになると、マップ化で周辺に誰もいないことを確認してイテルに発言を許可する。


「人間の不遜さには唾棄すべき無知であると訴えたいところですが、蒙昧な私にお教えいただきたいのです」

「うん? うむ、なんだ?」

「幽閉塔とやらに一人侵入させて瑪瑙を置いてくるでは駄目だったのですか?」

「あ…………」


 その手があった!

 転移してマップ化して王子見つけて帰ってくれば失敗もなく、感謝されて、お金ももらえたじゃないか。


 イテルは俺に考えがあると信じて疑わない顔で答えを待っている。

 きっと気づきませんでしたなんて凡ミス、神らしくないと幻滅されるだけだ。


「…………あの王女にやらせることにこそ意味がある。お前は私についてくればいい」

「はは! 何処までも!」


 無理矢理話を終わらせると、何故かイテルは声を弾ませる。

 対照的に俺は自分の頭の悪さに気分が沈んだ。


隔日更新

次回:トリーダック

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