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67話:想定外の転移実験

 俺は連れ込み宿から貴族の屋敷に移動することになった。


 支援者について聞くと、王女は手紙のやりとりをしていたというのだ。

 もちろん監禁されていた王女には監視がついてた。

 手紙のやりとりなんて封を開いての検閲がされる。

 だから王家に伝わる暗号で、重要事項のみをやり取りしていたそうだ。


 その中で、相手の貴族もまさか国王夫妻の処刑を告げられていないとは夢にも思っていなかったらしい。


(自力で逃げ出してみたり、武器持った探索者相手に啖呵切ったり、あんがい肝が据わってるな)


 王女の顔立ちは整っていて優しげだ。

 甘い雰囲気がある中に気品も感じられる、俺の感覚で言うとお嬢さまっぽい。

 意志の強そうな美人のイテルと一緒にいると余計にそう感じる。


 そしてそんな美人二人を前にまったくこれっぽちも反応しない俺。

 ないにしてもなんか沽券にかかわる気がするから不思議だ。


「し、失礼します」

「どうぞ」


 俺が益体もないことを考えている内に、貴族屋敷の一室で外から控えめなノックと声がかけられた。

 それに王女が答えると、慌てた様子でドアが開く。


 こっちの人間のおしゃれなのか、ドアを開けた男は髪にリボンをしているのが印象的だ。

 服装の立派さからしてたぶん貴族で、あまり若いとは言えないが年寄りとも言えない年齢の様子。


「こ、れは…………。突然手紙が現われたのもそうだが、いったいどんな奇跡でしょう? まさか、本当にルピア王女殿下に今一度お目通り叶うとは…………!」

「えぇ、わたくしは奇跡のような幸運な巡り合わせを得ました。けれど伯爵、お疑いもありましょう。こちらをお確かめなさい」


 感激して顔を歪める伯爵とやらに、王女が何かを取り出す。

 それは金属だけでできた指輪だ。

 伯爵は震える手で指輪に触れると歓喜に耐えないように声を絞り出した。


「あぁ…………! 王妃殿下の、印章…………!」


 震える声はどうやら歓喜ではなく悲哀だったようだ。


 あと王女の名前を今さら知った。


(だがこれはいい実験になった。やはり転移は知られていない)


 まずこの伯爵と渡りをつけるために暗号の手紙を王女に書かせた。

 そしてそれをスライムハウンドに転移を使わせてこの部屋に置いただけのこと。

 臭いで異変に気づいて騒いでたらしいが、手紙に書いた指示通りに動き、転移で現れたことを奇跡とさえ言っている。


 手紙に書いてあったのは王女の来訪と、一室を外から見えないよう封鎖すること。

 その封鎖した部屋に手紙と一緒に送った瑪瑙を置くことだだった。


(行ったことのない場所でも、ビーコンになる物さえあれば俺は転移できることが証明された)


 連れ込み宿に荷物を目印に転移で来た。

 だからここにも大地神の大陸で手に入れた瑪瑙を置けばそれを目印にできるんじゃないかと実験したのだ。


 結果、転移は成功。

 そして王女や伯爵の反応から、転移を知らないと確信できた。


(これはとんでもないアドヴァンテージだ。上手くゲームの枠が外れて転移先に規制がなくなってる。その上この能力は大地神である俺の許可がないと使えない)


 つまり俺はいつでも仲間を送り込めるし、逃げられる。


 その安心感が今の俺の余裕に繋がっていた。

 それにこの件は王女に丸投げしてる。

 俺はノータッチを宣言して受け入れられてるのだから、焦る必要はない。


(とは言え、不安がないわけじゃないんだよな。差し出せるものがないなら心、その覚悟を試すとか言ってみたけど。この王女はどうするつもりだ?)


 正直俺は弟王子の救出とかどうでもいいし、なんなら王女の処遇も気にならない。

 ただ目の前にいて見捨てるのも座りが悪いだけ。

 確かなリスクが生じればいつでも切るつもりでいる。


 その気楽さも余裕になる。

 だから伯爵が連れてる護衛っぽいのが滅茶苦茶こっち睨んでるけど気にならない。

 …………いや、ちょっと気になる。

 こっちの人間、目力強いな。


 あとイテルはメンチ切り返すのやめなさい。


「伯爵、紹介させてください。このお方こそその知啓によってわたくしを窮地より救い、この奇跡の業を成さしめた賢人」


 そう言って王女がちょっと困る。

 お互い名乗り合ってないしな。


 だが、そう言えば名前決めるの忘れてた。

 どうする?

 いや、今から捻っても駄目だ。

 ここはそれっぽく誤魔化しておこう。


「まだ互いに知らぬほうが良いだろう。もしもがある。その時知っていることで罪に問われることもあるだろう。知らなければそれだけで罪を逃れられる。王女の身において最も重要なのは、どう生きるか。そして生きるにはまずこの敵地において生き永らえる選択を少しでも増やすことだ」

「つまり、罪ありきと糾弾される心当たりがあるということですかな?」


 伯爵は誤魔化されてくれないらしく、名乗りもしない俺に不審の目を向ける。


「胸襟を開いてこそ結べる友誼があり、育つ信頼もあるでしょう? ルピア王女殿下の身を案じてくださるその心意気、確かに承った。故に、どうか我々を案じるのではなく信を置いて名乗っていただきたい」

「いや、それは早計だ。…………王女ならばわかるだろう?」


 伯爵が思いの外食い下がるので、手のない俺は無茶ぶりするしかない。

 あとイテルは前科あるから怖くて振れなかった。


 すると王女は気づいた様子で口元を押さえる。


「あの探索者たちですのね」


 探索者って、トリーダックか?


