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66話:三大欲求の行方

 俺は元王都に戻っていた。

 あの個室しかないカプセルホテル以下の宿だ。


(まさか置き忘れた荷物が転移のためのビーコンになるとはな)


 人間らしさの演出のために、共和国に入ってから適当に用意した荷物で、大した物ではない。

 それでも俺の持ち物という認識と実績があるためか、俺がいた痕跡として転移先の候補の目印となったようだ。


 俺は元王都の外で、探索者と戦闘になり、トリーダックたちは逃げた。

 何処に逃げたかは知らないがまた会うのはごめんだ。

 追われないように転移しようとしたら、この宿の一室が候補に挙がったため来てみた。


 狭い部屋には俺、イテル、王女の三人。

 正直狭い。

 あと王女がベッドの上に座ったまま動かない。


「…………か?」

「うん?」

「な、なな、なぜに連れ込み宿なのですか!?」

「うぇ!?」

「落ち着きなさい」


 俺が驚くとイテルが王女を問答無用でチョップを下す。

 手加減はしているだろうが王女はショックを受けたらしく、頭を抱えて信じられないような顔でイテルを見上げた。


「まず、何故王女ともあろう者が連れ込み宿など知っているの」

「そ、そそ、それは、あの、その、せ、世俗を、しゃ、社会勉強といいますか。ももも、もちろんわたくしは使ったことなどありません!」

「うるさい」

「痛いですわ!」


 どんどん声が大きくなる王女に、イテルはもう一回チョップを見舞った。


 どちらも止めるべきだろうが今はそれどころじゃない。


(いや、ここ、連れ込み宿だったのかよ!? どうりでベッドしかないわけだ!)


 途端に部屋に一つしかないベッドを直視できなくなる。

 しかもそこには行きずりの王女が座っているのだ。


 決して、全く、そんなつもりもないし、なんだったらそんな欲もこの体になってから忘れるくらいだったが、今いるシチュエーションを意識したら酷くうろたえてしまう。


「うぅ、陛下に近寄るふしだらな女がそのようなことを言っていたので、わからないなどというのも癪ですから調べましたの…………」

「王女たる者が知っていていい言葉でもないでしょう。完全にその相手に遊ばれているわよ」


 イテルの指摘には王女も自覚があったのか真っ赤になって黙る。


「そんなことを知っていて国王に近づくとなると、噂の傾国の美女ね」

「どんなに姿形が美しかろうと、あれの性根は腐り果て、いずれ大木さえ枯らす腐った林檎ですわ」


 イテルの推測どおりだったらしく、王女が毒を吐く。

 それで少し落ち着いた様子になり、改めて聞いてきた。


「それで、本当に何故ここに?」


 もちろん矛先は俺に向く。


「うむ、それはだな…………ここにきて救出までを任せたのだ、イテル。説明してみよ。できるな?」


 丸投げ! の上にできないなんて言わせないパワハラ!


 最低上司! 本当ごめん!

 けど連れ込み宿とか知らなかったんだよ!


 理由なんてない俺は心の中で謝罪と言い訳を叫ぶ。

 すると通じたかのようにイテルが会心の笑みを向けて来た。


「それはもちろん、か、こ、この方が英知を持つ故です! この安宿の壁は薄く窓がなくとも外での騒ぎは筒抜けでした!」


 別方向からの丸投げが返って来たー!?


(待て! それだとまるで俺が…………!)


 なんの言い訳も思い浮かない内に、王女が驚愕の声を上げる。


「も、もしや、わたくしが咄嗟の逃走にこの裏道へと入り込むことを読んだ上でここを選ばれたと!?」


 わー、エイチってすごいね。

 もはや未来予知じゃないか?

 本当に予知してたなら女性連れでももう少しましな場所選ぶけどな!


(いまさらだけど、連れ込み宿に男女できて別々の部屋とる俺らって、宿の人から見て変な奴だよな)


 けど、思い出してみれば不思議そうではなかった。

 なんというか、「あぁ、はい。そういう客ね」と言わんばかり。

 どういう趣味嗜好で一緒に来て別々になるのかは、俺にはわからん。


 いや、今の問題は別だ。


(なんとなく連れて来たけど、旨味ない話だし。ちょっとイラッとしてトリーダック追い払ったけど、それもそれで早まったっていうか)


 王女をどうするかも、この国をどうこうも知らない。

 王国でも共和国でも好きにすればいいと思っている。


 見て回った結果、北の王国に迷惑かける余力もなさそうだし、どうやら周辺国からも鬱陶しがられてる様子。

 仲良くするメリットもないので、王女は放り投げたい気分だ。


「望みは、弟の奪還だったな」

「は、はい!」

「その後の展望はあるのか?」


 ここで面倒起こすなら始末も考えるが、どうやら王女に与する人間が残ってるらしい。


 損切りには同情するが、俺もそうしなきゃいけない立場だ。

 俺の設定を守ってくれたNPCのほうがこんな知らない世界の事情よりも優先される。


 袖振り合うも他生の縁というし、それでも一度はチャンスを与えよう。

 そう思って問いかけた。


「王家の者として、わたくしはふがいない。父である陛下の死も知らず、母である王妃の力にもなれず。婚姻も家があってこその王女の価値。わたくし一人が逃げても親類のいる他国の王室でさえきっと手を貸してはくれないでしょう」


