64話:セナ・マギステル
他視点
「マギステル! 大変だ!」
私の執務室に駆け込んできたのは同じ派閥の議会議員オットー。
咎める間もなく放たれた言葉に私は耳を疑った。
「王女が逃げた!」
「なんだと!? どうやって! いや、追っ手は!?」
「それが、二十人ほどをすぐに嗾けたが、追い詰めたところで新手が現われ王女は連れ去られたらしい」
「…………信じられん」
私は握っていたペンを置いて考え込む。
王女は幽閉塔にいた。
あそこは入り口一つ、高い塀に囲まれておりその門も一つで、一階は高い位置に人が通れない程度の窓しかない。
そんな場所から逃げられたのは、優先度が下がって人員を割かなくなっていたからだろう。
世話してやる義理もないのだから最低限でいいと思っていたが。
正直王族や貴族の考えなんてわからない。
奴らは無駄な見栄に固執して、己のルールに従わない者はいない者として扱う。
そんなことをしてなんの益があるのかわからないが、幽閉されている身で人を選ぶなどあの王女は立場を弁えていなかった。
(とは言え、幽閉されててもさすがに国王の処刑についても知っただろう。もはや親のいない孤児も同然の身で、何故今さら?)
他国が暴徒の鎮圧や国王一家を救うというお題目で侵攻して来たのも今は治まっている。
大義名分にされるだけの邪魔な国王を始末したおかげだ。
私は知識層と呼ばれる生まれで大学も出て士業にもついていたから、物事を論理的に考える。
それで言えば王女の逃亡は愚行でしかない。
それなりの教育を受けていると考えれば、世間知らずの王女でも味方がいないことなんてわかり切っているはずなのに。
(それともいるのか? 国王処刑後から一斉に逃げた貴族か? 今国内に残っている者たちにそんな動きはない。あったらすぐに断頭台に送っている)
私はオットーに王女より優先度の高い存在について尋ねることにした。
「王子は?」
「あぁ、そうだ。どうやら助けようとして捜している内に脱走が見つかったらしいと報告されている」
やはりそこまで馬鹿ではないか。
王女一人が他国へ亡命してもなんの旨味もない。
継承権者は王子であり、王女一人で何を言っても正当な国の代表ではないのだから相手にされないのだ。
「見つかったから逃げたとなると、当てもない逃走にも思えるが、助ける者がいたんだな?」
「そうだ、突如として現れた魔法使いだと」
「魔法使い? 二十人もいて魔法使いなんて非力な相手に後れを取ったのか? いや、そうか。相手の規模は?」
「聞いたところ二人。あと、手分けしていたから相手をしたのは六人ほど。全員が重傷だ」
三倍の数を敵に回しても逃げ果せるか。
逆に数の少なさはそれだけの実力者であった証拠かもしれない。
しかも重傷となれば、すぐには話が聞けず、追っ手の手配にさらなる遅れが出る。
「使っていた魔法の位階がわかれば所属の見当もつくが」
「それが、どうも聞いたことのない魔法だったと、近くにいた者が言っているそうだ」
「何?」
魔法は適性の問題もあるが、何より高等技術だ。
魔力を操る適性があっても、使い物になる者は少ないと聞く。
そして魔法の習熟に腐心しなければいけないため、肉体を鍛えるような余裕はない。
「起きた現象で属性はわかるはずだ」
「確か風が吹いたとか」
「風はその上位属性の雷を習得するために第五魔法まで修めようと目指す者が多い。なのに聞いたことがない?」
上位属性の光、闇、雷、氷は、それを覚えるために下位属性を第五魔法まで覚える必要がある。
熟練度は気にせず第五でいいが、上位属性が使えるとなると宮仕え間違いなしの実力者に数えられた。
(第五魔法だけでも相当な力のはず。同時に第六魔法となると属性を極める以外では習得しようという者も少ない。そもそも第五魔法を覚えられる者さえ稀だというのにそれ以上の?)