「わかりました。伯爵、この方には敵がおります。しかも他国の者です。わたくしたちの身を思い、この方は無関係を装うことのできる距離のまま協力を申し出くださっているのです」

「なんと、それは…………いえ、でしたらなおさら我々も共にその敵に当たることを考えなければ対等な関係など築けはしないはず」


 伯爵はまだ疑いの目で見て来る。

 だが王女はどうやらこっちの味方。

 ここは少し強めに言ってみるか?


「君たちは私の能力を知っていればそれでいい。私自身を信用できないのなら外してくれても構わん。後は王女がその望みを己の知恵と意思で叶えるだろう」


 王女は俺を見上げて力強く頷き、覚悟を見せるという意思を曲げる様子はない。


「伯爵、わたくしが弟の救出に失敗したことは?」

「聞き及んでおります。我が家も王家に与していた貴族として早々に議会からの見張りをつけられました。どのような手段を用いるかもわからず、そのことを警告しようもなく、いえ、必要はなかったようですが…………」


 やはり転移を知らず、俺がどうやって現れたかわからないらしい。


「ルピア王女殿下、数日のお時間をいただきたい。さすれば必ずや議長国へとあなたさまをお逃がしできます。国王陛下並びに王妃殿下を救えなかった私の最後の忠を」

「いいえ、伯爵。わたくしは弟を救います」

「なんですと? それは無謀すぎます。すでに逃亡は露見し、幽閉塔は厳戒態勢。あちらも弟君の重要性はわかっております。こうしてあなたさまが助かったことさえ奇跡。今は雌伏を」

「もう耐えることならし尽しました」


 王女は静かだが強い声で伯爵の言葉を遮った。


 一度は言葉に詰まった伯爵だけれど、支配者階級の腹芸か、すぐに立て直す。


「お鎮まりください。その無念は重々承知の上でお願いでございます。我々も手を尽したのです。ですが、どんなに手を回しても、正面から圧力をかけても王家を解放するに至らず、処刑前には蜂起も画策しましたが実らず、今なのです」

「蜂起? そのような計画があったのですか?」


 思ったよりもこの伯爵も本気だったようだけれど、どれも実らなかったのは国王処刑から二年経った今が証明している。


 その上で伯爵としても考えがあるようだ。


「あなたさまがいらっしゃることで動く国もございます。教会も財産没収の恥辱を忘れてはおりません。今の議会の第一党を率いるマギステルさえ排除できれば、他国の軍を引き入れる目論みも進んでいるのです」

「まさか、今日まで諦めずに、見張られながらも準備を?」

「もちろんでございます。帝国の侵攻で王国や神聖連邦の動きが鈍ることもございました。損得勘定ばかりの議長国が手のひらを返したこともございました。それでも諦めるわけがありません。あなた方が、生きていらっしゃるのですから」


 伯爵は思ったよりも本当に忠義の人だったらしい。

 その思いに打たれて王女も言葉に迷う。


 これはこのまま引き取ってくれたらいいな。

 後、連れて来たことで共和国の情報だとか金銭もらえれば俺としては満足だ。

 まだこの世界の貨幣を得られる機会少ないし。


「ルピア王女殿下には、その、場合によっては他国へ嫁ぐ形を取ってもらうこともあるでしょう。ですが、そうすることで弟君をお助けするという大義名分がゆるぎないものになり、あなたさまの願いも叶う道筋ができるというもの」


 伯爵は熱く語る。

 けれど対照的に王女の表情は冷めて行った。


 それは見合う伯爵も気づいて驚き、熱を持っていた言葉も止まる。


「それは、いったいいつのことになるのでしょう?」

「ま、まずルピア王女殿下に避難を。そこから王家は今も健在であると喧伝をしていただいて各国に呼びかけをすることから始まりますので」

「つまり、一年や二年ではないのでしょう?」


 伯爵が頷くのを見て王女は首を横に振った。


「それでは間に合わないのです」

「間に合わない?」

「もう、あの子のすすり泣きさえ聞こえない。幽閉塔の中を捜して呼びかけても返事はなかったのです。一年など、長すぎる」

「それは、つまり…………」


 王女の震える声に伯爵も目を瞠る。


 どうやら王女が助けたい弟の容体が思わしくないらしい。

 それでも死んだとの発表はない。

 それだけが一縷の望みだった。


「伯爵、王家への忠を語るのでしたら今しかないのです。今を逃して行動しても、それは不忠のそしりを受けるだけの徒労と終わるでしょう」


 預言するような厳かな王女の言葉に、伯爵は選択を迫られるように息を飲んだ。


隔日更新

次回:王女の救出作戦

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