 両手を握り締めて王女は思ったより冷静に自分の価値を言葉にした。


(そうか、だから弟か。王位継承権とかあるのは王子のほうだから奪還しようとしてるわけだ)


 王女が今後なにをするにも旗頭がいる。

 国の奪還にも立て直しにも国王に立てられる王子は必要不可欠なのだ。


「もはや、この国さえもわたくしはいりません。血を分けた愛すべきものはもはや弟だけ。弟を見捨てるくらいなら潔く死を。けれど生きながらえて何を成すかと聞かれれば、わたくしはこの血、この誇りにかけて復讐を!」


 組んでいた指をほどいて王女は胸を叩く。

 俺を真っ直ぐに見る瞳にはどす黒い感情が炎のように燃え上がっていた。


(この目、見たことあるー…………)


 この世界の女性はみんなこんななのか? すぐ復讐に走るのか?

 生きたいとか立身出世して見直すとかそんな気持ちはないのか?


 そう考えて俺は思い直す。


(もしかして、職業の自由とか、ないのか?)


 命を懸ける以外にできることがない。

 生き方さえ選べない中、俺の世界でも困窮したら夜の仕事という道があるのだから、こっちでもそうだろう。


 つまりは屈辱を飲んで生きるか潔く死ぬかなんだ。

 その上で死ぬことを選んだうえで、死に方を選ぼうとしてるのがファナやこの王女の復讐の道。


「どんなに意気込んでも不可能であるならそれはただの自殺よ」


 イテルが冷淡に事実を突きつけても、王女は知っていると言わんばかりに微笑む。

 死を語るにはいっそ異様な穏やかさだ。


「無知蒙昧な民も、飛揚跋扈の貴族も、傲岸不遜な富裕層もいっそこの地と共に呪いあれかしと思えばこそ、邪教集団であるかもしれないあなた方は、わたくしにとって救いの神となるやもしれません」


 あ、違うっての信じてくれたと思ったら疑った上で気にしてなかったのか。

 いや、いっそ『血塗れ団』かもしれないと思ったからこそついて来たとか?


(相当ヤバいな、この王女)


 俺が内心引くのに対して、イテルは大きく頷いた。


「邪教徒などではないけれど、このお方に従うならば、必ずやあなたの復讐も満願成就するのは間違いないわ」

「待て」


 勝手なこと言うな。


「は、申し訳ございません。早計でした。意に沿う見返りを差し出せるかの確認を怠りました」


 違う…………けどそこは確かに大切だ。

 俺だって慈善事業するわけじゃない。


 そんな俺たちの会話に王女は困る。


「わたくし、その…………この身以外、持ち合わせておりません。もちろん、父との姦通などただの讒言。ですから、あの…………わ、わたくしの、初めてを、いえ、初めてと言わずこの身を捧げますので、どうぞ、お慰みに」


 …………うん?


 俺が硬直した瞬間、イテルが眦を裂いて王女を上から見下ろした。


「そんなものに価値があると思っているのなら思い上がりも甚だしい。見込み違いです。不適切です。無用の長物です。今すぐ処断いたします。そうします」

「ま、待て待て待て!」


 イテルが早口にまくしたてながら剣を抜く。

 止める間に、王女が息を飲んで思い直したようだ。


「そ、そうですよね。そのようなお美しい方がいらっしゃるなら、わたくしなどお呼びではないのですわね」

「馬鹿なの、阿呆なの、死ぬの? 私なんて下も下。強く賢く美しい方々がこのお方には侍っていらっしゃるの。強く可憐で猛々しい方々もいらっしゃるの。方々を差し置いて私なんて、本当やめて。…………殺される」

「おい、最後。さすがにそこまでしないだろう? え、しないよな?」


 すごんでいたイテルが身震いを始める。

 確認する俺に、イテルは救いを求めるように見上げて来た。


「いや、本当にそんな相手はいないし、お前を殺せることもない。イテル、そして王女。私にはそのような邪な心はないのだ。邪推しないでもらいたい」


 王女は大人しく聞いてる…………と思ったらいきなり何か思いついた様子で息を呑んだ。


「まさか、機能不全…………?」

「…………どうりで」


 二人して俺の下半身を見るが、ちょっと待て!


「イテル。どうりでとはなんだ? お前は俺をどう」

「病気です! 病気ですから、そのお方をお責めにならないでくださいませ。治ります、大丈夫ですから。わたくしの父もその病を患い、あの毒婦めが王宮に入り込んだのも治療を名目にしておりまして!」

「す、すぐに! 我々の知識と技術を総動員して治療を!」

「待て! やめろ! 落ち着け! 黙れ!」


 俺は口々に慰めて来ようとする二人を、まくしたててようやく黙らせた。


(王女は処刑された国王の秘密暴露するし…………あと、本当なんでだよ、イテル?)


 俺のグランドレイスの姿知ってるだろ?

 まずないんだよ!

 病気とかそれ以前の問題なんだよ!


(けど、そう言えば俺の三大欲求どうなってんだ? 体的に必要ないもんだけど、できるかどうかなんて試してないし…………いやいやいやいや)


 試す相手まで考えて俺は浮かんだ思考をを破棄する。

 エリアボスの大乱闘しか浮かばなかったからだ。


「今話すべきは違うだろう。王女、与する相手について教えろ」


 俺は苛立ちと不吉な予感を抑え込もうと、ぶっきらぼうに先を促した。


毎日更新

次回:想定外の転移実験

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