いや、そうか。
実践に生きる探索者でも第三魔法が使えればいいほうだ。
第四や第五は話には聞いても、初めて見る者も多いだろう。
第五魔法以上だなどと相手を過剰評価する必要はない。
「問題は、多数を敵に回して逃げ切れるだけの高位魔法が使えるなら、何処かに所属していなければ覚えられないことが重要だ。王宮魔術師はすでに逃げ散っているが、弟子が残っている可能性はあるか。探索者にも第四魔法以上を使える者がいないかを当たれ」
「なるほど。首都を封鎖はしたが、探索者やすでにいない者の弟子などはまだ疑っていなかった」
「見つからないとなると、協力者の手引きで潜伏したと考えるのが妥当だろう。逃亡を報せて密告を待つのも手だが」
敵に高位の魔法を扱う者がついてる。
そいつを引きはがしたい。
もしくは捕らえて王党派の残党をあぶりだしたいところだ。
「面倒なことを起こしたと思うべきか、粛清対象の残存を報せてくれたと思うべきか」
「邪魔者は全員斬首だ。それ以外に思うべきことはない。私たちの理想はその先だ」
私の呟きにオットーが拳を握って熱弁するので、もちろん頷きを返した。
この国のため、新しい世のため、私たちは志を同じくする同士だ。
最初に革命を起こした者たちのほとんどはすでに断頭台の露に消えた。
せっかく勝ちで始まった戦いを、敗戦で穢したのだから当たり前だが。
「国王処刑に反対する時世のわからない馬鹿も首を切ったというのに、まだ尽きないか」
「あれのお蔭で貴族なんて怠惰な邪魔者を排除できたんだ。敵を除けばきっとまたこの国は良い方向へ進める」
このオットーはブルジョワの生まれで貴族に搾取される側だった。
どれだけ名を上げようと貴族の下に甘んじた屈辱は、すでにない。
共和国を建てた当初は議会にも貴族がいた。
けれど趨勢は我々革新派に傾き、貴族出身者のほとんどはすでに議会どころか国も捨てている。
「穏健派も追い出し、ようやくのところで敗戦。そのせいでまた国民による政治という理想の実現が遅れた。この期に及んで王女に邪魔されるわけにはいかない」
「そのとおりだ。王侯貴族に押さえつけられた我々こそが国の基である民だ。なのに政治の場がなかった。これからは誰しもが生まれに差別されずに、国のため、幸福のために生きるには、民の手に主導権を握らなければならない」
私と同じ理想を語るオットーのなんと清々しいことか。
利権にしがみついて本当に国のために働くことのなかった貴族、その親玉の王家を排除し理想の実現は目前なのだ。
もはや残りかすでしかない王女と王子に煩わされている場合ではない。
だが、殺すまでもないと放置してたらこれだ。
危険をはらむのだから面倒がらずにさっさと処分しておけば良かった。
「そうなると、王女を捕まえてどういう理由で処刑するかだが」
「国家騒乱罪でいいだろう」
「そうだな」
国王を処刑に持ち込むために罪の証人としたが、あれで気が狂ったということになっている。
幽閉塔に入れていたのも療養を名目にしていたので、気狂いのまま飛び出して騒乱のために暴れたとでもすればいいだろう。
「本当に碌なことはしない。王家の血は呪われている」
民の声を聞く者が指導者にならなければ人々は幸せになどなれない。
それには身分をかさに着て無視するような王家は相応しくないのだ。
私たちは選挙によって選ばれた議員であり、人々の代表としての自負がある。
そして選挙権もない市民団体も私たちの革新派を支持している。
そう、私たちは何も間違ってなどいない。
正しく人々の上に立ち導く存在なのだ。
方針が決まったことで、私は人を呼んで指示を出す。
「王女さまは逃げただけでは? 国家騒乱罪の根拠はなんなのです?」
衛兵隊の者が私の指示に疑義を呈した。
「逆に聞くが、他になんの目的があって逃亡する? 悪意ある行動だろう」
「いえ、単に暮らしぶりが気に入らないとか」
「それ自体がとんでもない思い上がりだ。我々の決めた処遇に不満を持つこと自体国家への反逆だ」
「いいから捜しだして捕まえろ。君に命じられるのはそれだけだ。わかるね?」
オットーはそう言って手を振ることで退出を促す。
衛兵は不承不承退室していった。
「何が気に食わないのだ? 王女などいなくなったほうが世のためなのは自明だろう?」
「顔は悪くないから、惜しんでいるのかな?」
オットーにふざけている様子はない。
となると、王家の者であっても他の者からすれば美醜は害悪を世に残そうと思うような重い基準なのか。
私からすれば王家に生まれて生きていることのほうが重い罪だ。
なんの生産性もない生き物に、国の金を使うのも惜しい。
「しかし、君の執務室は相変わらず質素だな」
オットーが思い出したように室内を見渡した。
これは昔からで、議員になる以前から無駄な物は置かないし持たないようにしている。
「無駄があってはいけない。私たちは公僕たるべきだ。生きるに必要なものだけあればいい。余剰が出るならばそれは国のため、民のために回せば無駄にはならない」
「それが人々の支持を集めるんだろうけど。私はもう少し過ごしやすくしたいね」
「それは、国をどうにかしてからだな。今は休む暇もない」
私はペンを握り直して、ここ数年仮眠のような寝方しかしていないことを思い出す。
この国は逼迫している。
今まで王家が無駄遣いしたせいだ。
革命を起こした時から金がなかった。
一体何に浪費したのだか。
(借財しようにもどの国も話を聞かない。どこも王侯貴族がのさばっているせいだ)
奴らは民衆が怖いのだ。
だから衆愚として飼おうとする。
そんなこと許されるか。
神は平等を説いているのだ。
それを破って罷り通るのならば、もはや神さえ不要だろう。
(神聖連邦も結局は利権に縋る王侯貴族の亜種。何より戦えと戦争を嗾ける悪だ。それで消費される側の民のことなど考えていない)
私は民のために立ち、今も邁進している。
かつては必要な指導者だったが、その残滓の王家など用なしだ。
(ただ大人しく死ね。それが今王家の孤児に望むことだ)
だというのに一向に王女確保の報せがもたらされることはなかった。
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